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第八話 最初の試練

 九蔵は、シュート管の中を真っ逆さまに滑り落ちていた。


 管の中は亡者が流れやすいよう水が流れており、ウォータースライダーもしくは、巨大な人間流しそうめんといったところであろうか。


 九蔵は流れ落ちている間、自分はまるで便所紙の様だとも思った。


 暗いシュート管が不意に途切れ視界が開けた。


 行き着いた先は、小さいプールになっており水しぶきを上げて九蔵は停止した。


 プールとはいっても、汚濁した泥水で満たされ羽虫が飛び交い、なにか得体の知れない水棲生物が驚いたのかビチと跳ねた。



 九蔵は、急に水溜まりに突っ込んだので鼻に水が入り、起きあがってえづいていると知った声が聞こえた。

 

「あ、九蔵さん、審査おわったんですねー。どうでした?」


 プールの縁に、いつものロリータファッションのニウがなぜか日傘を持って立っていた。


「どうもこうも、わからないことだらけだよ」


「ふーん、でもちゃんと地獄に落ちれてきてくれて良かったです」


「良くないわ!」


「そうですか? わたしは、うれしいけどなぁー」


 ニウはいつもの調子だったが声が弾んでいる感じがした。


 判決が下った後はニウの九蔵に対する態度が極悪になるのではないかと密かに危惧していたが心配はないようだった。

 

 九蔵は自分が落ちてきた巨大なドレン管を見上げてみると高さは公園の滑り台ほどの部分で途切れており滑ってきた長さと計算が合わなかった。


 ニウによると落ちてきた亡者が上って戻れないよう空間同士を繋げ出口専用の排出口だけを等活地獄に設けているらしかった。

 

 九蔵はプールから這い上がって周りを見渡した。


 相変わらず空は黒かったが地表面からの発するマグマの明かりや配管周りを照らす水銀灯のような発光体もあったので暗闇というわけではなかった。


 辺り一帯は砂地で、ちょっとした砂丘のようになっていた。


 周囲の砂地には、九蔵が出てきた排出管と同じものが複数、等間隔に並び一定間隔で亡者を吐き出しているようだった。


 身体を乾かすため、プールから砂丘のに上がると砂は素足では耐えられない熱さで焼けており九蔵は思わず飛び跳ね、水にまた入ろうかと思ったが見えないの壁のようなものに阻まれ、それは叶わなかった。


「あっつ、これが地獄の刑罰なのか」

 

 九蔵はニウに聞いたが、

 

「そんなわけねーだろ!」


 と不意に後ろから蹴り飛ばされ砂場に転がった。


 まだ、体についた水が完全に乾いていなかったので九蔵は泥まみれになった。


 蹴ったのは、メイド姿のミミミだった。


「あ、ミミミ。まだメイド服なんだ」


「う、うるせーよ! で、刑期の方はどうなったんだ?」


 ミミミは問答無用で九蔵の左腕をひねり上げると焼き印部分を見た。


「いてててて」


「三十兆六千か。きついな」


「数十年でペイできる数字じゃないですね」


 九蔵はまったくだと思い暗い気持ちになった。


 地蔵菩薩がやらせてみろと言うからには何かしら方法があるのではと裏を読んでいたが、はっきり言って今の状態は一文無しの人間が三十兆円以上借金をしている状態と同じだった。


 九蔵はでかい口を叩きすぎたと後悔しはじめていた。


「九蔵さん、ほら落ち込んでないで今は生き延びることだけ考えましょうよ」


「うん、そうだな」


 ニウの励ましに答えた九蔵だが、それが文字通りの言葉だと気づくのに時間はかからなかった。


 いつのまにか、砂地の一帯には、九蔵と同じ様な貧相で全裸の亡者たちが集まっていた。


「それじゃあ、皆さん、白線に沿って並んでくださーい。徒競走をはじめまーす」


 ニウが言った。


 地面を見ると確かに徒競走をするときのような白線が砂地に石灰で引かれていた。


「準備できたら始めるぞー」


 ミミミがいつの間に用意したのか、リアカーに積まれた放水ポンプのノズルを構えながら言った。


 一同は、わけのわからぬまま、白線沿いに横一列に並ぶとミミミはバルブを勢いよく開いてホースから出る液体を皆に向けて発射した。


 ミミミは庭の芝生に水をやるかのように軽く撒いていたが、実際のその水圧たるや凄まじく、亡者達は耐えきれずに次々と後方に吹っ飛ばされていった。


「なんだ、今期は根性ないなあー。ホント大丈夫かあ」


 とミミミはあきれていた。


「くっせ、なんじゃこりゃあ」


 九蔵は吹っ飛ばされ、水圧の痛みに耐えながらも起きあがって付着した粘液のようなものを手で拭った。


 異常に粘度が高く体にまとわりつき、釣りの練り餌のような強烈な生臭さがあった。


「そんじゃあ、おまえら、あっちのフェンスまで競争だから頑張れよ」


 なんの説明もしないまま、ミミミは白線の向かい側五百メートルほど先にある、有糸鉄線付きのフェンスを指さしていった。


 言われるまで気付かなかったのだが、フェンスの向こうは薄ぼんやりと光っていて、どうやら街の灯りだということがうかがえた。


 九蔵を含め、亡者達はわけがわからず呆然としていたのだが、その光りを見てにわかに精気を取り戻しているようだった。


 九蔵が、ミミミにあの光りは何なのかと口を開きかけたが、


「あのぉ、普通に歩いていっちゃだめなんですか?」


 と長身で痩せた頭のはげ上がった気弱そうな男が先に口を開いた。


「別に、いいけど」


 ミミミは身も蓋もない返事をした。


「もたもたしてるとこうなるけどなっ」

 

 ミミミは痩せた男の喉輪を掴むと白線の前方三十メートルくらいに片手で軽々と放り投げた。


 放物線を描いた男は、水切りの石のように砂の上をバウンドしながら跳ねて転がっていった。


 砂地なのでたいしたケガもなかったのか男はすぐ立ち上がろうとしたが、上空から奇妙な物体突然が降り注いできた。


 それは、複数の触手状の足の間に水掻きがついたイカに見えた。


 イカは胴体だけでギターケースぐらいの大きさがあり男に何体かまとわりつくと鉤状の口で腕や足、頭を一瞬でもぎ取って各々(おのおの)が肉塊の一片をくわえ再び飛び去っていってしまった。

 

 その有様を見て亡者達はどよめいた。


 痩せた男が呼び水になったのか砂丘の上空にはいつの間にか、トビイカの大群が舞っていた。

 

 空にはイカに混じって巨大な怪鳥やロールプレイングゲームに出てくる飛龍(ワイバーン)の様なモノも混じっていたし、驚いたのは風に吹かれるように巨体を持った赤銅色(しゃくどういろ)の餓鬼がいきなり現れ吠えはじめた。


 「なんで餓鬼が・・・」


 「新人の亡者が街に走るときは一種のお祭りですからね。この辺の肉食獣とか餓鬼さん達もいつも楽しみにしてるんですよ。ちなみに今、来たのは疾行(しっこう)っていって屍肉を食べる餓鬼でかなり力が強いので気をつけてくださいね」


 「この、身体にぶっかけた液体ってなんの意味があるんだよ?」


九蔵はニウに聞いた。


 「ケモノさん達の喰いつきがよくなるようにアケロン川で獲れた魚の魚粉を特別調合したものですよー」

 

「食いつきよくしてどうするんだよ!」


「そっちの方がおもしろいからだろうな」


 ミミミが適当に答えた。

 

「わけがわからん」


「まあまあ、九蔵さん、これは言うなれば最初の試練みたいなもんで伝統ですよ。サクッとクリアしちゃってください」


「そんなこと言われても」


 ミミミとニウと九蔵のやりとりを聞いていた亡者達の間に動揺が拡がった。


 中には列を崩して逃げようとするものもいたが、集団から離れると逆に、トビイカ達の猛攻にあい、身体中をスポンジの様に穴ぼこだらけにされて地面に転がった。


 「あ、言い忘れてたけど白線の周りだけ結界張ってイカとか餓鬼に見えないようにしてあるから離れると死ぬから」


 ミミミが説明した。


 そう言うことは早く言えと皆、内心思ったがミミミに反論できる者はいなかった。


 ニウが、左腕の手の平側に付けた小振りな女性用腕時計を見て言った、


「ミミミちゃん、そろそろお昼休みだよー」


「ん? もうそんな時間」


「今日どこいこっかー」


「たまにはビュッフェとか行っちゃう?」


「わーい、やったやったー」


「あの、競走は?」


 いきなり女子会ノリで話し始めた二人に九蔵がおずおずと聞いた。


「じゃあ、今から結界解くんで、それが合図ですからみんな頑張ってくださいねー」


 というとニウは両手をぽんと胸の前で叩いて結界を解除したようだった。


 それと同時に周囲の空気が一瞬揺らめいたかと思うと、空を舞っていた数え切れないほど大量のトビイカの群れ暴れるように旋回して亡者達に突っ込んでくる。


「ちょ、いきなり過ぎるだろ!」


 と九蔵は叫んだがニウとミミミはいつの間にか女学生が乗るようなママチャリに乗って談笑しながら走り去っていた。


 後方から「ひゅらららら」と聞き覚えのある気の抜けた笛の様な音がした。


 九蔵が振り返ると、死に装束をはためかせた色白の女が中子(なかご)がむき出しの刀を両手に持って佇んでいた。


 その後ろには食肉(グール)食血(じっけつ)を引き連れている。


 ミミミが仕留めそこなった羅刹餓鬼であった。


「うわあああああああ、またあいつか!!」


 九蔵は叫んだ。


 その叫び声を合図に亡者達は一斉に走り出した。


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