第十話 ニウとミミミ
九蔵は竜巻の風圧で地面を転がり身体にまとわりつく炎を消そうともがいたが火は消えなかった。
しかし、その火は九蔵を燃やすこともなかった。
「あれ?」九蔵は驚いて立ち上がった。
いつのまにか、白い炎と自分の皮膚の間に空気の層ができ呼吸もできるようになっていたし、熱いとも感じずむしろ清浄な流れの中にいるようで心が晴れた。
「なんだこれ・・・」
九蔵は、お札で具現化した杖であたりを探った。
自分には影響がないこの炎が安全なのかというと全くそんなことはなく、九蔵の周りに蠢いていた怪異共は全身を凄まじい勢いで焼けつかせマグネシウムの化学反応のような火花を飛び散らせていた。
九蔵はさらに辺りを見回したが炎が視界を遮り方角はおろか前も後もわからなくなっていた。しかし、白い炎は自ら道を作るように絶ち割れ歩むべき先を指し示してくれているようだった。
炎の中を進み有刺鉄線の張り巡らされたフェンスまでたどり着くと、ゲートには数人の亡者と、ニウとミミミが待っていた。
「おいおい、なんだんだこれはいったい」
ミミミはいうなり九蔵を拳固で殴りつけた。
「ぐわ! なんで俺がやったってわかるんだよ」
「ストリーム中継してるから」
ミミミはスマホをメイド服の前掛けから取り出して見せた。
「地獄って、そんな時代・・・」
「九蔵さん、合格おめでとうございます」
「え、ああ。ありがとう」
「ホント良かったです。でも、これって、鬼火ですよね?」
ニウはフェンスに近づいて炎をまじまじと見つめていった
「いや、俺もさっぱりわからないんだけど、なんか地蔵の力っぽい。たぶんね」
九蔵は振り向いて砂丘をみた。
炎を未だ白く砂丘全体を包みこみ勢いは止みそうにもなかった。
その白炎の中から、傷だらけの亡者が数人歩いてきた。
どうやら、トビイカなどに襲われてる最中に九蔵の鬼火で九死に一生を得た者たちらしかった。
「わーすごーい。亡者にはこの炎って効かないんですね。高位の鬼導術でもなかなかできない芸当ですよ」
「え、そうなの」
「まったく、術の効果範囲の限定なんて私にもできないのに」
ミミミがややふてくされていった。
「ミミミちゃんは、鬼火も出せないもんねー」
「うるさい!余計なこというなっつの」
「鬼術とか鬼火の違いがよくわからないんだが」
「鬼導というのは、自分に縁が深い小地獄に門を繋げて現象を呼び出す術のことですよ」
「そうそう、だからニウは牛の糞地獄」
とミミミが笑いながら言った。
「だから、それはもういいでしょー」
ニウは頬を膨らませた。
「じゃあ、鬼火っていうのは?」
「えと、私達鬼族は常に鬼力っていう見えないオーラをまとっています。本来肉体の存在しないこの世界で具現化するための本質的な力みたいなものです」
「うーん、やっぱこの世界に肉体が存在しないってのが未だに信じられんのだが」
「たとえば、九蔵さんが生前現実だって思っていたものも結局は脳が五感とういセンサーを通して感じていた電気信号ですから。肉体というレベルの低い器官を通してしか現実かどうかを計れない人間が戸惑うのも無理はありません」
「低レベルで悪かったな! そんじゃ、その鬼力ってのがデカい奴ほど強いってことか?」
「例外はありますけど、そう思って間違いありません。鬼火というのは、余って漏出した鬼力を熱エネルギーに変換したものですからね。火鞠さんや辰姫さんクラスになると鬼火だけで高位鬼術クラスの威力がありますから」
「なるほど、要は鬼火を見ればその鬼の強さがわかるっていうわけだな」
九蔵はミミミを見ながらいった。
「おまえ、今、私のこと弱いと思ったろ」
ミミミは九蔵を睨み返した。
「いや、べつにそんなことは」
と九蔵は言ってみたものの、もし本当にミミミが弱いクラスの極卒であるならこれから、遭遇する鬼達は一体どれだけの力を秘めている奴らなのかと戦慄を覚えていた。
「九蔵さん、ミミミちゃんが鬼火を使えないのは弱いわけじゃないですからね」
「ニウ、こんなバカにいちいち説明しないで良い」
ミミミは、メイド服の背中に結わえてある革製の鞘から木剣を抜いて九蔵に歩み寄った。
「ちょ、そんな怒らなくてもミミミが強いなんてわかってるし」
九蔵は思わず飛び退いたがミミミは構わず砂丘の方に向かい木剣を大上段に構えた。
「ぬおおおお」
ミミミが気合いを込めると木剣は紫色のオーラに包まれ息もできぬほどの重苦しい気配に周囲が包まれた。
「せえの!」
ミミミが叫んで木剣を振ると砂丘全体に渦巻いていた白い炎が真ん中から割れて霧散して消えてしまった。
ミミミが剣から放った衝撃波はそれだけでは勢いを止めず疾走し何か岩山にでも当たったのか大爆発を起こして噴煙を上げて止まった。
九蔵と生き残った亡者は呆然とそれを見ていた。
「ま、こんなもんか」
ミミミは肩を押さえて腕を回しながら言った。
「な・・・」
九蔵は絶句した。なぜなら、もしミミミや他の鬼達と敵対することになっても今の白い鬼火を放って中に隠れていればほぼ無敵などと考えていたのだが、剣の一振りであっさり自分の切り札がかき消されてしまったことに自信を喪失したからである。
「なに、カエルがケツにストローつっこまれて破裂した様な顔してんだよ」
「九蔵さん、びっくりしちゃいました? ミミミちゃんの木刀は先祖から代々伝わる家宝で一族の鬼力が込められてる特別な武器なんですよ」
「な、なるほど」
「ミミミちゃんも、子孫のためにいつも木刀に鬼力を込めてなきゃいけないんで鬼火が使えないだけですからね。でも、いざというときは今みたいに込めた力を一気に放出できるんですごいんですよ♪」
つまりミミミの黒曜石付きの奇妙な木剣は鬼火や鬼導術を使わない近接戦闘型の弱点を補うための外部ジェネレーターの様なものかと九蔵は納得した。
鬼導術メインで中距離型のニウと近接型のミミミでお互いの弱点をフォローできるペアを組んでいるのだと推測できた。
しかし、実際はそうではなく、ニウは元々鬼導術がひどく苦手であった。
牛頭として生まれたニウは小さい頃から力が強くおてんばだった。
逆に馬頭のミミミは足は速かったが腕力はそこそこで家で絵本を読んだりママゴトなどをしているおとなしい子供であった。
二人の家は近く、ミミミが近所の公園で野生の地獄犬に追われジャングルジムの上で泣いていたところをたまたまニウが通りかかり、取っ組み合いのすえ地獄犬の首をへし折ったのである。
自分のために命を懸けて戦い傷だらけになっても笑っているニウを見てミミミは涙を流して感謝した。 二人はすぐに打ち解けそれ以来、無二の親友になった。
月日は流れ、二人が極卒の初等部、つまり人間界で言う小学校に入学した頃のある日、クラスでとある噂が流れていた。
等活地獄のボンデス針山の五合目付近に白い花が咲いていて、それを見つけた者は何でも願いが一つ叶うという噂だった。
山に花が咲いているというと人間界では珍しくもないのだが地獄、特に針山などに生えている剣山状の金属は鉱山植物といって突き立っている針すべてが植物の葉なのである。
その葉は刺さった者から養分を吸収できるようになったいて、太陽光が無い地獄では植物は光合成ではなく亡者を補食する事によって養分を補う方向へ進化していった。
かといって、ニウやミミミのように地獄に生まれ育った鬼族にとって、食人植物もただの雑木が生えた裏山と何ら変わりなくおそれる必要もなかった。
ニウとミミミは初級の鬼術訓練が早く終わった日、ボンデス針山に二人で登っていった。
ミミミは、花柄のワンピースに淡いピンクのタイツを履きドット柄の青いカンカン帽をかぶっていた。
ニウはショートパンツにTシャツとスニーカーで水筒を肩に掛けリュックを背負っていた。
「ミミミちゃん、お母さんにおにぎり作ってもらったから一緒に食べようね」
「うん、ニウちゃんありがとう」
二人は息を弾ませてスキップでもするかのように坂道を上って行った。
しかしボンデス針山には登山道が二合目までしかないのでそこからは鬼火に簡単な印を組み込んで強化する初級鬼術をミミミが使って針を焼き払っては道無き道を進んでいった。
「すごーい。強化なんてまだ習ってないの使えるんだねー」
「うん、教科書もう全部読んじゃったから見よう見まねなんだけど、針に服とか引っ掛けたくないし」
「やっぱ、ミミミちゃんはすごいな~、あたしなんか鬼火もうまく出せないのに」
「でもニウちゃんは力が強いからうらやましいな」
「え~みんなにはバカ力っていわれるよ」
「みんなうらやましいんだよ。きっと」
四合目で二人は、針の下草の上に横たわる巨大な平べったい岩を見つけたのでその上で休憩を取ることにした。
「なんか、見つかりそうもないね」
ミミミが岩に生えたコケをぶちぶちむしりながら言った。
「そうだねー。お弁当食べてかえろっか」
ニウがリュックからアルミホイルの包みを出しながら言った。
「うん」
ニウが水筒から蓋のコップにお茶を注いでいるとミミミが大きな声を上げた。
「ニウちゃん、あれっ!」
ミミミが指さした先には、岩の亀裂から四枚の花弁をもった白い花が咲いていた。
「あーお花だー」
二人は岩の上を駈けだした。
風に揺れる白い花は近くで見るとベゴニアに似た多年草のようだった。
「きれい」
ミミミが言った。
「やったぁ、ミミミちゃん、摘んでいこうか?」
「え、だめだよニウちゃん」
花の上にしゃがみ込んだニウをミミミは止めた。
「だって、お母さんに見せたげたいし」
「きっと、摘んだらお願い叶わなくなっちゃうよ」
「えー」
と言ったニウの指先が花びらに触れた。
すると、足場の岩全体が震え出し猛烈な勢いで杭の様なものが何本も飛び出しニウの体を貫いた。
「きゃああああ」
ニウの悲鳴が響き渡った。
「ニウちゃん!」
花が咲いていた岩の亀裂がさらに大きく裂けたかとおもうとそこに現れたのは巨大な口だった。
全長二十メートルはあろうかという扁平な大岩と思っていたのはどうやらそれ自体が巨大な生物だったようである。
大岩は節足昆虫のような足を腹から何本も出し身体を震わせニウを飲み込もうとしきりに口を動かした。
ミミミは、ニウを助けようと手を伸ばしたが足を踏み外し岩の上を転がり針山に真っ逆さまに落ちていった。
ミミミの青いカンカン帽が宙を舞った。