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現実? ファンタジー? :修羅の国・九州(ヒント:四月一日、洒落がわからない者は読まない事。苦情は受け付けません) 

★修羅の国・九州:別所(十六小地獄)地獄巡り

▼九州とは:

 九州は日本列島を構成する北海道・本州・四国とともに主要4島の一つであり、その南西部に位置する3番目に大きい島で、その古代の呼称は「筑紫島つくしのしま」・「筑紫洲つくしのしま」であり、地質学や考古学などでは九州島という名称も使用される。

 

 ちなみに「古事記」「日本書紀」では、それぞれ本州を「大倭豊秋津島」「大日本豊秋津洲」(どちらも読みは「おおやまととよあきつしま」)と表し「豊秋津島=豊かな秋の島」で、秋津「アキヅ」は秋の虫「トンボ」を表していた。

ならば筑紫と土筆も何か関係があったのだろうか?


 一般に「九州」とは、令制国の西海道のうち筑前国・筑後国・肥前国・肥後国・豊前国・豊後国・日向国・大隅国・薩摩国の九国の総称とされている。

廃藩置県・府県合併以降は、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県の八県を指して「九州地方」とされ、この際に令制国上の「九州」には含まれなかった対馬・壱岐・奄美群島・沖縄県の領域をも含む事となった。

一方、単に「九州」とする場合はそのうち沖縄県を除いた七県がその対象とされる。


 九州地方を南北に分割する区分にしばしば用いられる定義で、二分する場合は北九州(北部九州、九州北部)と南九州(南部九州、九州南部)、三分する場合はこれに中九州(中部九州、九州中部)が加わるものがある。

九州地方とひとくくりに言っても、各地域で言葉や生活習慣・気風は全く異なる。



▼九州男児の修羅の国観:皆突き放し、他人事感が半端ない

 例えば、九州男児が九州は修羅の国と言われると、「チェスト関ヶ原! ……誤チェストにごわす」の修羅代表『薩摩隼人』は「鬼島津は今は昔それは九州でも北部地域の事」と答え、すると『肥後もっこす』はと言えば「うちは中九州地域で北九州地域はもっとも大陸寄りの方だ」と言い、『豊後大分』は「赤猫根性」で九州人の自覚事体が乏しく、日向は宮崎『芋茎木刀いもがらぼくと』はそもそも修羅の国とは無縁である。


 但し九州地方北部に位置する北九州地域の者達は用いられる地域などによって「北九州」が指す地域が大きく異なるため各自に齟齬が生じやすい。

同じ北部九州でも肥前は佐賀の『風化者ふうけもん異風者いひゅうもん』はがめついだけで、肥前は長崎の『横道者おうどうもん』は横着者なだけ……なので皆は皆口を揃えて「修羅の国は福岡だ」と言う。


 だが、これも同じ福岡県内であろうと福岡市と北九州市では言葉も事情も若干異なる為、『福岡市』は「福岡県の中でも特に治安がよくないとされているのが北九州市だ」と言い放ち、『北九州市(旧小倉)』は「福岡市こそが修羅の中の修羅の国」とお互いに罵り合いどっちもどっちである。


 更に同じ福岡市内と言えど、貿易で栄えた『商人の町・博多地区』と『福岡城の城下町だった福岡地区』では意識に差がある。

そもそも博多生まれの生粋の「博多っ子」からすると、「博多と福岡を一緒にするな、博多だけは治安が良く福岡県でも例外」とか言っているが、それは危険に慣れすぎて「物騒」の優劣がわからなくなっているからだ。

他県での特殊事件→「恐ろしかねぇ(恐ろしい)」は、地元のドンパチ→「またねぇ(またか)」に過ぎない。


 なお病気、それも精神的な場合は特に自覚が薄いと言われている……そう、福岡県民は知らないかもしれないけど、他の県では堂々と駅の近くに暴力団事務所があったりしないし、道を歩いてても気安くDQNにからまれたりしないし、知り合った事自体は当人の罪ではないのだが近所の顔見知りにヤクザも在日も同和もいないのがデフォなんだよ?



★修羅の国(福岡):古代に防人さきもりが守りについたとされる福岡

 福岡県は広域指定暴力団の拠点が全国最多であり、犯罪件数や指定暴力団が多く暴力抗争も度々報道されるうえ、手榴弾らしきものまで度々発見される事から“手りゅう弾110番報奨制度”という制度も制定されているなどそれが『北斗の拳』の世界観と相まって2007年頃より主にインターネット上において、荒廃している世界である修羅の国と掛け“修羅の国(福岡)”と表現されている場合があり、それが広がった。


 だが、これはあくまでいわゆるひとつのネットスラングの一種と言う奴であり、 あくまで実際の福岡県は2014年に福岡県内での発砲事件が0だった事がトップニュースになる程度で、100回の死闘を義務付けられるような荒廃した場所ではないということを付け加えておく。(危険で無いとは言っていない。)

地元福岡県内では上記のスラングに対し、賛否両論があるとされている。


 また福岡県在住の中島繁樹弁護士などは、故郷福岡に付けられたこのあだ名に対して

「例えひとつの県に5つもの大暴力団があって、それが現に殺し合いを数年・数十年にわたって続けているからといって、普通の福岡県民の日常の生活に特別の不安があるわけではありません。市民を巻き込んだ抗争事件が度々起きようと図太い福岡県民はとっくに慣れっこです。1991年勃発の内戦により国土が分断され事実上の無政府状態が続いているソマリアだって普通の市民の日常の生活に特別の不安があるわけでは無いそうじゃありませんか。あれはあくまで極々一部地域の事であり福岡県全域が地獄みたいな誤ったイメージは、県民の一人として不愉快です。現実に即したそんなネーミングは例え事実がどうであれ、お断りしたいと思います、絶対にノゥだ!」(「弁護士ドットコムトピックス」4月17日)とプンプンと憤慨している。


 一方、北九州市のJR小倉駅近くにある植え込みで手榴弾のようなものが発見されたとのニュースにより、各種掲示板やツイッターの反応で目立ったのは「さすが修羅の国、さすしゅら」「修羅の国(北九州)では日常」などという書き込みだった。



▼北九州地域序列:皆目が死んでる

 さて、九州って「修羅の国」とか言われていたりしますが、そんな九州内でも北九州地域それも福岡県こそが「真の修羅の国」とか言われる始末……つまり地域によって序列があるんですね。


●小咄:福岡県生まれのマトモな人で頭脳と経済力両方ある人(特に男性)は、地元志向や親の反対がない限り大学や就職の時点で東京とか大阪に出て行くと言う……なお理由は察して下さいとの事。


 かつてとある場所に、博多弁を使って人々を無暗と威圧する男がおったそうな。

ところがある日の事、北九州市出身の者がやって来ると

「アイエエエ!? 北九州市!? ソリャ小倉ナンジャ!? コワイ! ゴボボーッ!」

と、恐怖のあまりいきなり片言になり失禁・嘔吐して急におとなしくなってしまい、それからは北九州市出身の者の天下になっていた。

ところがある日の事、北九州の者と若者が雑談しているとき

「ドーモ。うちの父も福岡出身で……筑豊は田川って所のあたりらしいんですけど」

そう言った瞬間、北九州の者はとたんに静かになり、若者へ名状しがたき冒涜的な視線を送りながら手近の床に正座で座り込むとイキナリ頭を大きく振りかぶってイッキに床に打ち付け額を割ったそうな……って、なんだその序列。

福岡出身者は、鬼畜が解き放たれた地・畜放者を見ると遺伝子レベルで自己防衛本能が働くようになってしまっているそうな。


●福岡県の地域別勢力:

 基本、福岡の男性のタイプは、県内4つの地域((1)福岡市周辺 (2)北九州市周辺 (3)直方市・飯塚市周辺=筑豊 (4)久留米市・八女市・柳川市周辺=筑後)でかなり差があるも、すべてに共通する特徴は、開放的で大ざっぱ、そしてお祭り好きなところです。

なぜなら中国大陸に近い福岡は、2000年近く前から「外敵」……もとい「外国」と接してきたため、どんな相手とも付き合えなければ生きていけないという思いが強くあるようで、こうした背景が福岡の男性を開放的にしたといえるでしょう。


 福岡県の三大勢力の力強い順。

一位   筑豊地域 主に田川郡辺り

二位   北九州市周辺 (豊前地域)

三位   福岡市内 (筑前地域)

ランク外 筑後地域


・筑豊田川の太州会:

 筑豊は明治時代以降、石炭資源を背景に新しく生まれた地域区分であり、石炭業界団体の名称に由来する。

筑豊の中核都市に成長した飯塚市・直方市・田川市の3都市を筑豊三都と呼ぶが、このうち飯塚市は飯塚都市圏、直方市は直方都市圏の中心都市、田川市は田川都市圏の中心都市である。

田川は炭鉱があったのと、太州会があるため治安が悪い。

他の地区の893はここの一般住人にさえ恐怖を抱く、町名を述べた瞬間に相手の顔色の変化がわかるだろう。


・豊前小倉の工藤会:

 筑豊が炭鉱の町なら、北九州市は八幡製鉄所・製鉄の街。

北九州地方は昔製鉄所が盛んだったので労働者としての在日も多かった為、未だに在日が多いそうだ。

あとは小倉にある工藤会本部周辺、ここも部落が多いそうな。

だから小倉北区は北九州内でも最も治安が悪い地域でしょ?


 福岡の在日外国人は多くが中国人や韓国人・朝鮮人であり、ここ北九州市小倉北区や北九州市戸畑区などに数多くいて、特に小倉北区は中国マフィアとの繋がりも強いと言われる暴力団員が数多く、八幡西区はガラの悪い不良達が多い。


 昔の北九州は黒崎という所も本当に毎日が喧嘩だった。

なので毎週週末の金曜日にもなると、スーツを着た数十人ぐらいのヤクザ達が街の警備名目で練り歩いていた。

だが、もちろんそこで生活している方は沢山います。

彼らは見て見ぬふりをしている分には普通に生活できるので、問題なく暮らせていけるそうな。


・筑前博多の福博会:

 かつて博多に住んでたい人が、

「博多駅の裏側の千代辺りはヤクザの事務所や同和の本部・右翼の事務所などひしめき合っているが、本当に悪い(やばい)のはそれぞれに武装集団の拠点がある「北(北九州市)」と「南(田川市)」のほうだ。県中心部は普通の地方都市だよ。まあそれぞれに、北は成人式が大体荒れたりするなど日常タイプで割と気軽にお察し体験でき、南の方では銃弾が民家の壁にめり込んでいたりするので、非日常タイプと言ったところかな?」と、言ったとか言わなかったとか。


・筑後は久留米市の道仁会と大牟田市の浪川睦会(旧九州誠道会):

 筑後市だと良くも悪くもなーんもない所だそうですけど、筑後地方だと久留米と大牟田とがドンパチやってた時期があるそうな。


●総括:人口減少や少子高齢化の進行に伴い現在も過疎化が進んでいる地域が多数ある。

 かつて福岡県に住んでいた人が、

「わりとマジだから笑えない、同じ日本でここまでのカルチャーショックはなかなか味わえない。もっともそこまで治安が悪いのはわりと田舎のほうやと思う、豊前や京築はのどかだよ…全地域が修羅修羅してるわけじゃないよ…たぶん…」

と、言ったとか言わなかったとか。


 福岡で起きた事件の多くはあくまで部落地区・もしくは部落地区周辺だけの事であり、普通に道を歩いていて"命が脅かされるまでの事"は他県と同様"滅多"に無いそうだ……全地域が交通事故多発地域みたいに注意が必要なだけで。

まあ、九州の富が全部集まる場所なので治安が悪くなるのは仕方ないと思います。


 とは言え今は暴力団改正法が出来て、北九州は他県の警察の応援によって日本で一番警察が多い街になり、少しはましになったらしい。

つまり修羅の国・福岡って言っても、結局どの県にもよくある治安が悪い地域があるってだけ。


 福岡各地には指の欠けたお年寄りの多い街が多く、朝早くから孫に甘いおじいちゃんおばあちゃん達が、彼らに連なる子供たちの通学の見回りを若い衆を引き連れボランティアで毎日してくださっていたり、シマの各地で下っ端に大きな声での挨拶と掃き掃除をやらせたりと、目を光らせているおかげで穏やかで落ち着いていられる街なので機嫌がいいときにはとっても優しい人が多いです。

また毎晩の黒服組による巡回のおかげで大きな事件など物騒な事もほとんどないので、治安もとてもいいと思います。


 基本一般の住民は炭鉱の文化で気性が荒い為、更に半島の玄関口な為に福岡市内は在日と同和が多いくそのハイブリットも沢山いる為、やばい人が普通より多いのが特徴なので、その部分が他府県より一際多く、また範囲もでかく、故に多くの住民のガラが悪いってだけなんすよね。


 福岡における筑豊田川の伝承(言い伝え):

"それは県の極一部と言うにはあまりにも大きすぎた……規模が大きく……その層がぶ厚く……重く……そしてその範囲は大雑把すぎた……そこは正に修羅の里だった"



▼ラストタブー:アンタッチャブル? これがッ!これがッ!これが『筑豊』だッ!!

 福岡では「あの地域」の事には誰も触れない…… そいつに触れる事は、死を意味する!  筑豊がヤバイ!! 田川がヤバイ!!


●筑豊の真髄:

 筑豊も昔は炭鉱で栄えた地域で、現在は都市部より人口は少ないものの、話題に欠くことがないディープスポットである。

中でも田川郡に属している以下の二町こそが「筑豊の真髄」であると評する声も強い。

上級者でも生きて帰れる確率は低いため、決して興味本位でかの地に立ち入ってはならない。


・川崎町:皮裂き

 町議会議長が公選法違反事件で事情聴取を受けたのちに自殺。

田川の中でも「川崎者」というだけで一目置かれ、同時に距離も置かれる。

平成20年度から「かがやけ川崎応援基金」が創設され、その強制募集対象は町民だけでなく全国も含まれる。

平成22年度には、この基金によって保健師(隠語)訪問用車(テクニカル仕様)が導入され、絶賛活用中である。


・大任町:大任侠

 当時の町長が町長室で執務中に射殺され、当時の町議長も銃撃されたので防弾チョッキを着て議会に出るが"身の危険を感じ"議会を無断欠席し、更に銃刀法違反で逮捕される。

『週刊文春』に掲載された『福岡県の田川郡は暴力団の町だ』との発言が生まれた背景にあるのは、主にこの町のこうした状況のことであり、この発言はこの町のことを暗に指していたとされている。


筑豊御三家ちくほうごさんけ閨閥けいばつ

福岡県中部の筑豊地方に地盤を置く、甘利神拳より分離した「筑豊三家」の拳が分派として存在している、麻生・貝島・安川を指す。


甘利明によって完成された「甘利神拳」は一子相伝の暗殺拳として伝えられることになったが、現在から1800年前、歴史はほどなく筑豊の三国時代を迎え、筑豊宗家は針灸の明観寺の会合で筑豊三都の三つの地区「嘉飯山地区かはんざんちく」・「直鞍地区ちょくあんちく」・「田川地区たがわちく」を守護するためにそれぞれ「甘利神拳」の伝承者候補を付けることとした。

こうして生まれたのが嘉飯山地区の「麻生家(甘利麻生家拳)」、直鞍地区の「貝島家(甘利貝島家拳)、「田川地区」の「安川家(甘利安川家拳)」」で、それぞれ麻生太吉、貝島太助、安川敬一郎が創始者。


 出身の違いはあれど、三者とも埋蔵されていた明治初年の筑豊炭田採掘から身を起こし、それで蓄えた財産を元手に政界への進出や他の産業への経営・投資。武力介入を行ったことで共通している。

また、地方の名家や政界有力者との知遇を得たり、時には縁戚関係を結ぶことで自らの事業の一助とした点も同様である。


「筑豊は修羅の里だと言ったな! ならば宣戦布告だ! 行くぞ! おまえたちの所にッ! 筑豊ナンバー車はおまえらにとって脅威の来訪者となるだろう!」



▼博多の死を:メメント・モリ=【交通マナーに死を思え】

 福岡は全県的に自動車運転が荒く、いつ交通事故が起こっても不思議でない修羅の国。

だから、実は福岡で本当に怖いのは交通事故で、特に筑豊ナンバーには近寄っちゃダメ。

福岡県民の中で知る人ぞ知る教訓は、「乗車中に筑豊ナンバーが見えたら、特にそれが外車だったら一目散に逃げて」である。


 怪我したくないなら青信号でも安全確認は怠るな、マナーの悪さが目に余るから。

しかも基本相手に譲るという発想が皆無なのだが、交差点でパッシングしてたらそれは「止まってやるから行っていいよ」の時と「俺が通るんだから動くんじゃねぇよ!」の時があるから要注意。

またナチュラルに他県を見下しているとしか……


 また進路変更でウインカーを出さない、と言うかウインカー出す方が珍しい。

むしろそれまで普通に走っていたのに、こっちが進路変更しようとウインカー出した途端、いきなり後方から加速してきてわざと進路変更させまいとすらする。


 さらに右折車線の直進は当たり前。

福岡県民のほとんどは交通ルールよく解ってない、もしくは解っていても無視するので福岡市内を車で走る際は充分気をつけたほうがいい、全地域が交通事故多発地域みたいなものなので注意が必要です。

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― 新着の感想 ―
[一言] >それまで普通に走っていたのに、こっちが進路変更しようとウインカー出した途端、いきなり後方から加速してきてわざと進路変更させまいとすらする。 これ、本当に多いんだよねぇ……。 あと他県ナン…
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