第十七話 苦境
「衣千華さん、こいつら一体」
「おいおい、そりゃないぜロングバレル。おまえ自分が殺した人間のことも忘れちまったのか?
俺は百年おまえのことばっかり思って死んでたんだぜ」
カウボーイハットの男は懐からジャックダニエルの小瓶を取り出し一息で飲み干しながら言った。
「しばらく見ないうちに間抜け面になったが、その腐った魂だけは変わらんな」
甲冑の男は腰からグラディエーターを抜き放ちながら言った。
「えっと、失礼ですがどちらさまでしたっけ?」
二人の男は自分を知っていそうな口ぶりだったが因縁のこもった言い回しが気になり九蔵は慎重に対応することにした。
「こいつらは私の依頼主よ。カウボーイハットの男はゼフ・コバルト。甲冑の男はユリウス・ユングリング。そして真ん中の男は神田太郎。あなたと同じ加護付きよ」
「と、統一感ねー!」
なんだか名前も装備品の時代背景もちぐはぐな三人を見て九蔵は言った。
「紹介ありがとうと言いたいところだが衣千華、さっさとその男渡してもらおう」
と神田太郎と呼ばれた男は一歩前に出た。
男は190センチ近くあったが見事に鍛え抜かれた体躯は均整がとれており一つの所作にも無駄がなかった。九蔵はこの三人いずれも相当の手練れだということを直感していた。
「嫌だと言ったらどうなるのかしら?」
衣千華が両手で鞠を抱えるように胸の前に差し出すとその中心点に暗緑色の炎がかすかに灯った。
やはり衣千華は鬼術もしくはそれに匹敵する何らかの術の使い手らしい。
「聞くまでもないだろ」
神田太郎はベルトのシースケースから刃渡り二十センチほどのダマスカスナイフを抜いた。
九蔵は自分なりに今の状況を整理して考えてみた。
衣千華は今しがた来た三人の亡者たちとグルである。
しかし、結束があるかというとそうではなくて九蔵が持つ男の娘としての資質に可能性を感じた衣千華は亡者のボスとみられる神田太郎のオーダーを無視して裏切りを図ったのである。
神田太郎という男は加護付きであるというから自分の能力に目をつけて身柄を確保したいが他の二人、ゼフ・コバルトとユリウス・ユングリングなる男は個人的な恨みがあるため今にでも殺したいと思っているというところであろうか。
「衣千華さん、この拘束具解いてくれ! 一緒に戦おう」
「あなたじゃ、足でまといになる・・・」
衣千華が九蔵の申し出に答えた一瞬をつき神田太郎は衣千華の懐に踏み込んで左胸にナイフを根元まで突き込んでいた。
「う・・・」
衣千華は全身の筋肉が弛緩したように膝から床に崩れ落ちた。
「衣千華さん!」
九蔵は叫んだ。
「どうした? この女はおまえの敵だぞ」
「う、うるせええ」
九蔵は無理やり起き上がって腕をナメコヒルのバンドから外そうとした。
バンドは細く鋸状になり九蔵の手首に食い込んだ。
しかし、九蔵は手首ごと引きちぎるため構わず食い込ませ続けた。
うずくまって身じろぎもしなかった衣千華が指を小さく鳴らした。
すると、ナメコヒルでできたバンドははキュルキュルと音を立てて椅子の中に滑り込んでしまった。
手足の自由が戻った九蔵はすぐさま衣千華を抱きかかえた。
「衣千華さん! すぐ風に当てるから辛抱して」
「ここを通れると思ってんのかこのボケナスがよお」
扉の前にゼフが立ちはだかって言った。
「関係ねーよ! ぶっ殺す!」
九蔵はパンツの中に入れていた最後の札を握りしめながら言った。
「ああ? やってみろゴラ!」
九蔵は三人を相手に残り一枚の半分の札で何ができるかを考えた。
普通にやりあえば確実にやられる。せめて壁に大穴を開けて衣千華を外に連れ出し回生の風に当てることだけでもできればと九蔵は爆破のイメージを札に込めようとした。