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第十六話 神田太郎

 九蔵は拘束具を外そうともがいたがもがけばもがくほど革製のバンドは両手足をきつく締め上げてきた。


「それはナメコヒルの皮で作ったバンドだからもがいても皮膚に吸い付いて血を全部抜かれるだけよ」


いちかは、牛刀の刃こぼれがないか天井の明かりにかざしながら言った。


「俺をどうするつもりだ」


「私はね、九蔵さんの魂の核にある地蔵の力がほしかったのよ」


「最初からそのつもりで俺に近づいたのか?」


「そうね、だからあなたが寝ている間にすべて終わらせようと思ったのに。まったくリンも役に立たない子だわ」


 九蔵は衣千華が本性をあらわし豹変することを予想していたのだが態度が全く変わっていないことに少なからず動揺した。


「地蔵の力なんて取り出してどうする気なんだ」


「さあ、私にはわからない」


「え、どういうこと?」


「それは、依頼主のオーダーだから。私は私の仕事をするまでのことよ」


 衣千華は牛刀の先端を九蔵の下腹部を撫でるように這わした後、力を込めて振り下ろした。


「ぎゃあああああああ」


 九蔵は目をつぶって叫んだが痛みはなかった。

 恐る恐る目を開けてみると牛刀は股間ギリギリに縛りつけられている椅子のシートに深々と食い込んでいた。


「でもね、それもどうでもいいかなって思ってる」


 衣千華は九蔵の目を見ていった。


「え?」


「九蔵さん、あなたには才能があるわ。きっと私の最高傑作になるとおもうの」


「な、何を言っているかわからないんだけど」


「今から魂を転換させて立派な男の娘にしてあげる」


「ちょ、俺を男の娘なんかにしてどうするつもりなんだよ」


「私の店で働いてもらうわ。あなたならきっとナンバーワンになれる」


「いや、俺そんなことしてる場合じゃないっていうかやらなきゃいけないことがあるし」


「大丈夫、そんなことすぐ忘れるように頭のほうもいじってあげるわ」


「ええええ、ただでさえ記憶喪失なのにこれ以上いじられても困るんですが」


 九蔵は頭をいじられたら逆に失っていた記憶が戻るのではと一瞬思ったがそれはないと判断して手足をばたつかせた。


「あの、ト、トイレ! 手術の前にトイレに行かせて欲しいんだけど」


 九蔵は苦し紛れに言ってみた。

 便所にさえいければパンツの中に隠した残りの札に代返をさせ脱出を図れると思ったからだ。

 衣千華の自宅がどこにあるのかはわからなかったが先ほどの市街地からおそらく徒歩圏内にあると想定すればリカ達、治安維持部隊のもとまで走るのは可能ではないかと判断したからだ。


 しかし、よく考えてみれば衣千華は亡者のくせに空間渡航などを行う得体のしれない女である。

運よく逃げ出せたとしてもすぐ追いつかれることは目に見えていた。

九蔵は札をほとんど使いきってしまっていることを後悔した。


「出せるんだったらここで出していいわ」


「え、ここで?」


 九蔵は衣千華が芝居と疑っているのではと思い本気で排泄を試みた。

 今ここで糞尿をまき散らさなければ自分の未来はないからである。


「くそくそくそ!」


「そんなに口で言っても出ないわよ。生前の名残で尿意や便意があっても肉体のない地獄ではトイレに行く必要がないのよ」


「な、なにー!」


 昔話の小僧の様に安直に便所になら行かせてもらえると思っていたがそれは徒労に終わった。


 衣千華は九蔵のパンツをずりさげ陰嚢に刃を押しあてた。


「いやだ! 俺はこんなところで終われない!」


「終わりじゃないわ。ここから始めましょう」


「違う! 俺は地獄の王になる男だ!」


 九蔵は無意識に少年漫画の主人公のようなセリフを絶叫していた。

 しかし、それでどうにかなるわけでもないしタチバックストリートボーイズとしての自分の未来も悪くないのかもしれないとサテン地の腰布を巻いた自分を想像してみたがやはりそれは吐き気を催す光景であった。


 その時、扉が外から蹴破られ幾人かの人影が室内に躍り込んできた。


 九蔵はニウやミミミが助けに来てくれたのかと思ったが入ってきたのは風体の異なる三人の亡者だった。


「地獄の王か。そいつは奇遇だな」


 真ん中の髪を無造作に伸ばした屈強な男が言った。


「久々だな。ロングバレル」

 

九蔵から見て左側のカウボーイハットを被ったガンマン風の男が言った。


「この日を待ちわびたぜロッソ・グロッソ」


右側のノルド人のような甲冑を着こんだ男が言った。


どうやら二人の言った名前は九蔵を指しているようだったが両者の名前が一致していないことと、そもそも九蔵の自覚としては生前は現代の日本で没したの思っていたので唐突に西洋風の名前で呼ばれたことに違和感を覚えた。


「神田太郎・・・」


 衣千華はつぶやくように言った。

 













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