現実:食-兵糧-軍用チョコレート ドイツ(ショカコーラ) イギリス(ヨーキー・バー) アメリカ(レーションDバー、トロピカル・バー) 日本(JASDF羊羹)
▽非常食としての軍用チョコレート
チョコレートと戦争は古来から密接な関係にあった。
アステカでは戦士の糧食だった。
アステカを滅ぼしたコルテスも行軍する部下にこれを飲ませたという。
ナポレオンはアルプス越えにチョコレートを携行させ、
「われにショコラありせば、他の食糧を絶つも可なり」という有名な言葉を残した。
イギリス海軍は水兵の糧食にチョコレートを採り入れ、フライ社と専属契約を結んだ。
軍隊が行軍中の兵士に配給する糧食のことをレーションという。
軍隊の食事は一般の1.5倍程度のカロリーを必要とするといわれる。
チョコレートはレーションに最適の糧食だった。
コンパクトで携行しやすく栄養価が高い。
50gのミルクチョコには約250kcalの栄養価がある。
砂糖はすぐにエネルギーになり、カカオバターは徐々にエネルギーに替わる。
チョコレートは兵士の士気高揚にも効果的とされている。
軍の思惑はともあれ、生死をわける極限状況にあって、
一片のチョコレートがいかに兵士の気持ちをいやしたかは想像に難くない。
チョコレートにはテオブロミンという物資が含まれている。
その沈静作用が戦場で荒れた兵士に一時の安らぎを与える。
戦争は犯罪だ、しかしそこに巻き込まれた何千万人という無辜の兵士にとって
チョコレートは生の充足感を満すかけがいのない食べ物だった。
▼ドイツ軍用チョコレート - ショカコーラ(独:Scho-Ka-Kola):ショカコーラってなに? コカコーラですか?? いいえ! 歴史あるチョコです!
元々はスポーツでの栄養補給用の食品として1935年にドイツで製造が開始され、
ナチスの生み出した初の聖火リレーで有名な1936年の夏季ベルリンオリンピックにも導入された。
その後、第二次世界大戦ではドイツ軍の戦闘糧食として採用されている。
そのため、現代では「ショカコーラ=ドイツ軍の糧食」というイメージが強い。
だが、現代では「聖火リレー=ナチスドイツ」というイメージは?
ショカコーラは通常のチョコレートと比較すると
多めのコーヒーと磨り潰したコーラの実が加えられているのが特徴で、
チョコレート(Schokolade)、コーヒー(Kaffee)、コーラの実(Kolanuss)の3つが
ショカコーラという名前の由来になっている。
チョコレートは高温に弱いものの、軽量かつ栄養価が高く美味なため糧食に向いており、
特にショカコーラはカフェインの含有量が多いため、眠気が覚め集中力が高まるという効能がある。
ショカコーラは現代でも製造されており、内容物は製造開始当時から変わっていない。
日本では輸入品を取り扱った店や通販等で購入可能であり、価格は600円程度となっている。
チョコレートのサイズは直径8.5cmで厚みは約1cm。一枚ずつ湿気防止用のセロファンで包まれており、Hildebrandの商標である馬にのった騎士のマークが書かれた円形のテープで封印されています。
直径9cmのスチール製もしくは紙製の容器に50gの円盤状チョコレートが2枚(100g)入り。
ただし、現代では食べやすいように円形のチョコレートをピザ状に8等分した二段組の16ピース入りだが、
当初は分けられておらず、ただの円形であった。
また、容器にハーケンクロイツが印刷されていたため、容器のデザインも変更されている。
現代ではショカコーラミルクというものもありそれぞれ味は濃く、
こちらはコーヒーの苦味とミルクの甘味が混ざったような味である。
ビターはコーヒーの風味が強い
成分はビターがココア52.5%カフェイン0.2%、ミルクはココア29~30%カフェイン0.2%のため苦味があり、
甘味は控えめである。いずれも美味だがクセの強い味と言える。
赤缶がノーマルのビター、青缶がミルク。
カフェイン入り(0.2%含有)のビターチョコレートで集中力を高めたいときなどにオススメ。
カフェインが入っているので集中力とか眠気飛ばしに効く!!
カフェイン0.2%と書くと少なめに思えますが、
1缶100g辺り200mgのカフェインが含まれています。
ドリップコーヒー150mlでは100mg、レッドブル250mlでは80mg…レッドブルの250%!?
栄養価が高いため、一度で大量に食べると鼻血が出やすい。
一気に食べたらダメです。
ショカコーラのカフェイン含有量、200mgというのは相当強い。
通常100g当り84mgが目安であり、健康的な量は50mgや20mgという指標もあります。
あちらではショカコーラは長距離トラッカー向けにガソリンスタンドで売られているらしく、
ドイツ人のあるコレクターも試験勉強で徹夜する時は食べていたという報告もあります。
栄養補給というよりは眠気覚ましという側面が強い。
■ 国防軍の運用
少量でも高いカロリーが得られるチョコレートは山岳部隊やパイロット、
降下猟兵など運搬できる荷物の量に制限がある兵士に支給される携行食でした。
また戦闘状態や部隊の孤立化などで調理した糧食が届けられない場合、
缶詰やクネッケブロートなどと共に非常食となりました。
非常時以外でも士気高揚や疲労回復の目的で兵士に特別配給したり、
兵士が個人的に嗜好品として酒保で購入することも可能でした。
このように非常食かつ嗜好品という側面から、
糧食部隊が毎日配給するメニューにチョコレートは含まれていませんでした。
ショカコーラの貯蔵条件は温度管理14~16度、最高18度まで。更に湿度は65%以下、
最低条件でも70%以下で保管せよ。
とあり、消費期限は4年で、前線には消費期限の残期間1年の物を供給すべしとあります。
ストックは主計下士官または部隊長の管理下におかれ、状況に応じて必要量が支給されました。
▼イギリス軍用チョコレート - ヨーキー(YORKIE)・バー:味は普通のハーシーみたいなチョコ
ネスレ製のイギリスではかなり有名なチョコレートバー。
元々は IT`s NOT FOR GIRLS!(このチョコレートは女性の為の物ではない)というキャッチフレーズで発売。
イギリス軍のレーションにも入るようになってからは、軍用にも作られ始め、
It's not for civvies(このチョコレートは平服(民間人)の為の物ではない!)
というキャッチフレーズが書かれています。
IT`s NOT FOR GIRLS!
(このチョコレートは女性の為の物ではない)というキャッチフレーズは
発売当初は団体やノルウエーから批判があったものの、
現在ではそういう批判はなく、このフレーズが定着しています。
ブリティッシュ・ジョークが効いたチョコレートバー。
ヨーキーバー、チョコの固まりが5個くっついてバーで、
昔は6個だったのが材料費削減で5個に減った。世知辛い世の中だ。
とはいえ、ナッツとかの味の変化があるわけじゃなく、
味はハーシーとかキャドバリーのデイリーミルク、
取り立ててうまいとかまずいとかいうほどでもないのだが、これもイギリス定番の味か。
なお、カロリーはバー1本につき367キロカロリーとチョコバーの中でも多め。
▼アメリカ軍用チョコレート - レーションDバー、トロピカル・バー:粉っぽい食感が特徴
士気高揚の効果も見込んで、高温下で持ち歩いても簡単に溶けないよう
配合が工夫されたポケットサイズの高エネルギー非常食として1937年から標準配給品
のひとつとなり、野戦配給品の一部として支給されている。重量、サイズ、
耐熱性の面から軍仕様の特別なロットで製造されており、
米軍用チョコレートの大部分は、米国チョコレートメーカー最大手のハーシーが製造していた。
実際に士気高揚や救援物資として配られる場合には、一般的なチョコレートと味や原材料に大差ない物・・・・・・というか、市販品の包装や形状を変えた程度の物が配給される事もある。
Kレーションと通称される第二次世界大戦期のK号携帯非常食には、
市販品と同等のの太い直方体状のハーシー・スイートチョコレートが含まれていた。
ハーシーの挑戦:粉っぽい食感が特徴、そう粉っぽい食感が
ハーシー社のチョコレートは、ヨーロッパの伝統的なレシピではありません。
高級品だったココアをケチって混ぜものを大量に加えた駄菓子として始まった為・・・・・・
もとい、大量生産に向くよう、より少ないココアと多くの糖類を混合しているため、
日本で流通している日本国産チョコレートと比べるとハーシーのチョコレートはとても甘くなっています
(控えめな配慮した表現)。
ヨーロッパでもハーシー社のチョコレートは販売されていますが、
ヨーロッパの人たちが好むビターテイストではないのでヨーロッパでの売上げは
アメリカのようにはいかないようです(控えめな配慮した表現)。
アメリカ軍がハーシーに開発を依頼した最初の非常用配給チョコレートバーは、
レーションDバー (Ration D Bar)と通称される「携帯非常食D号」である。
アメリカ軍が支給するチョコレート、非常食用の野戦食として軍用チョコレートは
耐熱性という点が非常に重要になります。
野外での行動はもちろんのこと、時には熱帯や砂漠でも行動するので、
その間にポケットの中に入れたチョコレートは身体に密着しています。
そのような条件下では、普通のチョコレートは数分で溶けてしまいます。
そこで、アメリカ軍が最初に非常用配給チョコレートバーを依頼したのは1937年(昭和12年)4月に
アメリカ陸軍需品科のポール・ローガン大佐は、ハーシー社にコンタクトを取って
社長ウィリアム・マリーと化学部長のサム・ヒンクルに面会しまして、
「携帯非常食D号:通称レーションDバー」の提案をします。
創業者のミルトン・ハーシーはこの提案に興味をもってレーションDバーの実験生産が開始されました。
軍としては需品科に対し非常用の野戦食としての軍用チョコレートの開発には、以下の要件が求められた。
・高エネルギー(カロリー)である。
・軽量小型かつ包装がしっかりしており、携帯に容易である。
・高温に耐えられる。
歩兵は野外、時に熱帯や砂漠での行動が想定される上、
チョコレートをポケットに入れて持ち歩けば身体に密着して体温に晒されるため、
特に耐熱性は重要視された。
一方、ローガン大佐はハーシーズ(HERSHEY’S)に対しレーション
Dバーについて以下の4つの要求を出した。
1.食品としてエネルギー値が高いこと。
2.重量は4オンス(約110グラム)。
3.高温に耐えられること。
4.味は、「茹でたジャガイモよりややましな程度」であること。< New
ローガン大佐はこのチョコレートを非常用食糧としてのみ捉えていたので、
嗜好品として気軽に食べられないよう「茹でたジャガイモよりややマシな程度」
という味の基準を示したとされる。
あまりにも美味であると、普段から兵士が食してしまい、
本当に必要な時に手元に残っていないという事態を避ける意味合いがあった。
後に風味を改善する努力はされたものの、
結局耐熱性を重視した軍用チョコレートが大きな人気を得ることはなかったという。
出来上がった耐熱性チョコレートレーションDバーは、
華氏120度(摂氏約48.9度)までの高温にも耐えられるチョコレートになりました。
噛み砕くのに苦労するほど食感が硬く、色はこげ茶色のチョコレートバーで
4オンスのチョコレート3個入りパックで
ひとりの戦闘員が1日に必要とする最低エネルギーの1.800キロカロリーが
チョコレートバーで補給できるカロリーのものです。
このレーションDバーの一部は南極大陸探検隊に出た海軍少佐リチャード・バードの補給品としても
一部押し付け……持っていかれました。
そしてフィリピンやパナマ、その他アメリカ国内で実地テストを行った結果、
陸軍はこのチョコレートを不定期ではありますが発注するようになりました。
1941年12月8日の真珠湾攻撃を機にアメリカが第二次世界大戦に参戦すると、
このレーションDバーは毒ガスにも耐えることが出来る包装に変更されています。
1941年から1945年の間に軍からの要求を反映して放送は何度も変更されています。
新製法:
従来のチョコレート製造設備は、液状のチョコレートを備え付けの型に流し込むようになっていたが、
砂糖、オート麦粉、ココアバター、脱脂粉乳、人工着香料から成る耐熱性チョコレートは粘ついた糊状で、
高温にしてもうまく型に流れなかった。
そのため、4オンスずつ計量して練り、手で型に押し込む製法が考案された。
製品化:
最初に納められた少数のサンプル品に満足したアメリカ陸軍は、
1937年6月にこのレーションDバーを9万本発注し、
フィリピン、パナマ、テキサス州のメキシコ国境、その他アメリカ国内各地の基地で実地テストを行った。
レーションDバーは発案者の名にちなんで「ローガン・バー」とも呼ばれ、
一部は海軍少将リチャード・バードの3回目の南極大陸探検隊の補給品にも加えられた。
実地テストは成功し、陸軍はこのチョコレートを不定期ながら発注するようになった。
改良:
1941年12月8日、日本軍の真珠湾攻撃を機に、
アメリカ合衆国連邦政府が第二次世界大戦に宣戦布告すると、
命令によってレーションDバーは毒ガスにも耐える包装に変更された。
1941年から1945年までの間、軍のさまざまな要求を反映して欠陥が改良され、
包装は何度も変更された。
1943年、アメリカ陸軍調達部は、
従来の風味を改良しつつなおかつ高温にも耐えられる菓子タイプのチョコレートは作れないかと
ハーシー社に打診しています。
ハーシー社は余りにも短い実験過程の後にハーシーズ・トロピカル・バー (Hershey's Tropical Bar)
の生産を始めました。
このトロピカル・バーはレーションDバーに比べれば・・・・・・
そりゃあまあどんなものでも形も風味も一般のチョコレートに近いものになるのだった。
そうレーションDバーに比べれば。
トロピカル・バーの総生産量は、レーションDバーを含めて、
大戦中にハーシーの工場が生産した品目中最大であった。
甘い風味を残そうとする努力はある程度みとめるが、それでも兵士からは
「硬くてあまりおいしくない」という控えめな声も出ていた。
が、戦場ですぐに食べられるスナックとして、また物々交換のための物品として重宝された。
生産量:
1940年から1945年の間、推定30億本を越えるレーションDバーとトロピカル・バーが生産され、
世界各地のアメリカ軍兵士に配給された。
1939年におけるハーシー工場のレーションバー生産能力は1日10万本だったが、
大戦終結時には工場の全生産力をレーションバー製造にあて、
1週間に2400万本の大量生産が可能になっていた。
ハーシーはレーションDバーとトロピカル・バーの生産において質・量の両面で軍の期待を上回ったとして、
大戦全期間にわたる貢献に5個の陸海軍E号生産賞を授与されている。
ハーシーは軍需企業!
第二次世界大戦後から現代:
レーションDバーの生産は第二次世界大戦の終結とともに終了しましたが、
トロピカル・バーのほうはアメリカ軍の標準配給品として残っています。
トロピカル・バーは朝鮮戦争とベトナム戦争でも戦地に送られています。
その他に注目を浴びたのは、1971年7月15日に宇宙食としてトロピカル・バーが
アポロ15号に積み込まれたことです。
1990年に湾岸戦争の時には、砂漠の盾作戦・砂漠の嵐が作戦期間中に、
ハーシー社は新しい耐熱性チョコレートを開発して、
デザート・バー(Desert Bar=砂漠バー)と名づけました。
ハーシー社はデザート・バーを新製品のテスト販売として、アメリカ軍部隊に144,000本を出荷しています。
このデザート・バーは発表によると摂氏60度(華氏140度)以上の高温に耐えられるとしている
非常用チョコレートです。陸軍のスポークスマンは味はいいと発表していますが、
当然のごとく食べた兵士たちの反応はまちまちで
デザート・バーが商業用生産になることはありませんでした。
▼日本軍用× 自衛用チョコレート - JASDF羊羹:一方日本は未来に生きていた
航空自衛隊三沢基地(第3航空団基地業務群業務隊給養小隊)の開発協力によって
井村屋が開発製品化した局地戦用羊羹バー。2014年7月に開発が公表された。
おにぎり約1個分に相当する194kcalのエネルギーと、
脳の活動に必要なブドウ糖15gが補給できる栄養補助食品。
携帯しやすいポケットサイズで、1年間の保存が可能。カカオマス・ココアバターなど、
原材料にはチョコレート用の材料が多く使われておりチョコと羊羹の特徴を兼ね備えた優れモノ。
味はほぼチョコレート味だが、「チョコレートそのままだと暑さで簡単に溶けてしまう」
という問題をクリアするため、井村屋の羊羹製造技術を応用し、
井村屋の羊羹生産ラインを利用して製造された。
生産ラインが同じであるため井村屋の羊羹*1.「えいようかん」との原材料共有率は高く、
本製品の構成は*2.チョコえいようかんに流用されている。
また、同社の「えいようかん」との違いは、ブドウ糖・カルシウムを配合している点と、
カロリーを通常の羊羹よりも高めに設定している点。
本製品の外見はパッケージはデジタル迷彩柄で、迷彩柄の異なる複数の種類があるほか、
箱の内側には自衛隊法第52条(服務の本旨)の条文が記載されている。
一般への市販予定については諸説があり、井村屋では「一般への市販予定はない」とするものや、
若干製品が基地の航空祭などのイベント限定での一般販売の可能性というものもある。
当面は三沢基地の隊内使用に限定される。
*1.えいようかん:味わいにこだわった手軽にカロリー補給できるミニようかん。
長期保存が可能で非常用商品として最適。
長年の井村屋羊羹製造技術を生かして5年の長期保存を実現。
手軽にカロリーが補給。
1本食べるだけで手軽に171kcal(ご飯一杯分)のエネルギー補給が可能。
適度に柔らかくすっきりした甘さで水がなくてもそのまま食べる事が出来ます。
*2.チョコえいようかん:チョコレートの味わいにこだわった手軽にカロリー補給できるミニようかん。
新しいタイプの保存用和菓子で非常食として保存が可能。
賞味期間が3年あり、非常食として常温で保存が可能。
手軽にカロリーが補給。
1本食べるだけで手軽に200kcalのエネルギー補給が可能。
暑くても溶けにくい、カカオマスとココアバターを使用したチョコレートの風味が楽しめる、
まるで生チョコ食感のチョコようかん。
どちらもユニバーサルデザイン仕様の規格を採用してフィルムをひっぱるだけで簡単・手軽に開けやすく、
ワンハンドで食べやすい商品。化粧箱の開け口のつまみは、暗所でも手触りでわかりやすいように設計。
また、化粧箱表面の点字で中身が羊羹であることをご案内。
(注:ただしチョコえいようかんの味はチョコ味!! ご用心ご用心)
ワンハンドで手軽にカロリー補給が出来るため、ランニングやサイクリングなどアウトドアのご利用にも。




