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第十一話 帝王塵虫騙

 二人が巨大な岩だと思って座っていたのは帝王塵虫騙ていおうごみむしだましと言われる等活地獄には珍しい種類の地獄虫だった。

 

 この虫は、針山などの岩に擬態して体の上に登ってきた亡者などを強靱な顎で捕らえて食べる習性があるのだが頭部に花を咲かせ餌を寄せるという例は報告が無いことだったし、実際に巨大な地獄虫に会うことは今までなかったので二人は完全に油断していた。


 帝王塵虫騙も鬼の子が掛かるとは思っていなかったのか口の中で抵抗するニウに手こずりしきりに頭を振っては咀嚼を繰り返した。


 ミミミは、空中に投げ出された瞬間に猫のようなしなやかさで身をひるがえし、地面から突き出た一本の針先につま先から見事に着地し持ち前の脚力で再び空中高く飛び上がり帝王塵虫騙の頭上を取った。


 ミミミが両手で素早く印を結ぶと虚空から先の尖った白い骨が蔦のように延びて円形の門をかたどった。


 そして、門の中から怒濤の如く数万本という刀が噴出し帝王塵虫騙の頭に降り注いだ。


 この術は刀射利とうしゃりといって刀を雨のように降らせる地獄、刀輪処とうりんしょから刀の雨を召還する中級鬼導術であり幼い子供が扱えるような代物ではなかったがミミミは文献を読み漁り

独学で発動できるようになったいわゆる天才肌の子供であった。


 帝王塵虫騙は、刀の直撃を受けた衝撃でうずくまり一瞬ひるんだ様子を見せたがニウを吐き出す気配もなく、何事も無かったように顎を動かし始めた。


 ミミミは自身の最大最強の技が全く通じないことに動揺し再び針の上に着地したまま立ちすくんでしまった。


 しかし、それは簡単な理由で針山などに生息する地獄虫は針の上で生活しているわけで体全体を金属より堅い外骨格が覆っている。

 その虫にいくらレベルの高い刀射利のような物理鬼導術を放っても効果は半減されてしまう。


 最強の技が最も良い結果を出すと実戦経験がないミミミは勘違いしていた。幼さ故の完全な慢心だった。


 実際、地獄虫などには威力は小さくとも鬼火などで炙りながら確実に弱らせていくのがセオリーなのだがミミミは刀射利で鬼力を使い果たしもはや鬼火一発出すことすらできないほど消耗してしまった。


 ニウは口の中で暴れているようだが顎を内側からこじ開けることはできないらしく徐々に抵抗が弱っていく様が外からでも窺えた。


 ミミミはもう一度跳躍し、帝王塵虫騙の背中に取り付き這いつくばりながらも必死に頭部に向かった。


 何とか、頭に取り付いたミミミは振り落とされないよう岩のような体表にしがみ付きながら大顎を闇雲に殴った。

 鋼鉄のように硬い外皮はびくともせず逆に拳が裂け血が滴ったがミミミは構わず殴り続けた。


 しかし、ミミミの血の臭いに反応したのか帝王の下顎がやや開きはじめた。


 ミミミはすかざずその隙間に腕をつっこみニウを探った。


「ニウちゃん、どこ! お願い、返事して」


 ミミミはあらん限りの声で叫んだ。


 帝王塵虫騙の口腔内は粘液でぬめり鋭い歯は無かったが臼状の歯が並びミミミの腕を万力のように締め付けてきた。


 ミミミは構わず、さらに腕を奥に突っ込みニウを探った。たとえ両手が引きちぎれようがニウを失うことに比べれば恐れることではなかった。


 そしてミミミの馬頭族特有のしなやかで長い手がさらに延び飲み込まれる寸前のニウの指先に触れた。


 ミミミは、力強くニウの手を握った。ニウもかすかに握り返してきた。


 ミミミはそのままニウを引き抜こうとしたが臼歯に挟まれ全く動かなくなってしまった。このままでは、腕を喰いちぎられ飲み込まれるのは時間の問題だった。


 ミミミは帝王塵虫騙の口の中に鬼火を食らわせてやろうと思ったが鬼力が充分回復しておらず小さな火種を起こすこともできなかった。


「ニウちゃん、聞いて。鬼力を一瞬で良いから解放してほしいの。お願い」


 ミミミは、顎の中に向かって叫んだ。

 聞こえたかはわからなかったがニウが先ほどよりも強く手を握り返してきた。


 そして、力強いオーラの波動が手に伝わってくるのを感じた。


 ミミミは伝わってきたニウのオーラを指先だけで微細な印を組みあげ鬼火に変換し灼熱の業火を作った。

 

 鬼力というのは指紋の様に一人一人全く違うもので特性も異なるため他者の鬼力をいきなり鬼火に変換するなど無謀というより普通は発動すらしないのだがミミミは術式の天才だった。


 帝王塵虫騙の咥内で栗がはぜる様な音がして炎と共にニウが吐き出されミミミとニウは針の草地に放り出された。


 ミミミはニウを抱き止め背中から落下した。

 

「ニウちゃん、だいじょうぶ! 助けるのおくれてごめんね」

「ううん、ミミミちゃんありがとう」


 小さな声で答えたニウは帝王塵虫騙に貫かれた肩を怪我していたが命に別状はないようだった。

 それよりも、ニウの鬼力をミミミが鬼火に変換したことにより負った火傷の方が重傷のようだった。ミミミもニウの鬼力が予想より強大だったため制御しきれず右腕の肘から先に大火傷を負ってしまった。


 帝王塵虫騙は口を焼かれたショックで怒り狂い体を見境なしに地面に叩きつけ再びニウたちに突進してきた。


 ニウもミミミも力を使い果たし身動きがとれなかった。

 

 ミミミは、腕の中で傷ついたニウを強く抱きしめ自分は、どうなってもいいからニウだけは助けてくださいとただひたすらに願った。


 ニウもミミミにしがみ付いたままきつく目を閉じた。


 大地を震わせる狂ったような地鳴りが不意に止んだ。


 針山は静寂に包まれた。


 何が起こったのかは理解できないまま、ニウとミミミは意識が遠のき次に目覚めたときは病院のベッドであった。


 しかし、気を失う寸前ミミミは自分の頭に温かくて大きな掌が置かれる感触を覚えていた。それは六道を行脚していた地蔵菩薩のものだった。地蔵は、ミミミの強い思念を感じ空間を飛んで帝王塵虫騙を押さえ二人を助けたのだがミミミがそれを知ることはついになかった。


 奇しくも、ミミミの願いは地蔵菩薩に届き叶えられたのである。


 その後、二人はボンデス針山の失敗を反省しニウは鬼力の制御と鬼導術を選考しミミミは肉体を鍛え上げ少ない鬼力の底上げに励んだ努力の鬼達だった。


 九蔵は、そんなことは知らず二人をしげしげ眺めた。


「さっきからなに見てんだよ」


「いや、別に」 


「九蔵さん、お札ってまだ残ってるんですか?」

「ああ、一枚だけ残ってるよ」


「わあ、じゃあケーキ出してくださいケーキ」


「なんでだよ!」 


「だって、お腹空いたよねーミミミちゃん」


「ん? まあね」


「いま、飯食いに行ったばっかじゃないか?」


「甘いものは別腹なんですよー」


 九蔵は、地獄に来てから食われそうになったことは何度もあったが何か食べたことは無いなと思った。それに逃げ回るのもかなりの運動量だったはずだが緊張のせいなのか空腹自体を感じていなかった。


「俺、あんまり腹減ってないんだけど」


「それはですねー、きっと九蔵さんのためにお線香を炊き続けてくれる人が現世にいるからですよ」


「え、そうなの?」


 死者の食物は香である。現世で死者を思い香を炊くのはあの世で飢えを感じぬようにするための計らいである。

 九蔵は、確かに空腹は感じないし両親か誰か早世した自分のために毎日香を炊いているのかと思うと少し胸が苦しくなった。

 しかし、妙なのはそうやって香を炊かれているのを意識すると何故か線香の中にストロベリーやメロンなどのフレーバーな香りを感じることだった。

 もしかして、年頃の妹でもいてフレーバー付き線香でもあげているのかと思ったが全くわからないので考えるのをやめた。


「地獄ってなんかコンビニとかあるのかな?」


「餓鬼が糞しか食えないような奴もいるのに亡者のおまえが食うものあると思う?」


ミミミが言った。


 たしかに、地獄に堕ちてこれから何も食べられないと思うと九蔵も最期にケーキくらい食べてみたいと強く思ってしまった。


 すると右手に握りしめていた札が発光し光の柱となって天に向かって昇華しはじめた。


「あ、やべっ!」


 九蔵は、焦って昇っていくお札の光を両手で掴み半分をもぎとった。


 札は半分ほどを残してちぎれ飛んでしまい、次の瞬間上空からストロベリーショートケーキがワンホール降ってきた。


「うわあ! しまった」


「やった、やったー」


 ニウは喜んで念力の様なものを使い空中でケーキを静止させて両手で掴んで頬張った。


「ミミミちゃん、おいしーよ」


 ミミミは、人差し指で生クリームをすくいとって舐めながら、


「私、ミルクレープがよかったんだけどなあ」


 と珍しく女の子らしいことを言った。


「無茶言うなっての!」

 

 九蔵は言った。


「九蔵さん、ありがとう。あと、紅茶があるとうれしいんですけど」


「そんなもん、ないわ!」


 こうして九蔵は最期の札の半分を失ったのである。

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