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第十二話 特別保護区

 

 九蔵とニウとミミミはフェンス内にある町というよりは難民キャンプのような、ベニヤやブルーシートで組みあげられた粗末な段ボールハウスの居並ぶ亡者街を歩いていた。


「あれれー、九蔵さん元気ないですねー」


 ニウが言った。


「当たり前だ! 意味なくお札を使っちまったんだからな」


 全裸で杖をつきながら九蔵が言った。


「でも、おいしいケーキが食べられて良かったじゃないですかー」


「そういう問題じゃない!」


「亡者は全員、裸一貫からはじめるんだから贅沢言ってんじゃねえよ」


 木剣を肩に担いだミミミが言った。


「俺には時間がないんだって」


 三十年で三十兆年余りの他人の刑期を肩代わりして償うなど通常ではあり得ない話だが目標ができたことで九蔵のモチベーションは上がっていた。


 三人はキャンプ内でも薄暗く極めてみすぼらしいフェンス際のゴミや廃材やらが投棄された場所を歩いていた。


「九蔵さんのおうちにつきましたよー」


「え? うち? 家もらえるの」


「はい、今日から九蔵さんも正式に地獄の住人ですから」


「へえー、ジゴクってのも随分、ミンシュ的になったんだなー」


 九蔵は辺りを見回したが両側をブルーシート製のテントに挟まれた二畳ほどのスペースには石ころとゴミが転がっているばかりで家などどこにも無かった。


「で、家ってどこ」


「ここです」


「え、このビニールテントみたいなやつ?」


「やだなー、そこは隣の人のおうちですよ。ここですよ。ここ」


 ニウはやはりゴミが転がった狭いスペースを指さした。


「なんもないじゃん」


「家を建てる建材は自分で集めんだよクソ亡者が!」


 ミミミが吐き捨てるように言った。


「えええ」

 

「時間ないのに家なんか建ててられないってか、みた感じ全部段ボールハウスだろ。お店とかあるんですか!」


 九蔵は興奮して思わず敬語になった。


「九蔵、腕見てみな。うで」


 ミミミが言った。


 九蔵は自分の腕に目を落した。


 左手前腕、辰姫に焼きゴテを当てられた橈側とうそくに沿って刻印された地獄の懲役がいつの間にかデジタル表示になっており皮膚の下で淡くオレンジに発光し時を刻んでいた。


「なんだこりゃ!」


「地獄に来てからの九蔵さんの時間です。それが電子マネーになってるんで物を買うときとか交渉相手に金額を提示されたら相手の胸に左の手のひらをかざしてください。公共システムとかの支払いも手をポートにかざすだけですから」


「えー! 地獄って電子マネーなの」


「ちなみに左手の人差し指と親指の間にある合谷(ごうこく)のツボを押すと表示切り替えとか色々できますよ」


「うわー、ちょっと面白いなこれ」


 九蔵は左腕のデジタル表示を確認しツボを何度も押してみた。


 表示を切り替えると時計や日付、ストップウォッチ機能などもあるらしく多機能デジタル時計をもらった感じがして悪い気はしなかった。


 そしてデジタル表示は加算方式で九時間ほどの経過を示していた。


「あれ、地獄に来てから九時間もたってるっけ?」


 九蔵が聞くとニウは指先を空中で横に滑らせガラス板のようなタッチパネルを呼び出しなめらかな指先の操作で情報を確認した。


「九蔵さんは倒れていた時間含め地獄に来てから一時間三十八分二十六秒経過していますね」


「じゃあ残り七時間は?」


「それは、食肉グールに襲われていた肉体的負荷が時間報酬に還元されているからです」


「どういうこと?」


「地獄では課された懲役を苦痛という肉体的負荷をかけることで短縮できるシステムがとられているんです」


「へえ、じゃあ地獄の責苦ってのはその時間報酬をもらうために受けるもんなんだな」


 九蔵は三十兆もの懲役を稼ぐ方法というのは自分で見つけるものだと思っていたのだが文字通り時間を稼ぐ便利なシステムがあると聞いていけるのではないかと思いはじめた。


「よおし、この調子でどんどん稼いでいくぜ」


 九蔵は持っていた杖を振りかざしたがミミミにひょいと端を掴まれ取り上げられてしまった。


「あ、ちょっと何すんだよ」


「九蔵! おまえ何か勘違いしてるみたいだけどこの保護区で生活するには月に四百八十時間の家賃を支払うんだからな」


「な、なんじゃそりゃ。家賃たってこんな二畳しかないとこに四百八十時間て月の三分の二くらいじゃないか?」


 特別保護区となっている亡者街で生活する新入りの亡者は月の実に六割の時間を管轄の役所に納めなければならい決まりであった。


 等活地獄で根城を与えられ禁固刑のようにジッとしていれば刑期が終わるというものではなく自分から率先して苦痛を受けにいかねば刑期は短縮されない方式をとっていた。


「そんなもん支払ってたら三十兆どころか九十兆年かかるだろうが!」


 確かに何もしなければ九十兆年かかる計算ではあるがその他にも物品の購入や生活費で時間を支払い超過分の返済を博打で取り戻そうとして時間の借入がカサみ地獄から永久に抜けられないものも少なくなかった。


「そこは、自分で工夫して稼ぐんだな。ま、お前みたいな間抜けじゃまきあげられて終わりだろうけど」


「巻き上げられるって?」


「交渉成立してからタッチ直前で額を上げる寸借詐欺とか結構あるんですよ」


 ニウが言った。


「ええ! やっぱそういうのあるのか。やだなあ」


「甘いな。お前なんかこの特別区画を出れば賊やってる亡者どもに即時間強盗されてケツの毛まで抜かれて終わりだよ」


「治安わる。極卒ってそういうの取り締まるためにいるんじゃないの?」


 それを聞いたニウとミミミは同時に笑いだした。


 等活地獄の罪人というのは、昔からお互い敵愾心を抱き刀剣やそれを持たぬ者も爪や歯などで殺し合い


 そうでないものは獄卒によってその身を短冊ほどに切り刻まれ苦痛を負うとされている。

 

そして、回生の風が吹けばすぐに復活し同じ苦しみを味わい続けるわけだが獄卒の「活きよ、活きよ」というクイックな復活の呪文でも亡者は完全復活できるため最近の近代化した地獄では獄卒は逆に非常にありがたがれている存在だった。


「九蔵さん、地獄では亡者同士の殺し合いはむしろ推奨されているんです」


「亡者同士だったら仲良くやってけばいいじゃん」


「九蔵やっぱお前はとんでもないバカかどーしょもないバカのどっちかだな」


ミミミが呆れていった。


「それ二択になってないよ」


「お前娑婆で地獄絵図って見たことあるのか?」


 ミミミが言った。


 九蔵は地獄絵図というものを思い起こしてみた。九蔵の記憶喪失というのは断片的に削除されたものなので直接の死因に関わるもの以外は比較的容易に思い出すことができた。


「それって、罪人が釜で茹でられたり、包丁でザク切りにされて臼で轢かれたりとかだったような」


「そう、それそれ。九蔵も今から楽しみだろ」


 ミミミがからかう様に言った。


「それは勘弁してほしい」


「あはは、今はそんなことしないので安心してください。地獄でもあれは大昔のことですから」


 ニウが言った。


「うわあ、よかったー」


「でも九蔵さん、なんで昔は亡者を切り刻んでいたのかわかりますか?」


「え、苦痛を与えるためじゃないの?」


「だから、なんで苦痛を与えるかって話」


 ミミミが言った。


 九蔵は答えに詰まった。地獄では現世の業によって苦痛を与えられて当然という先入観しか持っていなかったが実際に来た地獄は想像とはるかに違って見えたからだ。


「あはは、わかりませんか。じゃあ教えちゃいますけど亡者は地獄では燃料なんです」


「え、燃料って石油とかそう言う話?」


「そうです。昔は苦痛を与えた亡者をすり潰して液状にしてから精製して燃料にしてたんです。使い終わったらまた復活させてリサイクルするクリーンエネルギーですね」


「なんかすごい嫌な話なんだけど」


「娑婆では罪を償うために責め苦を受けるって伝わっているようですが、罪の重い悪意に満ちた人間ほどエネルギーを持っているので深い地獄に落とされるんです」


 ニウの話によると、重罪人は地獄の奥深くにある施設プラントで魂に機械的に負荷を掛ける処理が行われ獣油という液体に精製され地獄の主なエネルギー資源として使われているとのことだった。


 九蔵など等活地獄に堕ちる比較的業が軽い者はプラントに入れるには抽出できるエネルギー効率が採算に見合わないため自ら苦痛を受ければ時間という報酬を与えられる労働システムを採用していた。


「ふん」


 ミミミは、ニウの説明が長く飽きたのか九蔵の杖をへし折ろうと腕に力を込めた。

 

 しかし地蔵菩薩の札で作った杖だけあって軋みはするものの簡単には折れないようだった。


「あっれー、このツエ硬いなあー」


「あのミミミさん、何をなさっているんでしょうか?」


 九蔵が聞いた。

 

「いやーこんな、かたい木あるんだなぁって」


 ミミミが感心しながらに言った。


「ミミミの木剣だってありえないくらい硬いだろ!」


「そういう比較のされ方が許せないっつーの」


「そんなめちゃくちゃな」


「あはは。ミミミちゃん、私にもやらせてー」


「じゃあ、いっしょにやろっか。ニウはそっちの端もってよ」


「うん」


「ちょ、やめろって!」


九蔵は二人の間に割って入ろうとしたが紙袋が破裂するような音がして九蔵の杖は煙となって霧散した。


 ニウの怪力はいまだに健在だった。


「うわああああ! 俺の唯一の武器が」


 九蔵は全裸で頭を抱え叫んだ。


「ミミミちゃん、良い音したねー」


 ニウが言った。


「うん、すっきりした」


 ミミミは晴れ晴れとした顔で答えた。


 九蔵は思わず天を仰いでのけぞったので露わになっていた陰茎が二人の前に突き出された。


「きゃー、九蔵さんのエッチ!」


 ニウは顔を両手で覆ったが指の隙間から九蔵の股間をガン見していた。


「て、てめー何向けてんだ!」


 ミミミは、九蔵の股間を思い切り蹴りあげた。


「ふぐっ!」


 睾丸が潰れる音が脳内に木魂(こだま)し九蔵は地虫の様に地を這いまわった。


「きゃー! 九蔵さん大丈夫ですか」


 九蔵は痛みで何も答えることはできなかった。


「ミミミちゃんひどーい」


「じゃあさ、九蔵の粗チンに手を当ててなおしてやれば。復活の呪文で」


「えー、生で触りたくないよ~」


 そんな二人のやり取りを見て九蔵はどうでもいいから早く治して欲しいとだけ願ったが声にならなかった。


「あっそうだ。九蔵さんわたしのパンツ履きます?」


 ニウは小さなショルダーバックからリボンのついた淡いピンク色のパンツを出した


 九蔵は、その言葉の意味が理解できなかった。


「ニウ、替えのパンツなんかいつも持ってるの?」


「ミミミちゃん女の子は色々あるんだからね」


「私は持たないけど」


「え、そうなんだー」


「い、いいから早く治してくれ・・・」


 九蔵はなんとか声を絞り出した。


「九蔵さん、これ履いてください」


 ニウはパンツに向かって素早く印を結んだ。


「え?」


「ふーん、パンツに回復の術をかけたってわけね」


ミミミが言った。


「はい、九蔵さんこれ履いたら治りますから」


 九蔵はニウに手渡された小さなパンツを見つめた。


「やだー、九蔵さんちゃんと洗ってあるから大丈夫ですよ」


「そういう問題か」


 ミミミが呆れたように言った。


 九蔵は自分の股間からぬらぬらした液体が流れでている感覚怖ろしく患部を見ることもできなかったが激痛をこらえ思い切って身をこごめながらニウのパンツを履いた。


 すると痛みは急速に治まっていき溢れ出た血や体液も跡形もなく消えていた。

 九蔵はニウに礼を言おうと立ち上がった。


 しかしニウとミミミの顔が凍りつき九蔵を見つめていた。


「うわあああ変態だー!」

「きゃー!」


 ミミミとニウは叫び砂煙を上げて全力で走り去ってしまった。


 それもそのはずで、ニウのパンツを履いた九蔵の姿は中性的でなぜか艶めかしくどこからどう見ても変態にしか見えなかったのだ。




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