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妖狐抄  作者: 北風とのう
月の章
18/19

-6

 帝から名栗王に、成子と千古の両方をみめに迎えたいとの連絡が来た。


もちろん、名栗王には事前に帝から相談があった。名栗王は千古のためにも良い事だと信じて彼女を養女にし、帝の嬪とする道を作ったのである。成子は嬪になる事が決まっていたので、千古もそれに付いていって欲しい。普通なら千古を成子の主治医として出すのだろうが、名栗王は千古には本当に感謝していたので、自分の内裏での政治力を駆使してでも、できるだけの事をしてあげたかった。しかし、帝自身がそれを強く望んだというのが本当のところだ。『月下の桜、月下の藤』と歌われている二人を、そろって自分の元におきたい。


 当時、天皇の嬪には定員があり、それは四名だった。今上天皇はすでに二名の嬪をとっていたので、残りの二つが名栗王の娘によって一度に埋まってしまう。これは他の貴族たちには衝撃的な話だった。


* *


 もちろん、少し時期をずらして二人を嬪に迎える方が自然なのだが、帝と名栗王にはそうしたくない事情があった。京の南側で疫病が流行り出したのだ。疫病は北から南にはすぐに広まるが、反対に北上するには少し時間がかかる。しかしそれでも、あと三月もすれば平安京中に広まって、帝も主だった貴族も、後宮の姫たちを連れてどこかに退避しなくてはならないだろう。その前に、美人の二人を是非とも迎えておきたいというのが帝の希望。そして、娘二人を嫁がせて、一気に帝との関係を深め、帝の疎開先を自分の母方の基盤である西方にして帝を囲ってしまいたいというのが名栗王の算段だった。


* *


 疫病の話を聞いて、千古はすぐに名栗王の配下の河川を管理する者と話をしたいと名栗王に頼み込んだ。医師として、話がしたいと。


 河川を管理していたのは安岐峰あきのみねという四十になる男で、長年、名栗王に仕えた実直な官僚だった。

千古は言った。

「安岐峰さま、私のような里中の医師の話を聞いてくださり、ありがとうございます。私は姫さまの医師をしておりますので、この度の疫病について、自分では動けず、悔しい思いをしております。どうかお力添えをお願いします」

「何をおっしゃいますか。千古姫様も今は名栗王の姫君で陛下の嬪になられる方。私の方こそ、姫様とお会いできる事は光栄のいたりでございます。しかし、河川の管理をする私に何ができるのでしょうか」

「いや、あなたは気づいておられるでしょう。疫病が北から南、東から西に広まるのは河川を介して。河原に置かれた遺体から、川の水を介して広まるのです」

「……」

「ですから河原に遺体を置かないように御触れを出し、もし置かれた遺体があれば、すぐに燃やして土に埋めなければなりません」

「姫様。河原に遺体を置かないように言えば、自分で遺体を埋める事のできない民は遺体をどうする事もできず、ますます疫病が広まります」

「それでも川の水を介して疫病が広まるよりはましなのです」

「しかしそれでは……」

「……では、河原に遺体を置く場所を決めてそこに持ってくるように御触れを出してはどうでしょうか。ばらばらとあちこちに置かれるよりはずっとよいでしょう」

「しかしそれでも、そこまで民が遺体を運んでくるとは思えませんが」

「では、身内が死んだら検非違使に連絡をする事にし、誰かが引き取りに行ったらどうでしょう」

「遺体を引き取りに行く雑任がおりません。誰もやりたがらないと思います。」

「では、遺体を運んできた者には米五升を与えるというのはいかがでしょう。私が名栗王に頼んでお米を出してもらいます」

「姫様、それはだめです。……姫様、民は……姫様が思うほど高潔ではないのです」

「遺体を運んでお米をもらうのが高潔だというのですか」

千古がめずらしく、いや名栗の館に来て初めて、きつい調子で言う。それに対し安芸峰は静かに答えた。

「姫様。…………死体にお米を出せば、民は人を殺して持ってきます」

「…………」

千古はその言葉を聞くと下を向いて黙ってしまい、やがてポロポロと涙を流した。

 

 二人は押し黙り、半時もの無言の時間が流れたが、やがて千古は立ち上がってその部屋を出て行った。


* *


 成子姫と千古の輿入れの話が出ると、すぐに内侍司ないしのつかさには千古の素性を調べた方がいいという忠告が殺到する。そのほとんどが千古が狐の化身だという訴えで、

「成子姫を襲った盗賊の死体を操って動かした」

「幻を見せる事ができる」

「誰でも瞬時に眠らせる事ができる」

などの珍妙な物だった。内侍司としては、当然そんな話は微塵も信じていなかったが、一度に嬪の枠二つが埋まってしまう事に頭を抱えていたので、何とか帝を思いとどまらすための理由に使えると考えた。そこでさっそく陰陽寮に千古の調査依頼が出される。


 陰陽博士おんみょうはかせ清嗣きよつぐは五十になる白髪の小柄な男で、長年、宮廷の人選の助言をしてきた。陰陽学に精通しているのはもちろんの事、科学、政治にも知見があり、かつなかなかの人格者だった。

 清嗣はさっそく名栗王の館に出向き、内侍司からの依頼だと言って千古に一対一での面会を申し入れる。しかし千古はその日は清嗣には会わず、三日後に再び出向いて欲しいと頼んだ。清嗣は一度は「三日後は内裏に行く用事があるから」と断ったが、すぐに言い直し、夕方でよければと三日後の再訪の約束をした。

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