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第三話 羅刹餓鬼

 

 九蔵達がいる岩場の数十メートル先。

 

 切り立った岩がまばらになり、ちょうど四辻(よつつじ)の様になっている一角があり、その真ん中に青白い肌の女が立っていた。


 女は、胸元がはだけた死装束姿で柄の無い中子(なかご)が剥き出しの刀を手にして笑っていた。


 痩せこけてはいるが、乳房は鞠のように膨れ張りがあった。


 女は静かに手招きをした。母親が子供にするような優しい手つきだった。

 

 九蔵は吸い込まれるように女の方に歩きだしたい気持ちになった。


 しかし足を踏み出した瞬間ミミミに頭を思いっきり拳固で殴られた。


 目から火花が飛び、脳が揺れた。


「いっで、ちょ、なにすん」


「いきなり引っかかってんじゃねっつの」


「え?」


「羅刹だよ。ら・せ・つ」


「あれも、餓鬼なのか?」


「ああ、しかもそうとうめんどくさい奴ね」


 言葉とは、裏腹にミミミは息を弾ませて言った。


「えーとぉ、正確には、婆羅門羅刹餓鬼といって、羅刹天などの鬼神とは全く別物ですよ」


「う、さっぱりわからん」


「まあ、餓鬼のくせにちょっと術が使えるみたいな? ようは、ボスよ。ボス」


「うーん。つまりクッパ的な何かってことか」


 九蔵は記憶がなくなっているのにも関わらずクッパという言葉が口を突いて出てきたことに驚いた。


「九蔵さん羅刹餓鬼には、人を狂わせる力があるんです。一度射程内に入ったら亡者はまず逃げられません。もちろん私たち獄卒には全く効きませんけど気を付けてくださいね」


「マジかよ、やだなー」


 九蔵は、身震いした。

 

 ミミミやニウがいなければ、女の奇妙な笑い顔に見入っているうち、なます切りになっていたであろうか。

 

 羅刹は、九蔵が誘いに乗って来ないと見ると、ひゅらららと、笛が鳴るような奇妙な声を上げた。


 すると辺り一帯に金属が激しく打ち合う音が響き三十メートルくらい離れていた羅刹が、一瞬にして目の前に現れた。

 

 金属音の正体は、その踏み込みに反応したミミミが、黒曜石付きの木剣で刃を受け、鍔迫り合いになったのである。


 ゼロコンマ何秒という世界で行われた攻防を九蔵は一切とらえることができなかった。


「餓鬼が鬼族に喧嘩売るとは上等!」


 ミミミは、馬頭だが細面でどちらかというと狐を思わせる顔つきで、一方の羅刹は銀髪で口元は笑っているが氷の様な冷たい目線をしていた。


 それは、子供の頃読んでもらった雪女のイメージに近かった。

 

 人間では考えられない強さを持つ、二人が対峙した様は神々しくさえあり悪鬼や物の怪と類とは思えなかった。

 

 九蔵はこんなもの達がひしめき合っている世界に来てしまったことに戦慄を覚えた。


 しかし、同時にこれから起こる何かへの期待に胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。やはり羅刹に狂わせられているのだろうかと九蔵は思った。


 羅刹は、もう一度、奇妙な笛の鳴る音のような声を上げた。


 九蔵は、笑いたくなった。この程度で自分が狂うはずなどないと思うと笑いがこみ上げて耐えることができなくなっていた。


「くくく、ぷぷ」


「九蔵さん笑っちゃダメですよ」


「お荷物抱えたまんまじゃやっぱつらいか」


 九蔵を見たミミミが言った。


 九蔵は、地面に突っ伏し頭を地面にこすりつけていた。先ほどから、おかしくてしょうがないのだが何がおかいしいのかさっぱりわからなかった。


「九蔵さん、ごめんなさい。エイ!」


 ニウがロッキンホースで思い切り頭を踏みつけた。頭骨が軋む音がして顔面がたわんだ。


 強烈な一撃を受け、正気に戻った九蔵は、ニウの圧底部分が靴から突き出た生の蹄だということに気づいた。


 ニウの蹄の一撃は、先ほどのミミミの拳固より遙かに破壊力があり生命の危険を感じるほどだった。


「しょうがない、こっちもお預けか」


 ミミミが舌打ちして吐き捨てる様に言うと上腕が一瞬筋肉で盛り上がり、羅刹を数十メートル後ろに吹っ飛ばした。


羅刹は、着地する前に身を翻し、刀を空中で一振りし装束から太股を露わにしながら見事に着地した。


 ミミミの足下の岩盤が抉るように亀裂を走らせながら飛び散った。


 おそらく、剣で作った風圧でかまいたちの様なものを打ち出したのだろうが、ミミミがそれをどうやって防御したのかまでは九蔵はわからなかった。


「あんたとは、また遊んでやるからそう焦るなって」


「ミミミちゃん、わたしが!」


「ああ、ニウ頼むわ」


「えい!」


 ニウが奇妙な印を胸の前で結んで最後にポンと両手を叩くと空中から肋骨のような細長い先のとがった幾本もの骨がのたうつようにあらわれ絡み合いながら楕円形の門をかたどった。


 門の中心からは、轟音とともに、大量の汚濁した土砂のようなものが吹き出しあっという間に羅刹を飲み込んでいった。


「うう、くっせー」


 九蔵は鼻を押さえた。


 辺り一帯を肥溜めの中で発酵した汚物のような臭気が満たしていた。


「あっはっは! 臭いだろ! これは土糞流(どふんりゅう)っていって糞尿地獄から門を繋げる初級の鬼導術だ」


「ふ、ふんにょう・・・」


「ミミミちゃん、気にしてるんだから言わないでよー」


「でも、これなら、羅刹もひとたまりないな」


 九蔵は楽観的にあたりを見回した。


「足止めできて十秒ってところだな」


「ええー! 全然ダメじゃん!」


「いや、充分だ。ニウいくよ」


「はーい」


 すると、二人の体が膨れ上がり馬と牛になった。どういう仕立てになっているのかわからないが着ている服は破けずに体に沿って膨張している様にも見えた。


「サッサと乗れクソ亡者!」


 二人の変貌に戸惑っている九蔵をミミミが叱咤した。


 九蔵は、ミミミの背中に飛び乗った。


 ミミミとニウが走り出すと、足場の悪い岩場にも関わらず周りの景色が一瞬で後方に流れていった。


 ニウはミミミの少し後を走っていた。馬より牛の方が速度は出ない様だった。


「ミミミ助けてくれて、ありがとう」


「別に、おまえのためにやってるわけじゃないから」


 ミミミは、素っ気ない態度だが、照れ隠しなのかさらに速度を増した。鞍がないので九蔵は力の限りしがみついた。


「ちょっと、どこさわってんのよ!」


「え!」


 体が馬になっているので全くわからなかったが、メイド服の位置から察するにちょうど胸の谷間当たりに手を回し、うなじに顔を押しつけている感じなんだろうがやはり、馬なので全く実感がなかった。

 

 しかし、たてがみからは、白桃のようなシャンプーの良い香りがした。


「こんの、変態!」


ミミミが急に踏ん張って止まったので九蔵は勢いよく前に吹っ飛ばされた。

空中に投げ出されている間、九蔵は、ミミミもやっぱり女の子なんだなと思い少し嬉しかった。



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