第七話 十王審理
京都の知り合いに連絡して後日、関西弁を修正して貰う予定です。
九蔵が目を醒ますと、白い世界が拡がっていた。
そこには地獄の薄暗さはなく、まばゆい光りに包まれていた。
九蔵は、地蔵菩薩が自分も天部に連れてきてくれたのではないかと思った。
「あ、起きたん?」
しかし、そこは何もない広い部屋で、中央に置いてあるバーチェアにタブレットPCを持って座り、関西なまりで言った女は鬼のようだった。
ショートカットでスーツを着込み、黒縁のスタイリッシュなメガネを掛けて二十歳前半位だろうが、今まで見てきた鬼の中では一番大人っぽいなと九蔵は思った。
九蔵は起きあがろうとしたが、身体は全く動かなかった。
自分の身体を見てみると、部屋と同じ純白の拘束椅子のようなモノに全裸で座らせられ、両手足が白い革ベルトで固定されていた。火鞠に焼かれた手足の末端は完全に治っていたのが救いだった。
まばゆい光だと思ったものは、天井全面に埋め込まれたLEDライトを曇りガラスで覆った照明で、床の光沢のある白いリノリウム材がその光を乱反射させていた。
四方に壁は無く何処までも部屋が拡がっているようで見る者を不安にさせる作りだった。
「ここは…、いったいどういう事なんですか?」
「どういう事かて、十王審理やがな」
女は言った。
十王審理とは、人間が死んだ後、七日おきに行われる審理の事である。
まず、閻魔を含めた七王が順番に審理を行い、それでも決まらない場合に追加の審理が三回あり、一周忌、三回忌、それぞれ、平等王、都市王、五道転輪王の手によって行われる。
もし、一審で判決が下れば、その後の審理は一切受けなくて良く合理化したシステムである。
「じゃあ、もしかして、あなたが閻魔様ですか?」
九蔵は聞いた。
「あっはっは、何言うてんの、うちをあんなむっさいオッサンと一緒にしてくれて。ほんと、しばくよ」
女は笑っていったが目は笑わっていなかった。
「ちょっと聞いてみただけです」
九蔵は陰になった。
「うちはな、審理の進行やらしてもろてる辰姫ちゅうもんです」
「じゃあ、閻魔様はいつ来られるんでしょうか」
「そんなん、来んで」
「え?」
「あんな、閻魔っちゅうんは、ほんまはヤマ言って一番最初に地獄に堕ちた人間のことや、そんな、むかしっから毎日、毎日、亡者裁いとったら、頭おかしくなるやろ。だから、もう本人おらんでええように、罪人の罪を完全データベース化してコンピューターがオートで裁けるようシステム作ってん。閻魔っちゅうのはそのシステム全体の名称でここではYAMAシステムっていうてんねんで」
「オートで裁くって言われても、俺、記憶が無くって自分の名前とか罪状とか教えてもらいたいんですけど」
「ちょい待ち、囚人番号百億二万六千七百九十三やろ、今あんたの罪状読みこんどるところや」
辰姫は、タブレットPCの画面に目を落としたまま言った。
「YAMASYSTEMはなごっついAI積んどるから刑期まで計算して出してくれるんやけど、なにぶん機械のことやろ。間違うこともあんねん。だから、査定間違わんよう、うちが保守管理しとるわけや。ほんま罪が軽くても自分が手を下さんだけで悪い奴もぎょうさんおるし、罪が重くても情状酌量の余地が、あるもんもおるしな。お、出た出た」
「ど、どうです?」
「ふーん、あんた、記憶がないのは当然や」
「え、なんで?」
「浄土行きだったからやね」
「俺、天国行きってこと。でも、なんで天国行きだと記憶ないんですか?」
「そりゃ、人間が赤ん坊のとき前世の記憶なんて無いやろ。記憶なんてもんは所詮、世俗の垢や。転生した先でそんなもんない方が良いに決まっとる。ただな、地獄だけは生前の罪を悔い改めろっちゅうて記憶はある程度残しとるわけや。そやかて、自分の犯した罪にすら無自覚な輩がほとんどなんやけど」
「そうか、じゃあ、俺は生前の行いは良かったってわけですね」
「そうとも限らんで」
辰姫は、メガネの奥でにやっと笑みを浮かべた。
「え?」
「浄土に行くゆうんは、よほどの善人か、六道におっては都合の悪い人間のどっちかや。まあ、あんたの場合はただのアホにしかみえんけどな」
辰姫はメガネの蝶番を指で摘まんでズリ下げ上目使い気味に九蔵を見あげた。
「アホって言われても」
九蔵は言った。
「うちはな、なんでこの仕事やってるかいうと、人間の本質を見抜ける七つの瞳をもっとるからや」
そういうと、辰姫の翡翠色の瞳が万華鏡のホイールスコープのようにコロコロとせわしなく写り変わった。
その瞳で射抜かれると、九蔵は全てを見透かされているような感覚にとらわれた。
「へー、あんた面白い魂してますなあ、しかも地蔵の加護付きときたら相当イレギュラーなやっちゃな自分、データが無いわけや」
辰姫は言った。
「そういえば、さっきお地蔵さんが力を貸すとかなんとか言ってたような」
九蔵は言った。
「そうか、あのおっさんも、ようわからんことすんな。まあ、一つ言えるんはあれやね、人を殺したり殺されたりした様な人間が浄土に行くってのは相当訳ありってことや」
「殺されたって、俺は殺されたんですか?」
「そうやな。データで上がってんのは後は浄土行きってだけであとはアンノウン、ブランクや」
「殺された上に六道にいては都合が悪い人間てことですか?」
「しらんがな、うちがあんたのことわかるんは大まかな罪の裁量だけで、誰かの思惑までは知ったこちゃない。まあ、あんたは火鞠が地獄に推薦してくれたおかげで時間はたっぷりあるんやし墜ちてから考えればいいやろ。人の罪かぶって地獄行くなんてのは褒められたことちゃうで」
「ちょっとまって、まだ聞きたいことが山ほど・・・」
九蔵は言いかけたが、辰姫がタブレットを操作すると床からロボットアームの様なモノが急に這いだした。よく見ると、その先端は電熱器のようになっていて高熱を帯びたアラビア数字の金型がオレンジ色に光っていた。
「え、何これ・・・」
「何って今から、あんたの地獄の刑期を腕に焼き付けるんよ」
「えっと! まだ心の準備が」
「時間ないから、サクサクいこか」
ゆっくりアームが迫ってくると、焼きゴテは身動きの取れない九蔵の肉を焦がしながら左前腕に深々と押し当てられた。
「ぎゃあああああああ」
九蔵は叫んだ。
「あぁ、いいね。思ったより良い声で鳴くわ」
辰姫は九蔵の前に立つと薄目をあけ恍惚の表情を浮かべた。
焼きゴテが腕から放されると、肉には30兆60000000000億年と黒く焦げた数字で刻印されていた。
「さ、三十兆六千億年て!」
「火鞠から、二十兆ってリクエストやったからうちが、もうちょっとおまけしといたよー」
「いや、よけいなお世話っつうか、こんな年数あり得ない!」
「それでも地獄じゃ短いほうや」
「な! そんなバカな」
九蔵は言った。
辰姫は、おもむろに右足を上げるとハイヒールのトップリフトで九蔵の胸を思い切り踏みつけた。
「さっきから一々、うるさいねんて」
いいながら、ヒールの力を込める。
「うっ、何を」
九蔵は呻いた。
九蔵の意識は混濁していた。
審理で謎が少しでも解けるかと思ったが実際には自分は殺されていたこと。それは、誰かの策謀である可能性が示唆されこれでは、一切何も知らされない方がまだマシであったろうと思った。
辰姫のミニスカートの端からガーターベルトと下着が覗いて九蔵の目は辰姫の形のいい恥丘にくぎ付けになった。
「それじゃ、地獄へおいでやす」
辰姫が、足を前に蹴ると九蔵の椅子の背もたれが一気に倒れた。
床にダストシューターの様な穴が空いて拘束具が弾けるように外れると同時に九蔵はその穴に頭から奈落の底へと吸い込まれいった。