表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第六話 地蔵菩薩

「九蔵さん、短い間だったけど楽しかったです。安らかに眠ってください」


 ニウは、神妙な面持ちで黒炎に向かって手を合わせた。


「ま、ここで輪廻転生(リーンカーネーション)から外れるってのはあいつにとっては幸せだったのかもな」


 ミミミは、なんか骨折り損だったみたいな顔をして言った。


 火鞠(ひまり)が手を払うと炎は風に散った。


 後には消し炭おろか、塵一つすら残っていなかった。


「わー、やっぱり火鞠さんはスゴいなー!」


「鬼火だけで上級鬼術レベルっすね」


 ニウとミミミは感心して言ったが、火鞠は険しい顔つきで押し黙っていた。


「前途ある若者を、無慈悲に消すってのはけしからんなー、しかし」


 火鞠の背後から不意に男の声がした。


 低く威厳のある声だった。


「ジジイ、また邪魔を・・・」


 忌々しげに振り向きながら火鞠が言った。


 そこには、肩にぐったりした九蔵を担いだ大男が立っていた。


 その姿はスキンヘッドにサングラス、黒のロングコートという出で立ちで、堅気には見えなかった。


「久しいな、火鞠」


「地蔵・・・」


「わー! お地蔵さんだぁ♪ わたしも抱っこしてほしいなあー」


 担がれた九蔵を見てニウはうらやましそうに言った。ニウは甘えん坊だった。


「ニウ、あんま喜ぶなって」


 (たしな)めたミミミも強者の登場にテンションは上がっている様だった。


 男は地蔵菩薩であった。


「うぅ、いつつ」


 九蔵は激痛に呻きながら意識を取り戻した。


 手足の末端は炭化していて自分の肉が焼ける臭いが鼻腔に広がった。


 地蔵菩薩の空間を渡る法力で、体の芯部を焼かれる刹那瞬(せつなしゅん)に間一髪で助けられていた。


「おお、小僧起きたか。威勢は良かったが、後が今ひとつってとこだな」


 と言うと、地蔵は笑った。


 実に豪快な笑いであった。


「あの、おじさん助けてくれてありがとう。なんか、その、そっちの筋の人ですか」


 九蔵は自分が担がれている状況で助けられたと理解したが、地蔵の肉体に乗っている自分の体が岩山に乗った豆粒のようだと思った。


「なに、ただの世話焼き坊主よ、気にするこたないわい」


 屈託のない地蔵の豪気な喋りは肩に担がれた九蔵の全身に快活に心に響いた。


「お坊さんですか。じ、地獄に仏ってのはマジなんですね!」


「仏かこりゃ参ったな。そんな大層なもんじゃないんだがな、わっはっは」


 と地蔵はまた笑った。


 地蔵菩薩は、謙遜したが実際には仏になりうる希代の才を持ち努力の末に、その資格を得たが、苦しむ亡者を救済し六道(りくどう)行脚(あんぎゃ)するため自ら進んで菩薩になった殊勝(しゅしょう)な男だった。


 しかし、その生き様と、竹を割ったような豪気な性格で賽の河原の子供達を救う姿は天部(ティーベ)、地獄問わず尊敬を集め高い人気を誇っていた。


「九蔵さん、その方は地蔵菩薩さんですよ」


 ニウが言った。


「え、地蔵菩薩ってお地蔵さんてこと、イメージ違うっていうかマッチョすぎる」


「よく言われるわい」


「お地蔵さん、今日はヤヨイちゃんを迎えにきたんですかあー?」


 ニウがいつもの素っ頓狂な調子で地蔵に聞いた。


「うむ、そんなところだ」


「ヤヨイは、まだ渡さないわ。手続きも、書類も問題ないはずよ」


火鞠は、地蔵に食ってかかった。


「そうじゃないだろう、そうじゃ。要は、本人がどうしたいかってことだろうよ」


 地蔵は言った。


 九蔵は、地蔵に担がれたまま、この人は自分ではなくヤヨイと呼ばれている火鞠に追われていた女の子を助けにきたのだなとわかり本当によかったと思った。


「わたし、お母さんに会いたい」


 ヤヨイは叫んだ。魂の底から絞り出すような切実な叫びだった。


 ヤヨイは、母親の再婚相手に虐待され死んだ子供だった。母親も虐待に荷担した。だが、ヤヨイは、母親を愛していた。


「ヤヨイの母親は地獄に落とす。特例措置は認めない。だからヤヨイもここで待てばいいし、不自由はさせないつもり」


 火鞠は言った。


「母親がきたら、ヤヨイは天部行きでどのみち一緒には暮らせないだろうよ」


「ルールはルールよ。私が守らなければ誰が守る」


「母親はわしの説法で天部に連れて行こうと思ったんだがな。それじゃわしも地獄のルールってのでやるしかないか」


地蔵は言った。


「よっしゃ火鞠さん、ここは、私がタイマンはらしてもらうわ!」


 ミミミが、前に出た。どうやら力ずくということらしい。


「ミミミ、相手わかってるの?」


 火鞠の声はこころなしか怒気をはらんでいた。


「強いヤツ目の前にして指くわえてられない性分で」


「わーい♪ ミミミちゃん頑張れー」


「まったく」


 火鞠はため息をついた。


 ミミミは、木剣を背中から抜いて振りかぶった。紫のオーラが剣全体を包み込んでいた。


「おっさん、最初っから全力で行かせてもらう! そんなバカ抱えたままだと死ぬぜ」


「お嬢ちゃん、坊やが心配かい」


「は? そんなんじゃないっつの。負けた言い訳にされても困るから」


「こりゃまたずいぶん威勢が良いな。でも、ま、心配ない」


 地蔵は、右手を前に出しデコピンの形にするとミミミに向けて中指を弾いた。


 ピシという木材が軋む様な音がしてミミミは、白目を剥いて仰向けにひっくり返った。


「キャー! ミミミちゃん」


「安心せい、手心は加えておる」


「やっぱ勝負にならないわね」


 火鞠が言った。


「うおりゃー!」


 倒れていたはずのミミミは、すぐ目を醒まし立ち上がって木剣を杖にして踏ん張った。


「ほう、三日は起きられんくらいにしたんだが」


地蔵は感心した様だった。


「つーか、全然効いてねーから」


ミミミは青ざめ冷や汗を垂らしながら言った。


「ミミミもういいわ。下がって」


 火鞠が言った。


「まだ、まだ」


 ミミミは荒い息をついて言った。


「ミミミ」


 火鞠の雰囲気が変わった。周囲の空気が一瞬にして凍り付く様な威圧感だった。


「っく」


 ミミミは大人しく引き下がった。


 火鞠と地蔵が対峙するとアケロン川の水面が波立って、風が嘶く(いなな)様にざわめいた。


 九蔵は嫌な予感がした。


「あの、お地蔵さん。降ろしてください」


 九蔵は言った。


「ん、足はだいじょうぶか」


「はい」


「そうか」


 九蔵は地蔵の肩から降ろして貰うと炭化しか手足の痛みもかまわず火鞠に土下座をした。


「なんのつもり?」


 火鞠が聞いた。


「俺を地獄に落としてくれ。ヤヨイちゃんのお母さんの罪は俺が肩代わりする」


「バカかおまえ、業ってのはそんな単純なもんじゃねえんだよ」


荒い息をしながらミミミが横槍を入れた。


「特例は認めないっていったわよね」


 火鞠が言った。


「だけどこのままじゃ」


 九蔵は口ごもった。


「わっはっは! 火鞠、その小僧結構な逸材かもしれんぞ。わしが全責任を持つからやらしてやったらどうだ」


 地蔵が言った。


「火鞠おねーちゃん・・」


 ヤヨイは火鞠を見つめた。


火鞠は、少し考えた(のち)


「自分から地獄に来るんだったら容赦しないわよ」


 と九蔵に言った。


「べつにかまわない。それに、地獄にはまた会いたいヤツらもいるし」


 九蔵は言ってニウとミミミを見た。


「はあ、なにいってんだ、お前!」


 ミミミは文句を言ったが顔を少し赤らめていた。


「わーい、九蔵さんまた遊びましょうね」


 九蔵は、ニウやミミミとまた会いたいと思ったのは本心だったが、まだ他に会わなければいけない男がいるのではないかという記憶が甦り始めていた。


「ヤヨイの母親が来るまでにその分の罪をペイできなかったら輪廻なしで無間地獄に落とすわよ」


 言うと火鞠は背を向けて歩き出した。


「火鞠おねーちゃん、ありがとう」


 ヤヨイは叫んだが火鞠は振り返らなかった。


「おい、小僧わしゃ、お前が気に入った」


 ヤヨイを抱っこした地蔵が言った。


「誰も、傷つかない方法が他に考えつかなかっただけです」


「しかし、これからが大変だな。よし、わしの力をちょっと貸してやろう」

 

 地蔵は、右手で拳を作ると九蔵の胸をドンと叩いた。


 拳は胸骨を突き抜け心臓に達した。地獄に来て一番の衝撃だったが苦しいという感じではなく何かとてつもないエネルギーが自分に注入されていくような感覚だった。


 九蔵は、膝が落ち意識が遠のいていく中で地蔵の腕に抱かれているヤヨイが初めて、にっこりと微笑む姿を見たような気がした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ