第十八話 再開
九蔵の右手首から先が床に転がっていた。
いつの間にか九蔵の死角に移動していたユリウスがグラディエーターで九蔵の腕を切断していたのだ。
九蔵は自分の腕の切断面を見ると骨や筋繊維の間に走る血管から一瞬間をおいて大量の血液が噴出してくる様子がスローモーションの様に見えた。
痛いというよりはヤバいという焦燥が九蔵の次の行動を決めていた。
すぐに、転がった自分の手にとびつこうとしたがゼフ・コバルトが腰のホルスターから古めかしい六連発リボルバーを抜いて九蔵の転がった手首を正確に四回打ち抜いて数センチ移動させたため、わずかに九蔵の左手は自分の右手には届かず札は沈黙したままだった。
「うわああああ、な、何しやがる!」
後で回生の風に当てれば治るとわかっていても自分の肉体が目の前で穴だらけにされるのはショックだった。
「キタねえ手首一つで騒ぎ立てやがってみっともねー野郎だぜ」
ゼフが吐き捨てるようにいった。
「神田よ。こいつの処遇はどうする?」
ユリウスが言った。
「加護付きというから一応見に来たが、とんだ期待はずれだ。やはり地蔵の加護程度では話にならんか」
「では、こっちの好きにさせてもらう」
「ああ、好きにしろ」
神田太郎は九蔵に背を向けて言った。
「ロングバレル、百年分の恨みだ。覚悟しとけよ」
ゼフがリボルバーに一発だけ次弾を装填し指の腹で回しながら言った。
「ちょっとまってくれ、ロングバレルってのは俺のことなのか?」
「ああ。ジョン・ロングバレルってのは小キタねえイカサマ師のてめえの名だ」
「そうか、俺の名前はジョンか」
自分の意外な本名に痛みも忘れ九蔵の口元がほころんだ。
「いや、お前の名はバドックだった」
ユリウスが言った。
「な、どういうことだ」
「いちいち説明してやる時間はないな」
ユリウスが剣をふりかぶった。
その瞬間部屋の壁が爆砕して破片が散弾の様にユリウスに降り注いだ。
「きゅーぞーさーん! みーつけたっ♪」
砂煙の中から現れた人影はニウとミミミだった。
「ニウ! ミミミ!」
「ったく。勝手に出歩きやがって。目ぇ離したって火鞠さんに怒られたじゃん」
ミミミがけだるそうに倒れている九蔵の腹を蹴りあげた。
「ぐえっ! 勝手にいなくなったのはそっちだろうが」
九蔵は腹を押さえていった。
「さっきリカちゃんが九蔵さんらしき亡者を見たって教えてくれたんですよ」
「そうか、さっきの極卒と知り合いだったのか」
「えへへ、小さい頃はみんなで死神湾に行って泳いだりした仲なんですよー」
「そうか、とにかく助かった」
九蔵は左手で右手首をきつく握って止血しながら立ち上がった。
「きゃー! 九蔵さん怪我してるじゃないですか! 私のパンツに血つけないでくださいよ」
「そ、そこかよ」
「つーかそのみっともないパンツ姿をなんとかしろ」
「俺はどうでもいいから、衣千華さんを助けてくれ」
「衣千華ってだれ?」
ミミミがぽかんとした顔で聞いた。
九蔵が先ほど衣千華が倒れていた場所を見ると崩れた壁で埋まっていた。
「うわあああ、衣千華さん!」
九蔵は手首がないのも構わず瓦礫をのけ始めた。
「おいおい、いきなり出てきて先客を無視すんなって」
その様子を見ながらゼフは天井に拳銃を一発ぶっ放した。
「話の腰を折られるのも気分が悪い」
壁の爆風を受けたユリウスも鎧が汚れているだけで無傷なようだった。
「へー、亡者が獄卒にずいぶん良い態度だな」
ミミミが背中の木剣を抜いて言った。
「わー、九蔵さんちょっと見ないうちにお友達いっぱいできてよかったですねー」
ニウは部屋を見回していった。
「この状況で友達に見えるのかよ!」
「まあ、九蔵の友達にふさわしい間抜け面なのは間違いないな」
「このクソアマ! なめやがって」
ゼフが革ジャンのポケットから弾丸を握ってだしたところを神田太郎が手で制した。
「やめとけ、今のおまえらじゃ分が悪い」
神田太郎が前に出た。
「めんどくさいのがいるね」
ミミミはそういったが強敵を前にすると見せる笑顔になっていた。
「加護付きってやっぱつよいのか?」
「えっと、あれは確か仏の加護を受けている亡者ですね。確か生前一匹の蜘蛛を助けたとか何とかで天部の蓮の池から糸を垂らしてもらったんだけどみんなを足蹴にして自分も落とされちゃったんですよね」
「いや、その話自体は何となく知ってるけど全然加護とか受けてなくない?」
「あはは、仏さまって気まぐれなので、たまにそういうことをよくやるんですよねー」
「たまによくやるって、いい迷惑だろそれ」
「それでですね。仏様を逆恨みした神田さんはあまりの怒りのために、プッツリ切れた蜘蛛の糸を手繰り寄せてそれを全部飲み込んでしまったんです」
「昔話の人間とかってキレるとよくわからん行動をするからなあ」
九蔵はしみじみといった。
「そして、神田さんが次に目覚めたときには超人的な身体能力と体にあいた穴から粘着性の糸を出せるようになっていたのです」
「なんかそれ違う話が混じってないか!」
「おいおい、嬢ちゃん人の能力をネタバレするなって。使いづらいだろうが」
と神田太郎が手のひらを掬うように指を締めると目に見えぬ速さで何かが飛んできた。
その物体は九蔵とニウの眼前でミミミの野太い木剣に遮られた。
「きったねーもんをぴゅっぴゅっ飛ばすなっつの」
ミミミが木剣をひらりと返すと神田太郎は腕の力を込めて見えない糸を引っ張った。
「まずは力比べと行こうか。馬のねーちゃん」
「やったげよーじゃん!」
ミミミの全身から紫色のオーラの湯気が立ち始めた。
「ま、マジであいつは蜘蛛男なのか!」