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第九話 スリーカード


 亡者たちは全員合わせると百人近くいたがスタートして十秒もしないうちにトビイカにせっつかれ約半数が砂の上をのたうちまわることとなった。


 イカは、仲間と獲物を解体する習性があるのか、まず地面を転げ回った亡者たちに集中しはじめたので、その隙に他の亡者は町と砂丘の境のフェンスを全力で目指した。


 しかし、スタートから二百メートル地点で亡者の後続は餓鬼に追いつかれ、空からも波状的にトビイカが襲ってくるので、その数を半数に減らしていた。

 

 九蔵はやや出遅れ、中盤の集団にいた。


 ここでもやはり、ぼんやりと生前の記憶がよみがえっていた。

 

 それは、卵からふ化したばかりのウミガメの子供がわずか数十メートル先の波打ち際を目指す間に、カモメなどの天敵にさらわれてしまうドキュメンタリー映像で自分の姿がそこにだぶったのだ。


 ここで、さらわれてしまった亡者は、たとえ、回生の風で復活してもトビイカや餓鬼の巣窟に囚われ生き返っては食い殺されというサイクルをを永遠に繰り返すはめになる。

 

 この徒競走は過剰気味になった亡者街の人口を軽減するための一種の間引きであった。


 毎回、町にたどり着くのは先頭集団に二、三人いればいい方であとは、補食者達の巣で身体に埋め込まれたGPSが位置情報と刑期の年数を十王のデータベースに送り続けるだけの肉だんごに成り果てる運命であった。


 砂丘の砂は想像以上に亡者たちの足を絡め取り思うように走らせてはくれなかった。


 フェンスまでの残り三百メートルが九蔵には、朧気の彼方に見える蜃気楼に思え永久にたどり着かないのではと焦燥に刈られた。


 先ほど、ニウとミミミがママチャリで颯爽と走っていたので、まさかここまで足場が悪いとは誰も思っていなかったのである。


 しかし、それは簡単な理由で二人のママチャリには太さ幅四インチのファットバイク用タイヤが履かされており、人間では考えられないほどの馬鹿力とすさまじいケイデンスでペダルを回していたので速さは時速七十キロを軽く超えていた。


 九蔵は、砂が焼けて熱いなどと一切感じないほどの集中力で駈けていた。


 しかし、その後ろで一人、また一人と羅殺に追いつかれては軽快に首を宙に飛ばしていく亡者たちの気配が背中から伝わってきていた。

 

 とんだ首は、すかさずトビイカがさらっていくので、二度と地面に落ちることはなかった。 


「ぎゃあああああ」


 という叫び声がすぐ近くから上がった。


 前方を走る小太りの亡者の体が突然地面に埋まったのだ。


 胸まで砂に飲み込まれたところで止まったが、自分では出られないらしく助けてくれと必死に叫んでいた。


 後ろから来た亡者たちは全員無視して走り去った。


 中には、その男の頭を踏み台にしてジャンプし数メートルでも距離を稼ごうとする者もいた。


 九蔵は一瞬ためらったが、走り抜ける際に男がのばした手を掴み全体重をかけて引き抜こうとした。

 

 かなりの衝撃を覚悟した九蔵だが男の体はあっさり砂場から抜け勢い余って前方に倒れてしまった。

 

 それもそのはずで、男の胸から下はすでに何者かによって喰い千切られたていた。

 

 どうやら、砂の下にも亡者を狙って身を潜めている獰猛な何かが息をひそめているらしかった。

 

 九蔵は頭と胸部だけになって痙攣している男を後で回生の風に当てれば何とかなるかもしれないと思い、肩に担いでみたがすぐに上空からトビイカにまとわりつかれ結局右手の先だけしか残らなかった。

 

 ほんの数秒のでき事だったが、気付いたとき既に九蔵は他の亡者にも抜かれ餓鬼の集団に囲まれていた。

 

 十メートル先にはいつの間にか、羅刹がゴム鞠のような両胸の谷間をはだけ首をかしげて九蔵を見つめていた。


「くそ、またアンタかよ」

 

 九蔵は振り絞るように言った。

 

 九蔵は、右手に持った男の手を羅刹に投げつけて逃げようと思ったが振りかぶったところでピタリと身体が動かなくなった。

 

 ぼとりと、九蔵の手から男の手が地面に落ちた。すかさず、砂の中の何かがそれを地中へ引きずり込んでいった。


 九蔵は全身から汗が噴き出し自分の死を覚悟した。


 近くで見る羅刹餓鬼の顔は血の気が一切通っておらず白いというより青みがかって見えたが唇だけが妙になまめかしく光りその端を吊り上げてへたへたと笑っているような表情は殺意というよりは、幼児が母親に感じる安心感を抱かせた。

 

 九蔵はその安心感の中でこのまま斬り刻まれても良いかなと思い始めたが、やはり、それは羅刹餓鬼に狂わされているのだと自分に言い聞かせ何とか奮い立った。

 

 かといって、それで今の状況が打破できるわけもなく羅刹が刀を振るのがヤケにスローに見えて、せめて武器が、いや(じょう)の一本でもあれば何とか対抗できるのだがと思うと急に身体の束縛が解け後ろにひっくり返り、自分がいた空間を羅刹の刀が薙いでいったのがわかった。


 九蔵は、慌てて体勢を立て直すと右手には長さ三尺ほどで太さが直径二センチくらいの樫材でできた(じょう)が握られていた。


 わけもわからず、すかさず繰り出された羅刹の刀の腹を杖で捉え見事にさばいた。その動きが訓練されたものに感じたので九蔵は生前、自分は何か武術でもやっていたのかも知れないと思った。

 

 羅刹はまさか反撃されるとは思っていなかったのか、ひゃらひゃらと鳴いたが怒っているのか喜んでいるのかはわからなかった。

 

 九蔵は、息を吐いて杖を両手で構え直すと左手と杖の間に紙きれが二枚挟まっていることに気がついた。

 

 目線は羅刹に向けたままその紙を開いてみるとどうやらそれがお札であることがわかった。


 九蔵はピンと来た。地蔵菩薩が力を貸してやると言ったのは、このことではないのかと。


 つまり、これは三枚のお札(スリーカード)である。

 

 今、握っているのは杖が欲しいという自分の思いがお札を媒介にして無意識に具現化したのだ。 

 

 九蔵は三枚のお札の寓話を必死で反芻(はんすう)した。


 羅刹餓鬼を雪女みたいだと形容したように幼き頃に読み聞かせて貰った

 童話や絵本の記憶は消えていなかったからだ。

 

 すぐに、杖を出したのは失敗だったと気がついた。


 対抗などぜず絵本の中で小僧がやったように札の力は足止めに使い全力で逃げるべきだったのか。


 しかし、九蔵はそれを否定した。今までも自分は負けると知っていて立ち向かうことを自分の証明としてきたのではないか。

 

 その思いが三枚のお札(スリーカード)という力を持ったことで確信に変わったからだ。

 

 それに、小僧のように後方に遮蔽物を出せば時間が稼げるというレベルはとっくに超えていた。敵は全方位、上空、地中からと九蔵をくまなく取り囲んでいる。

 

 この窮地を乗り切るためには、逃げではなく圧倒的な攻撃(オフェンス)で押し切るしか活路はないと本能が叫んでいた。


  その瞬間、九蔵は覚醒に近い閃きを感じた。絵本の中では、小僧は二枚目を大河に変えて山姥(やまんば)の足止めをしたが水を全て飲み込まれ、三枚目で火事を起こしたが飲まれた水を吐かれて逆に消化されるといううろんな結果に終わっていた。これは、あきらかに反属性を使った完全なミスコンボである。


 しかし、九蔵はここにお札の重要な特性があるのではないかと推測した。水を飲まれた時点でお札の効力が解除されれば火は消されなかったはずだが逆に利用されてしまったというのは川の具現化を解除しない限りお札の効果には永続性があるということである。

  

 つまり、三枚のお札(スリーカード)というのは元々コンビネーションが組めるよう和尚が設計していたものと考えられる。

 

 小僧が最初に可燃性の油の川を出していれば結果は変わっていたのかも知れないと九蔵は思った。


 しかし、九蔵はここで札は二枚使わずに攻撃に特化させた一撃で終わらせることだけを考えた。この先の切り札をここで全て使ってしまうわけにはいかないからだ。


 九蔵はイメージした。迫り来る羅刹と全方位から向かってくる敵を一手で屠る(すべ)を。


 そして、砂丘に立つ九蔵に地獄の異形共が殺到する寸前、九蔵は右手の人差し指と中指に真言が刻まれた札を挟み強く念じた。


 「ぬおおおおおお」


 九蔵が叫ぶとわずかに、空間が揺らめいた。


 それは、白い炎だった。



 虚空(こくう)に一条の閃光が走ったかと思うと、渦を巻いて周りの空気を飲み込み一気に膨れあがった炎は竜巻状の火柱となって全てを巻き上げた。


 九蔵がイメージしたもの。それは、アケロン川で火鞠が使った「焼尽の鬼火」そのものである。


 火鞠が使った鬼火と違ったのは、白く光り輝く様な炎で、その燃えさかる円柱は半径三百メートルにも達し羅刹や疾行(しっこう)食肉(じきにく)食血(じっけ)、トビイカの群れだけではなく襲われている亡者達、そして九蔵自身までもを飲み込み(つた)のように這い回る炎の舌先は決して燃え尽きることはなかったことである。


 九蔵は、己の造り出した火に身を焼きながら巻き上げられ、木の葉のように宙を舞うこととなった。


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