生け贄の少女が最後に願うこと
百年に一度行われる生け贄の儀式。
神が贄に望むは齢十六の乙女。
その身を神に捧げよ。村の礎となれ。
その残酷な言葉を聞かされたのは二人の少女。
少女達は身を清め、北と南の祭壇に向かった。
かたや心優しき温かな少女。
かたや甘やかされ疎まれた少女。
選ばれたのは―――。
「私は……大丈夫だから」
目から熱いものがこみ上げてくる。それを無視して口の端を上げた。
綺麗に、微笑めていたらいい。
彼女みたいに周りを明るく照らすようには出来ないけれど、貴方の記憶の最期に刻む笑みは今までで一番綺麗なものが良い。
目の前の貴方がくしゃりと顔を歪めた。
ああ。私を心配してくれるの……?
誰よりも温かくて―――残酷なくらい、優しい私のヒーロー。
大好きだった。愛おしかった。
誰より、愛していた。
そう、思っていた。
大好きで、愛して、頼って、縋って、縛り付けていた。
これは愛ではなく依存だと、心優しき彼女が教えてくれた。
ごめんなさいなんて言わない。……――言えない。
だから。
謝罪ではなく感謝を。
涙ではなく笑顔を。
貴方に―――。
「ありがとう」
精一杯の笑顔で告げる。
ずっとずっと側に居てくれてありがとう。
私を見放さずにいてくれてありがとう。
そして、
「来てくれて、ありがとう。すごく、すごく嬉しかったの」
……そう。それだけで充分なくらい。
心の中だけで呟く。
「早く行ってあげて。あの子はきっと貴方を待ってる」
「でもっ、そうするとお前が、一人になるじゃないか……っ」
あぁ、その優しさに縋ってしまいたい。
一人は怖いと。そばにいて欲しいと。
「そうね。あの子の周りにはたくさん人がいるわ」
私の周りを見渡しても誰一人居ない。
両親、さえも。
私の周りに誰もいないのは全部自業自得。好き放題してしたから当然の結果なのに。彼はそれがさも悲しいというように側にいるといってくれる。
あぁ。そうだね。悲しくて、寂しい。
そういえば彼は本当に側にいてくれるだろう。
私が贄に選ばれる瞬間まで自分の気持ちを押し殺して側にいてくれる。
だから私は望まない。
「馬鹿ね」
だってもう満足だもの。最後に貴方に会えたから。こんな私の元に貴方が来てくれたから。
「たくさんの人に囲まれても彼女が来て欲しいのは貴方ひとりよ」
人に囲まれて笑顔浮かべても彼女はきっと貴方だけを待っている。
ただ、貴方だけに来て欲しいと心から血を流している。
顔を上げた彼に私の人生で最高の笑みを浮かべてみせた。
肩の震えも、指先の震えも、瞳の震えさえ、押し殺して。
貴方に向ける最後の笑顔。
「全く。駄目でしょう? 愛している女の子を悲しませるなんて」
「……っ!」
愛している。
その言葉に何かを決めた彼の瞳。奥で火より熱い何かが燃えるような、意志の籠もったそれは今まで見た中で一番綺麗だった。
さぁ、私。あと少しよ。
最高の笑顔を保ったまま、彼の背中をそっと押す。
「あの子の元へ、行きなさい」
――――あの子の元で、生きなさい
「……ごめん。俺行く」
彼は立ち上がって走り出す。
きっと、もう振り返ったりはしないだろう。もう二度と彼の顔を見ることは出来ない。
「っ、あ」
思わず手を伸ばした。
指の先。すり抜けていく、感覚。伸ばした手をもう片方の手でぎゅっと握り締め、「行かないで」と叫びたくなる口に持って行く。
その背が見えなくなった瞬間、私の瞳から涙があふれだした。
「……あ、あああ……っ!」
堪えきれなかった嗚咽が誰もいないこの神殿に静かに響く。
とうとう一人に、なってしまった
怖い。怖い。怖い。
せっかく決めた意志が揺らいでしまいそう。がくがくと膝が震えて、大声で叫んでしまいそう。
隠してあった赤の布を纏い、祭壇に横たわる。
生け贄の儀式が行われると知って私はありとあらゆる本を漁った。
そして見つけた記述。
“神は赤を好む”
選ばれるのは私でなくてはいけない。
『神様は赤を好まないの。私選ばれたくないから赤をつけるわ。貴方は……分かってるわよね?』
きっと、優しい彼女はその通り赤を身につけないだろう。
今までは彼に依存していたかもしれない。
けれど、ねぇ。
今は、ちゃんと愛せているかしら
神聖な光が私の元に降りてくる。
私が、選ばれたのだ。
恐怖と安堵が一気に押し寄せてきて、安堵の方が強いのがどうしようもなく誇らしい。
あぁ、誰より願う。
―――彼と彼女の未来が幸せに溢れていますように
お読み下さりありがとうございます。
以下、以前拍手にあげていたものです。
とある村人視点
□■□■
……信じられない。
祭壇に横たわる少女をみて、俺は目を見開いた。
こいつのこんな顔なんて見たことがない。俺の記憶のこいつはいつだって美しい顔に見下したような色を乗せていた。
なのに。
今浮かべているのは、満足げで、慈愛に満ち溢れた聖女のような笑み。儚く消えそうなのに、どこか凛とした雰囲気を纏って、静かに横たわっている。
赤い布に染みを作っているのが涙と気がついたとき、息が詰まるような苦しさが襲ってきた。
……こんな顔も出来たのか……。
否、もともとこんな風に笑える子だったのかもしれない。この子の後ろの大きすぎる権力が歪めてしまったのだ。大人がへりくだり、俺たちが勝手に諦めて。我が儘で身勝手にしてしまったのかもしれない。
「彼女」みたいに真正面からしかることのできる人がもっと前に一人でもいれば……。
眩い光が降りてきた。
神聖なまでの張りつめた空気の中、桃色の口が僅かに動く。
―――“二人の未来が幸せに溢れていますように”
「……!」
あぁ……。
ここに来るという選択したことに後悔する。知らなければ幸せだったのに。
俺は知ってしまった。この、圧倒的なまでに柔らかい笑みを。
あの子が居なくなってしまった喪失感を。後悔を。
神様、俺からも頼むよ。
「あの子が向こうで幸せになれますように……」
□■□■
注意!
次の話はご都合主義のハッピーエンドです( >_<)
作品の雰囲気を崩されたくない方は読まない方が良いかもしれません。
*少女は生き返るというわけではありません。
□■□■
柔らかな雰囲気を纏う青年と、腕に子供を抱きかかえる温かな雰囲気の女性が丘の上の墓の前に佇んでいた。
「君へ報告だよ。俺たちの子供が無事に産まれることが出来ました」
青年がそういうと女性が腕の中の子をそっと掲げた。春の日差しを受け赤子がむずがるように眉を寄せる。
「貴方のことはきっとこの子にも伝えるわね。貴方のお陰で私たちの未来があるの。本当に……、ありがとう」
昔と変わらない温かく包み込むような笑みを浮かべる女性の目に光るものが流れる。
ふわりと吹いた風が三人を祝福するように桃色の花を舞わせた。
※
「―――そう。無事産まれたのね」
少女は声に喜色を滲ませて呟く。
「良かったのか?」
神々しいまでの美貌の持ち主が労るように少女の肩に手を添えた。少女は振り返って微笑む。
「ええ。大好きな二人がこんなにも幸せそうに笑っている。それだけで私も幸せになれるの」
「そういう意味ではない。君には彼らのもとに子供として転生する人生があったはずだ。なのに、いいのか?」
少女は少しだけ黙った。
この人、いや、この神になんと伝えたらいいのか。
悩む少女を見つめた神はその金色の髪を指に絡ませた。
「もっとも、私としてはこちらの方が嬉しいのだが」
その瞳に宿るのは恋しい者をみるような色。
あの生け贄の儀式で少女は天に召された。
天で出会ったこの物好きな神は少女に番にならないかと誘いかけてくるのだ。
今までは「彼らの人生を見つめていたいから」と断ってきた。
だが……。
「いいの」
自分の髪をいじる手をそっと掴む。
「こうして貴方と共に過ごす事が、今の私の幸せだから」
驚いた顔をした神の背に手を回す。
「彼」にはとうとう言えなかった、初めて口にする言葉。
「愛しています」
嬉しさを全面に押し出すような華やかな笑みを浮かべる神は少女を力いっぱい抱き締めた。