出発
あまりにもいつも通りの朝だ。俺は本当に死んだのだろうか?
少し興味が出てきた私はゆっくりと席を立ち、洗面台の鏡の前に立ってみた。
しかしそこに自分は写っていない。
手を振ってみたが、そこに映しだされるのは無機質な後ろの壁だけだ。
視線を落として自分の手を見てみる。そこには見慣れた手のひらがあった。記念日に買ったいつもの腕時計もある。
なんだ、足もあるじゃないか。
要するに鏡に写っていないだけなんだな。へーそんなもんか。
さて、これからやってくるのは天使か悪魔か、はたしてお釈迦様なのか地獄の鬼なのか。
ベッドに腰掛けて、その時をひたすら待つことにする。
SNSをもう一度チェックしてまたひたすら待つ。
遅い!いつまで待たせるんだろう。俺は次に始まるであろう「何か」を心待ちにしていた。
壁時計のカチカチと時を刻む音だけが部屋に響く。
そういえばこの家を見るのももう最後かもしれない。
今一度、自分が生きたこの家を目に焼き付けてみたい。そう思い暇にまかせて家の中をうろうろと歩き初めた。
そこには、数十年という時間の集大成がそこかしこにころがっていた。
結婚し、子供が生まれて、賑やかになり、そして一人ずつ家を離れ、少しずつ衰退していった歴史の景色だ。
リビングのテーブルも家族4人だった当時は狭く感じられ、毎日が戦争のような食卓だった。
テレビは忙しく馬鹿馬鹿しい話題を振りまき、家族みんなで大声で話をした。
そのころの風景が目に浮かんでくる。
クリスマスに毎回購入したゲーム機も、今はその主を失ってひっそりと埃をかぶっている。
今となっては一人ではあまりにも広すぎるテーブル。
そこにはすでに死んでしまった家庭の風景が広がっている。
もうこの風景ともおさらばなんだろうな。そう思うが不思議と寂しくはない。
「家族」というものを立ち上げ、これを必死で守り成長させた。
そこには賑やかな繁栄があった。
そして穏やかに、また時には劇的に「家族」が衰退し、気づけば一人きりになった。
この時点で俺の「家族」というものはもう死んでしまったんだ。
そう思えば、その延長として俺自身が死んでしまうことは自然な成り行きだと思える。
6人用の思い出のあるテーブルセットに腰掛け、部屋の傷を見ながら次に来る「何か」を待つが、何も起ころうとしない。
「もしかしたらここで待っていてもダメなんじゃないか?」
そう思いはじめた。
ここでじっと待っていれば天使なりなんなりがやってきて指示してくれる。
そう思っていたが、それは俺の思いすごしのような気がする。
家の中にいても何も起こりそうにない。
どうすれば良いか、見当もつかないが、とりあえず外に出てみたほうが良いのではないか?
そう思い、玄関のドアを開け外に出てみることにした。
ドアを開けるとそこにはいつもより柔らかい日差しだがいつもの風景が広がっていた。
家の敷地から離れるとき、すこし体が引っ張られる感触があったが、出てしまえばなんの違和感もない。
見慣れた住宅地を見上げると、数メートル先でご近所さんが玄関前を掃除している。おせっかいと話しが大好きなおばさんだ。
この人の掃除は長い、まず1時間は序の口だ。これに井戸端会議が始まるとお昼までそこにいることも良くあることだ。
「おはようございます」
横を通りながらいつもの調子で挨拶するがどうやら気づいていないらしい。
ほほう、やっぱ見えないんだな。ってことは、俺はやっぱり幽霊なんだ。間違いないな。
さて外にはでたものの、これからどうしようかと考えた。
ここは都会から離れた新興住宅地。
こんな田舎にいても何かが起こるとは思えない。
どうすればよいか分からないが、賑やかな都会に出向いてみれば何か分かるかもしれない。
都会に行けば私と同じように彷徨っている人もいるかもしれない。
それに冥土の土産にもう一度都会も見てみたいしな。