解脱の刑
あのブツが再登場。
でも、この後禁止されます。
危ないので。
駄目、絶対。
VRゲームは仮想の現実を体験できるゲームである。
仮想なのだから当然プレイヤーが異空間に飛び込んでいる訳ではない。
原理としてはコンピュータと脳がデータをやり取りし、ディスプレイの代わりに脳内に映像を投影するというものだ。
そして動画にはフレームというものがある。
動画は極端に言ってしまえばパラパラ漫画のような原理で動いている。
ようは少しずつ違う静止画を高速、連続で表示することで動いているように見せているのだ。
この静止画の切り替えがフレームである。
理論上は静止画の更新より速く動けばその移動は表示されず、まるで瞬間移動したように見えるだろう。
また、旧世代の無機コンピュータではラグと呼ばれる現象が起きていた。
例えば、某有名モンスター狩りゲーム。
オンラインで多人数プレイをしていたら、戦闘中に他の仲間が別の場所に走って行ってしまった。
「目の前に飛竜がいるのに何で?」と思ったら突然飛竜が消えて仲間の所に現れた。
そんな経験は無いだろうか。
これはプレイヤーのコンピュータのデータ処理が遅れる事で起きてしまうエラーである。
1、2、3……と順番に表示されるはずの画像だが、再生が遅れてしまった結果1、2、10、11……と中間を飛ばして再生したので瞬間移動したように見えたのだ。
だが、現在のコンピュータは有機コンピューターである。
その性能は最低ランクでも旧世代のスーパーコンピュータを凌駕する。
よってラグなど起きないしフレームの隙間も在って無いようなものだ。
通常ならば。
ザン
「は?」
「え?」
「なっ!?」
音は一度、声は3つ。
周囲がそれを認識できた時、すでにフィオの左手が振り切られていた。
握られているのは鋭利なダガー。
振った動作どころかいつの間に抜いたのかも解らない。
喉を切り裂かれ3人のエージェントのHPが全損した。
「おいおい、どうなって……」
ガッ ガッ ガッ ガッ
唖然とするガノンが辛うじて声を上げる。
するとそれに応える様に4つの音がした。
目を向けると、自分の左右に立っていた部下4人の額に投擲ナイフの柄が生えていた。
4人のHPが全損し、何故かアバターが消え去った。
ログアウトしたのだ。
「は? おい、どういうことだよ?」
さすがのガノンも狼狽し、その声にいつもの勢いは無い。
ちなみにログアウトは運営の仕業である。
AIのプログラム修正が完了し、いざ実行と思ったらこの騒ぎ。
一難去る寸前にまた一難であった。
フィオは普段1:1で行われているはずのサーバーと脳の情報伝達を2:1で行っている。
これがフィオの驚異的な知覚力の元だが、逆に言えばそれだけであった。
人間の電脳適応能力は千差万別、サーバーは低ければ補助しているが多少高いくらいなら特に処置はしていない。
フィオの普段の適応力も同様に、巨大なサーバーにとっては1が2になったくらいでは許容範囲だった。
アバターには影響が出ず、他のプレイヤーからすればすごいプレイヤー位にしか認識できなかった。
だが今、フィオからの情報伝達が異常に増大していた。
感情が高ぶった時の反応は人それぞれである。
そしてフィオの場合は怒るほどに冷静になるタイプだった。
いや、それは正確ではないのかもしれない。
正確には怒るほど余計な感情がそぎ落とされていくのだ。
そして切れた瞬間、優しさ、配慮、躊躇いといった全ての雑念が吹き飛ぶ。
そして冷静に、冷徹に攻撃を開始するのだ。
さらにはプロ選手のゾーンの様に思考がクリアになっている。
ただし視界は色覚が無駄な情報としてカットされているのかモノクロだ。
通常半分も使われないと言われている脳の機能が全開になっているのかもしれない。
まさに目標殲滅のためのターミネーター。
情報伝達は2:1が4:1へ、さらには8:1へ……と増大し続ける。
その結果、遂にアバターに影響が出たのだ。
STをほぼ無視した異常速度、それはサーバーの処理能力を振り切ろうとしていた。
不測の事態に運営スタッフは対戦相手に保護プログラムを適応した。
彼らは致命傷を受けると判定された瞬間HPが自動で全損し、ログアウトするようになっていたのだ。
今のフィオによる攻撃がゲームのセキュリティを突破し、本体にダメージを与える可能性を考慮しての処置であった。
もちろん運営のドタバタなどプレイヤーには解らない。
はたから見るとフィオの攻撃でログアウトしたように見えるだろう。
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「一人でも残れば勝ちだ! 自爆戦術行くぞ!」
「「「「りょ、了解」」」」
部下の4人は既に腰が引けている。
ガノン自身だって平静ではいられない。
規格外な奴だとは思っていたが、これはさすがに予想外だ。
「うーむ、虎どころか竜の尾か……。ミスったな」
部下がフィオと自分の中間にタル爆弾を設置して盾にした。
さらに飛び道具を防ぐ防御アイテムを展開する。
爆発範囲内にフィオが侵入したら自爆するつもりなのだ。
しかし
ザザ
「あ?」
次の瞬間にはフィオは部下を通り過ぎていた。
慌てて振り返ろうとした部下のHPが全損し、アバターが消える。
その後ろでタル爆弾が思い出したように爆発した。
「はあ、こうなったら……」
「「「リザイン!」」」
「あ、テメエら!」
もはや勝ち目無しと見た部下3人は降参し、デュエルフィールドから逃げていく。
残ったのはガノン1人。
相手は暴走フィオとリーフとネクロス。
これで勝てたら勇者どころか神である。
「OK、ここまでだな。俺の負けだ、リザ……」
ガボッ
「おごっ!?」
降参しようとするガノン。
しかし、『リザイン』の『ザ』で口が開いた瞬間、口に何かが飛び込んできた。
「むぐ? むむう?(これは瓶か?)」
そして、その中から流れ出す液体。
ドロリとしていてコクがありすぎ、そのクセとエグみは例えようも無く……。
「~~~~!???!!?」
ガノンの口腔で異次元の味が炸裂した。
「あ、あれは!」
「『死亡ビタンD』!?」
「あいつ、まだ持ってたのか!?」
この声はフィオの仲間か? 目が霞んで見えない。
シボウビタンデッド? それがこれの名前か?
駄目だ、思考がまとまらない。
白くぼやけた視界、ここは?
肩を叩いてフレンドリーに話しかけてくる宇宙人。
慈悲深い顔で説法をしてくれる仏様。
一心不乱に抽象画を描き続ける天使と悪魔。
そして目の前には巨大な扉。
これは何だ?
この向こうには何が?
吸い寄せられるように手を伸ばし……。
「ヌガァ! そうはいくかぁ!」
驚異の精神力でガノンは帰還した。
フィオの友人たちが驚愕に目を見張る。
経験者だろうか?
「嫌ァ~! お兄様、どうかお慈悲を!」
お仕置きが自分にも下される可能性にパニクるのはフィオの妹か。
危ない所だった。
新興宗教を立ち上げてしまうところだった。
何とか帰還したがダメージは甚大。
状態異常でもないのに目が霞み、感覚があやふやなのだ。
「スゲエな、こんなアイテム初めてだ」
ガノンの復活に気付いたフィオが歩み寄ってくる。
もう、おかしなノイズは走っていない。
一時的な現象だったようだ。
もしくは運営が何とかしたのか。
「なあ、フィオよ」
それはこの際どうでも良い。
どの道、自分に勝ち目は無い。
自分は敗者。
敗者は潔く、だ。
「頼む、最後に一つだけ」
フィオが立ち止まりガノンと目を合わせる。
フィオはまだどこか茫洋とした目つき。
ガノンはどこまでも真摯な目つき。
そしてガノンは口を開く。
「さっきのアイテム、売ってくれ」
ザン
フィオの槍が振るわれガノンのHPは全損、強制ログアウトされた。
結局、彼は最後まで彼だった。
そしてデュエルフィールドの勝者名にフィオの名が表示された。
〈NPCのプログラムにエラーが発見されました〉
〈その修正のため該当NPCと関係プレイヤーは一時隔離されます〉
〈新大陸のアップデートは通常通り行われます〉
まるで見計らったような運営のアナウンス。
それと共にエージェントとフィオ、そして倒れていた商人1人と降参した商人3人が消え去った。
後には呆然とする観衆と、取り残されたリーフとネクロスだけが残された。
というわけで、ガノンへのお仕置きは悪魔特製ドリンクでした。
手緩い? いやいや罰ゲーム用アイテムってバカにできないもんですよ?
尚、この後これは電子ドラッグに近いとして禁止されました。