第十五話 加護付き
地面から跳ね上がった二枚の分厚い鋼鉄製の板は饅頭ムカデを完全に挟み込んでそのまま地中深くに引きずり込んでいった。
九蔵は走って外に出るのが間に合わないと見るやムカデの腹をよじ登って上から脱出しようとしたのだ衣千華の手を握ったところで急に世界が暗転し目の前が真っ暗になって意識を失ってしまった。
次に九蔵が目覚めた場所は荘厳ともいえる煌びやかで金粉などを多量に施した天女が舞い踊る天井絵画のある部屋だった。
九蔵はベッドに寝かされており、天女たちを眺めながら九蔵は、結局あそこで死んでどういうわけか極楽に来てしまったのかと一瞬錯覚したが傍らに衣千華がいて微笑みかけたのでそうではないことを悟った。
「衣千華さんここは?」
「私のうちよ」
「でも、どうやって?」
「簡単に言うと空間を渡る術を使ったのよ」
「そんなことまでできるんですね」
「まあ、いろいろ無理はしたけどね」
「しかし、あの獄卒なんなんですか? むちゃくちゃだな」
「あの子は分荼離迦って言って特別保護区一帯の保安にあたっている民兵のボスよ」
「子供がボスなのか・・・ でも、饅頭ムカデは?」
「リカが呼んだ鉄鋼轡に挟まれたまま無間地獄の僻地に落とされた。食うものがなければ自分を食い尽くして消滅するものだからね」
「そうか、良かった。でもそのリカって獄卒半端ないな」
「あの子は特殊で複数の鬼術を印も詠唱もなしに同時に操れるの。
最初にムカデを挟んだ物理鬼術と無間地獄まで穴をつなげる空間渡航をほぼ同時に発動させるなんて並大抵の芸当じゃないわね」
「でも、それをいうならその最中に空間転移した衣千華さんもただものじゃないのでは?」
「あんまり詮索されると私困っちゃうな」
「あ、すみません」
九蔵が謝って下を向くと扉をノックする音が聞こえた。
「衣千華さん、用意できたよ」
「わかったリン。すぐ行く。九蔵さん、ごめんなさいちょっと外すわ」
「いや俺のことなんか気にしないでどうぞお構いなく」
「そう。 ごめんなさいね」
そういうと衣千華は出ていったがそれと入れ替わりにリンと呼ばれた少女が部屋に入ってきた。
少女は、年の頃合いで言えば十代前半くらいでピンク色の髪をアップ気味に結いあげ妙にラメラメした原色の給仕服を着てお盆に乗せたティーセット九蔵の前に差し出した。
日常的にこんな格好をしていたら浮いてしまいそうな服と髪だが少女の端正な顔つきと翡翠色の輝きを持つ半眼がちの瞳は向けられた者に神性さえ感じさせる美しさを兼ね備えていた。
「あの、君も亡者なの?」
「うん」
リンは答えた。
九蔵は美しい少女を見るたびに極卒ではないかと恐怖にかられるようになっていた。
「おまえ、バカそうだな」
リンは九蔵の顔を見ていった。
「うん、よく言われるってか大きなお世話だよ!」
九蔵はカチンときて起きあがろうとしたが手足が拘束されていることに気づいた。
「え、何これ! またこういうシュチエーション?」
「お前バカだから教えといてやるけど今日ここで死ぬから」
「いきなり何なんだそれは! 殺されるって誰に?」
「衣千華」
「嘘だ!」
「嘘じゃない。お前を解体する用意をしたのはボクだから」
「えええええ、そんなバカな!」
「いつもは性転換手術なんだけどおまえは加護付きだから」
「性転換て衣千華さんてやっぱタチバックストリートボーイズの元締めだったのか!」
九蔵は道ゆく亡者たちがねめつけるような視線を送ってきたことを思い出した。
あれは、新人のストリートボーイに対する品定めだったのだ。
「つーか、加護付きってなんなんだ?」
「仏や神に加護された奴のこと。すごく珍しい」
「いやいやいや、もうそんな力は使い切っちゃてるし。勘弁してほしい」
「そんな簡単になくなるたぐいのものではない」
「え、そうなの」
九蔵はそれを聞いてすこし希望がわいた。
「リンは性転換手術を受けたストリートボーイズってこと?」
「手術はうけていない」
「でも、君も衣千華さんにスカウトされてきたんでしょ?」
「証拠が見たいのか?」
そういうとリンは自分のスカートをたくしあげようとした。
「いや、そういうことじゃなくて衣千華さんの言いなりってわけじゃないならこの拘束具を外してくれないか?」
「それは無理」
「じゃあなんでいろいろ教えてくれるんだよ」
「地獄では親切にしてくるやつほど用心に越したことはない」
「君はこの状況で俺に何を期待してるんだよ」
「ほんとはこの念仏蔓のお茶で眠らせるはずだった・・だけどボクはおまえの力がみたい」
「そんなこといったってお札もないのにどうすれば良いんだよ」
「それは、自分で考えろ」
といってリンは後ろに下がるとその姿が霞がかり壁にとけ込むように跡形もなく消えてしまった。
「おい、リン! ちょっと」
「リン、何を騒いでいるの?」
金の格子模様がついた扉の向こうから不機嫌そうな衣千華の声が聞こえた。
「あ、衣千華さん、何でもないっす」
九蔵は思わす答えてしまった。
「まだ、眠らせていないのね」
ゆっくりと扉を開けた衣千華の手には鋭利な牛刀が握られていた。