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第十四話 饅頭ムカデ

 

 衣千華と九蔵は特別保護区キャンプの西側でスラムと化した一角を抜けていった。


 その先は急に視界が開け安っぽいネオンの下でせわしなく亡者たちが行きかう煩雑はんざつな市街地になっていた。


 街を行きかう亡者たちは、すれ違うたびにうやうやしく挨拶をしていったので衣千華がこの辺一帯の顔だということが窺えた。

 

しかし、妙だったのはその亡者たちが九蔵に対してはねめつけるような視線を送りつけていたことだった。


 街路の魂魄灯(こんぱくとう)の下には色とりどりのサテン地の腰巻(こしまき)をつけた半裸の少年たちが路地の奥へと行き交う亡者たちを誘っている場面が見受けられた。


  不思議そうにその光景を眺める九蔵に衣千華が言った。


「ここは、シックスナインストリートって言って特別保護区を代表する色街(いろまち)だから」


「色街ってことは、じゃあこの辺に立ってる奴らって全部モーホー!」


「あの子たちはタチバックストリートボーイズっていう地獄に落ちてまだ日の浅い童貞君たちよ」


「童貞のくせに男娼(だんしょう)とか信じられない。つーかよく考えたら女の亡者とか衣千華さん以外見たことないんだけど?」


「ここは地獄でも罪の浅い童貞しか落ちてこない小地獄だからね」


「え、ちゅーことは、衣千華さんも元は男・・・」


「うふふ、実はそうなの」


「ええ、まじですか!」


「嘘よ。私はね、こことは違う地獄から来ているの」


「え、違う地獄って行き来できるの?」


「まあ、出来ない話じゃないわ。今までに娑婆(しゃば)に帰った亡者もいるくらいだし。これは一種の都市伝説だけど」


「その話詳しく聞かせてください」


 衣千華に詰め寄ろうとした九蔵の鼻先を不意にアボガド大の何かがかすめていった。


「あぶね!」


 と言い九蔵がその物体の落下地点を見ると衣千華が抱きついてきていった。


「伏せて!」


「ええ、ちょっと」


 衣千華は九蔵の頭を低くさせようと頭を押さえたが九蔵は自分の二の腕に押し付けらた形の良い二つのふくらみに気をとられ伏せるのがワンテンポ遅れてしまった。


 次の瞬間、黄色い閃光と共に大爆発が起こり近くにいた亡者達の四肢(しし)が細切れになって辺りに飛び散った。


 もたついていた九蔵と衣千華にも爆風に乗った破片が矢の様に飛んできたが、手をかざした衣千華のてのひらから見えない障壁(しょうへき)の様なものが放出され破片は二人を避け周囲の地面を深くえぐった。


「衣千華さん、いまのって鬼術じゃ」


「それは、企業秘密」


 そういうと衣千華は人差し指を自分の唇に当ていたずらっぽく笑って見せた。


 爆発音が収まると周囲の喧噪から、

 

「あいつだ! 捕まえろ」


 という怒声が挙がった。


 声が向けられた先には、投擲爆弾とうてきばくだんを投げたとおぼしきやせ細った亡者がきびすを返し全力疾走で走り去ろうとしていた


 周りの亡者は捕まえろなどと口々に言っている割にはだれも実行に移そうとする者がいなかったので九蔵はたまりかね駆け出そうとした。


「逃がすか!」


「まちなさい」


衣千華が静かに九蔵に言った。


「いや、でもあいつ逃げちゃいますって」


「だいじょうぶだから、ここにいて」


 その声には鋭い迫力があり従わざる得ないような強制力をはらんでいた。


「まあ、衣千華さんがそういうんだったったら」


「大丈夫。地獄の警備網はそんなに甘くないわよ」


 と衣千華がいい終えたところで、電柱に備え付けられたスピーカーからサイレンが鳴り響き装甲車にパトライトをつけたような特殊車両が道という道から乗り付けあっと言う間に路地を塞いでしまった。


 車両からは全身をプロテクターで覆った重装備の極卒が出てきて一斉にアサルトライフルの銃口を犯人に向けた。


「すごい! 地獄にも警察がいるのか」


「こいつらはそんなたちのいいもんじゃないわ。テロリスト殲滅を生業(なりわい)にする極卒民兵組織よ」


 銃口を向けられた亡者は抵抗も見せず地面に膝を突き頭を手の後ろに組んだがその手になにやら七色に光る野球ボール大の球体を持っていたのを九蔵は見逃さなかった。


「やばい! 衣千華さん、あいつまだ手に爆弾持ってる」


「確かにあれはやばいわね」


 言葉とは裏腹に涼しげに衣千華は言った。


 極卒の隊員達もそれに気づいたらしく問答無用で銃の引き金を引いた。


 つん裂く様な乱射音と硝煙の臭いが銃身から上がり数え切れぬほどの薬きょうが地面に散らばった。


 九蔵は初めて聞く銃声に耳を押さえた。


 容赦ない銃弾の雨にひざまづいていた犯人は弾丸を全身に浴び一角(ひとかど)肉塊(にくかい)になりながら仰向けに崩れ落ちた。


 それきり亡者はぴくりとも動かなくなったが彼が手にした水晶球に虹を閉じこめたような玉はすでに起動された後なのか、七色のスパークを放ち破裂して噴き上がった。


 九蔵はてっきり大爆発を起こすと思い身を固めていたのだが火花がわずかに(またた)いただけなので拍子抜けをした。


「あれ、不発かな」


「いいえ、これからよ」


 衣千華がつぶやくと同時に亡者の胴体が風船のように膨らみ始めた。


 亡者の身体は一気にジャングルジムくらいの大きさまで膨張し極卒部隊もすぐに銃弾を浴びせたが、まったく効いていないのか肉の塊は、ぼわぼわと少し(たわ)んだだけであった。


 破裂せんばかりに膨らみ続けた亡者の腹は紫色の血管の筋が伸びすぎてマダラ模様に見えた。

 

 九蔵は正直気色悪いなあと思いながらも膨らんだ亡者の腹を眺めていたが不意にその表面から幾本もの生白い腕が生えてきて地面をはいずり始めた。


「なんじゃありゃ! き、気持ち悪い」


 九蔵は見たままの感想を述べたが周りの群衆はどよめき逃げ始めるものが出ていた。


饅頭(まんじゅう)ムカデね」


「え、なんですかその面白生物の名前は?」


「今の地獄の体制に反抗する亡者の組織RARが開発した自殺(スーサイドセットアップ)兵器よ。あの玉で変身した亡者は動くものなら七日七晩なんでも喰らい続ける化け物になるわ」


「えええ、やばい! 逃げましょう」


「どこに?」


「それは、ええと」


 特別保護区(キャンプ)を出たところで地獄の環境に耐えられるわけはなく九蔵は言葉に詰まった。


 「うわあああ」

 「きゃあああああ」


 動き出した饅頭ムカデに終われるように亡者やプロテクターを付けた極卒まで逃げ始め道は人の波でごった返した。


 すると、路地の先で爆音が鳴り響き先頭を切って逃げていた亡者が空高く舞い上がった。その様子から誰かが鬼術をぶっ放していることがうかがい知れた。


 後ろから饅頭ムカデが迫っているにもかかわらず、人垣が二つに割れ、まるでモーゼの十戒の様に皆やってくる人物に道を開けた。


 「こんな時になんだよいったい!」


 九蔵は迫り来る饅頭ムカデから衣千華を守るように立ちはだかりやってくる人物を横目で見やった。


 「はあ。おまえら何持ち場離れてんの!」


 歩いてきたのは十二、三歳の小柄な少女だった。青みがかったセミロングの髪に全身SMちっくなボンテージルックの様な戦闘服を着込んでいる。


 「ふ、ふんだ隊長!」


 「よかった! 隊長だ。助かった」


 極卒たちは安堵したかのように口々に隊長の名前を呼んだ。

 

 「わたしがいないとホント情けないなお前ら」


 「すみません。隊長探したんですけど見当たらなくて。どこにいらしたんですか?」

 

 ヘルメットを外した長身で金髪の極卒が聞いた。


「寝坊」


「え、もう夕方なんですが」


「う、うるさい」


 なんだか、間の抜けた二人のやり取りのあいだに亡者達はバクバクと強靭なあごに噛み砕かれ九蔵の鼻先に饅頭ムカデが迫っていた。


「ちょ、話してないでこいつ何とかしてくれ!」


 九蔵はフンダ隊長に向かってあらん限りの大声で叫んだ。


「ウザイ」


 フンダ隊長はそういって指を鳴らすと途端に地響きが起こり地面の下から半径二十メートルはある歯型状の分厚い金属の牙がせりあがってきた。


「どわ! なんじゃこりゃ!」


 饅頭ムカデを中心として現れた歯形は巨大な虎バサミであまりにもムカデの近くにいたために九蔵と衣千華もその有効射程に入ってしまった。


 虎バサミは板状になっているらしく刃のない部分は中の物体を挟んで圧死させるような設計になっていた。


「ぎゃああああああああああ」


 外に逃げ出す暇もない九蔵と衣千華は饅頭ムカデもろとも鋼鉄の牙に飲み込まれていった。 


 

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