逃げられない世界
俺は今、窮地に立たされている。正確には座っているが。
「こんなとこでなにやってたのかな?」
俺を見下ろすように、圧倒的な格差を見せつけるかのようなオーラを放つ会長様。実際見下ろしているのだが。
俺の作戦は失敗に終わり、その場で立ち上がることもできず、只今正座中。いや、だって無理だろ?この状況で立ち上がったとしてもなにもできねーよ、俺?
暫くすると、痺れを切らした会長様が
「もう一度聞くよ?こんなとこでなにやってたのかな?」
「えと、あの、……」
キッ!と睨まれた。
「はい!安藤先生に頼まれて部屋の掃除をしてました!」
「いつから」
淡々と質問が続く。すげー声低い。実際にはそれほど低くはないのだが、この状況のせいでそう聞こえるのかもしれない。
「えっと…い、1時位からです」
「そう、てことはホームルームが終わった後に頼まれたということ?」
「はい、その通りです」
さすが会長様だ。1年生のスケジュールもわかっていらっしゃる。てゆうか、なんで俺こんなに敬語で話してんだろ?
さらに言うとそろそろ正座も足がしびれて限界が近い。
「じゃあなんで私が、誰かいるの?って聞いた時返事しなかったの?」
「いや、そんなことは言ってなかったはずですよ」
言ってなかったはずだ。なんでそんな嘘を…
「へぇ〜、てことは全部聞いてたんだ」
なんか笑いながらこめかみがピクピクしてんな。なんか怒らせること言ったっけ?と、ここでやっと理解した。
やばい!これが誘導尋問って奴か!
言ってないことを知っていることはつまり、来たことを知っているということになる。普通ならだからと言ってなんだという話だが、あの呟きを聞かれたとなるとそうもいかないんだろうな、たぶん。
いや待てよ?まだ手はあるか。
「すいません、来たことは知ってたんですけど何て言ってるかはわかりませんでした。先生が来たと思い、まあ気にしなくていいかなと考えていました」
我ながら完璧な言い訳だ。理屈も通っているし、これなら問題ないだろう。
「ふーん」
すると会長は椅子から立ち上がり歩き出した。どこに行くんだ?と移動先を見つめていると、周りを見渡しながら歩いていた会長がある物を見て止まった。そこはちょうど俺が隠れていた奥の棚だった。
「ねえ?このバッグって君のだよね?」
と、俺の薄っぺらい鞄を持ち上げこちらに見せながら言った。うん、間違いなく俺のだ。
すると、会長はさらに辺りを見渡しながら、
「君、ここでなんか作業してたの?」
「あ、はい。そこで本を整理しようとしてました」
「なんか音楽とか聴いてた?」
「いや、聴いてないですけど…?」
へぇ〜、と言いながら会長は少し考える素振りを見せて、しばらくすると何かを思いついたかのようにパチン!と手を叩いた。ちなみに俺はまだ正座中だ、もう立てる気がしない。
「あのさ〜、今日って木曜日だよね?」
なに言ってんだこの人?さっきより声がだいぶ小さいし。
「今日は金曜日だと思います」
なんでそんな質問してきたのかわからないが、会長がすごく笑顔になった。あ、これ、やっちまったパターンだ。
「ねえ君?いや、君って呼ぶのもなんか変だね。ねえ、い・ぬ・ざ・き・くん?」
なんで俺の名前を?と言おうとしたが、体育館であんだけ名指しで呼ばれたらさすがにわかるか。相手が名前で呼ぶのならこちらも使った方がいいだろう。
「なんですか?八代会長?」
「あれ、名前を知ってたこと驚かないんだ?」
「まあ、体育館で名指しで呼ばれましたからね、わかる人はわかると思いますから」
「やっぱ君って面白いね」
「そうですかね」
なんかこれフラグじゃね?このまま生徒会入ってください的な?新たな恋の予感?そんな淡い期待は一瞬で消え去った。
「私さっきさ、結構小さい声で話したよね?」
「さっきって何曜日かの話ですか?確かに最初よりは小さかったですね」
「その声の大きささ、この部屋に入ってきてから呟いた大きさと同じ位なんだよね?」
「いや、もうちょいおおき……!?」
やらかした。完全に油断してた。
「うん、わかった。君が全部聞いてたってことは」
「いやいや違うん…はい、全部聞こえてました」
「あれ?もう認めちゃうの?」
「なんかもう疲れました……」
まだ言い訳は浮かんだが、これ以上やっても結果は同じだろう。この人最初から疑ってたし。
はあ〜、と俺が溜息をつくと、八代会長が俺の鞄を持って戻ってきた。
「正直言うとね、聞いてたか聞いてないかはどうでも良かったの」
「じゃあ、今までのはなんだったんですか?」
茶番にも程がある。気にしてなかったのなら、ただの時間潰しか。俺、ただの時間潰しなのに、あんなに悩んでたのか。なんか、馬鹿らしくなってきた。
そんな俺の悲壮感など知る由もない八代会長は何事もなくこう言った。
「ねえ、私と話せて楽しかった?」
「恐怖はあれど楽しさは無かったですね」
「あははは、ごめんね〜。ポチのこと見てたら面白くってさ〜。ついからかっちゃった」
あれ、からかってたのか。とりあえず怒ってなくて良かったな。てか、ポチって…
「ポチって俺のことですか?」
「そうだよ、犬崎だからポチ、なかなかいいと思わない?昔とか言われてたんじゃない?」
まあ、確かに言われてたかもな、犬崎だし。他にも犬とかワンちゃんとかもあったかもしれない。いくら考えても思い出せない。思い出せないのは、昔の記憶だからか?いや、"オレ"じゃないからだろう。
「さあ?言われてたんじゃないですか?」
溜息まじりに、口から出た言葉は思ったよりどんよりしていた。八代会長は何かを察したのか、それとも気まぐれか、話を変えてきた。
「とりあえず、もう遅いから帰りましょうかうか。てゆうかポチ、いつまでおすわりしてんの?そろそろ足やばいんじゃない?」
「ポチで確定ですか、いや別にいいんですけど」
もしこの話題を意図的に切ったのであれば、八代会長への好感度はかなり上がるな。てか、惚れちゃう。
足の方はすでに感覚がない。だけど女の人の前で無様な真似はできない。ここは一気に、
「ふんっ」
立てなかった。なんとか右の片膝だけ立てることはできたがそこから先が全く動かん。しかも途中で動きが止まった時点で八代会長には気付かれてるだろう。めっちゃニヤニヤしてるんですけど、この人。
「あれあれ?足痺れちゃった?もう仕方ないな〜、私が手を貸して・ア・ゲ・ル」
チクショウ!俺が恨めしそうに見上げても、八代会長のニヤニヤは止まらない。むしろバカにする+でさっきよりひどい。
俺の目の前には八代会長の手が差し伸べられる。絶対つかまん、と思っていたが断ってもからかわれそうなのでさっさと手を借りて立ち上がろうと八代会長の手を取る。その手は少しひんやりしていたが、柔らかかった。
「よし、引っ張るよ。せ〜の!」
ぐいっ
と俺の体が引っ張られる。よくよく考えたら足が痺れてる人が急に立てるわけないだろう。結局、右足に力が全く入らず、中途半端に立ち上がろうとした結果、引っ張られた逆の方へ倒れた。
「きゃっ!」
そして、俺を引き上げようとしていた八代会長は、律儀に俺の手をずっと掴んでいたため、俺の方へ、覆い被さるような形で倒れこんできた。
ドタン!
「いったたた」
「八代会長、大丈夫ですか?」
「うん、大じょ!?」
そりゃそうだ。正直俺も驚いてる。今、俺と八代会長の顔の距離は10センチもないだろう。一瞬倒れた時、胸とか顔に当たるんじゃね?、などと心の準備をしていなかったら今頃俺も口パク状態だったであろう。
それはともかく、この状況になったのは俺の責任だ。八代会長は未だに顔を真っ赤にして口をパクパクしている。このままでも大いに良かったが、そんなわけにもいかないので八代会長の肩を揺すって現実に戻す。
「八代会長、そろそろ上から退いてもらえると…」
ガラガラガラガラッ
「犬崎〜、そろそろ完全下校だぞ?いつまでや、っ、て?」
「…………」
「い、犬崎?お前は何をやっているんだ?」
「いや、どう考えても俺、被害者の立ち位置でしょう?」
最悪のタイミングできやがった!今この状況を客観的に見て
①押し倒された状態で会長の肩に手を添える俺
②四つん這いで俺に覆い被さったように見えなくはないが放心状態の会長
③それを見ている先生
終わったな、こういう時の女は強すぎる。
「そこにいるのは八代か?なにをやってるんだ?」
と、ここでやっと会長に魂が戻ったようだ、そして第一声は
「キャーーー」
バチン!
「ぐふぅ」
悲鳴からの平手打ち。パチンじゃなくてバチンという音から解るように、ちょー痛い。
そのまま飛び起きた八代会長は肩で息をしながら状況を把握している。数秒後、息を整え何事もなかったように
「雀ちゃん、私この人に引き倒されました」
「教師をちゃん付けで呼ぶな、あと、見ればわかる」
いやいや、決めつけんの早すぎでしょう?てか、まだ頬痛い。
「先生!ちがうんで……」
「というわけで、その罰ということで強制労働をさせたいと思いますが、雀ちゃんいいですか?」
「なるほど、まず雀ちゃんと呼ぶな。それで、強制労働とはどのようなことだ?」
「生徒会に入れてもいいですか?」
は?八代会長なに言ってんだ?それよりも展開が早すぎるだろ、こいつら打ち合わせしてたんじゃね?
「いやいや、俺入りませんよ?それに俺、委員会に入ってるんで無理ですって」
「え?委員会ってなに入ってんの?」
「そ、総事務委員会…」
「そんな委員会あったっけ?」
知るはずないだろう、だってさっき出来たんだから。
「ねえ雀ちゃん?やっぱり会長権限って使えないの」
「だから教師を…、もういいか。生徒を直接動かすことはさすがに許可できないな」
会長権限?なんだそりゃ?先生は雀ちゃんって呼ばれるのは諦めたようだな。てか、下の名前、雀っていうんだな。怖いから聞かなかったことにしとこう。
「先生、会長権限ってなんですか?」
「ん、この秋風高校にはいくつか変わった風習があってな。そのうちの一つだ。会長になったものは、三つ願いが叶うというものだ、まあ、限度はあるがな」
それ、何ボールの話だよ?そんなすごい権限の中にも生徒に直接影響があることはできないみたいだな。
「え〜、いいじゃん?それより、総事務委員会なんてあるの?」
「今年から出来たんだから、八代が知らないのも無理はない、ちなみに部室はここだ」
「え〜、でもさ〜……」
「…………」
俺の疎外感半端ないな。俺抜きで話進みすぎだろ?そんなことも思っても決して話に参加してはならない。話に加わったら最後、言葉巧みに言いくるめられるからだ。我の強い女の場合、言い合いでは絶対に勝てないぞ?みんな覚えておくように!
一人で誰に話してるのかわからないが、いい加減に帰らないと本当にまずい。家主にキレられる。
「すいません、俺そろそろ帰っていいですかね?用事があるんですけど」
「なんだ?犬崎にも用事があったんだな。よし!部屋もほとんど片付いてるしもう帰っていいぞ、ちなみに委員会の活動は来週からでいいぞ。ほら、八代もさッさと帰れ」
「う〜、わかったわよ」
八代会長も渋々といった風に先生に従う。俺もさっき会長がこちら側まで持ってきた鞄を拾い、お疲れ様です、と社交辞令MAXの挨拶を交わし図書室から出る。
「あ、ポチー。主人を置いてくなー」
「誰が主人ですか」
と、くだらない応答をすると扉付近にいた先生が目を見開き驚いている。
「い、犬崎?お前いつの間に仲良くなったんだ?」
「別に仲良くはないです……」
「えー、ひどいな〜。私の秘密を聞いちゃったくせに」
「いや、別にあれは…」
「雀ちゃん、さっきのことよろしくね!」
「あ、ああ。わかった、他の先生にも掛け合っておくよ」
「え!ちょっとさっきのことってな…」
と、言い切る前に八代会長に腕を引っ張られる。この人、力まじ強い。そのまま俺は旧校舎の外に連れ出されるのであった。
どうもこんにちは、夜テンションのすぎぎーです。
やっとヒロインと話始めましたね。
次は、犬崎くんの家族?が登場します。