後日談、あるいは前日談
やや短いです。
その日、RWOはこれまでに無く沸き立った。
新大陸の開放、それに先立っての海という新たなフィールド。
プレイヤーたちはアスピドケロン討伐を成し遂げた者達を称賛した。
もちろん大ボスのドロップをやっかむ声もあった。
しかし、ランダムに発生する嵐の日にボスが再登場するという情報が開示されるとそういった声は聞こえなくなった。
ちなみにMVPをもぎ取ったギルド『大航海時代』は、メンバー全員が潜水服をゲットしていた。
この潜水服は【水耐性】、【水中行動力上昇】、【水中行動時間延長】、【水流影響緩和】などの能力が搭載された優良品であった。
彼らは翌日から、早速これを装備してダイビングに勤しんでいる。
船を失ったというのにタフな連中だと感心してしまう。
予備の船まで用意しているとか、どんだけ海が好きなんだか。
「よし、こんなもんか」
「ん、サンキュー」
ボス戦で損傷した装備は翌日マサの手で修復された。
マサのスキルが上昇したので、ついでに使いやすい様に調整も施してもらう事になり。
俺は穂先をパルチザンタイプに改修してもらい、タクはバトルアックスからサイズに武器を変更した。
タクは槍、斧、鎌の複合武器ハーケンを使いたいのだ。
ヒデは今回のボス戦で【大剣】と【刀】のスキルが条件を満たし、【大太刀】を使えるようになったらしい。
マサに武器を新調してもらい習熟訓練を開始している。
ちなみに俺はもう【槍棒術】を覚えている。
次は投擲かな。
「船は大丈夫なのか?」
「まあ、航行に影響は無いな」
「高かったんだ、そう簡単に壊れたら破産しちまうよ……」
「あの商会には感謝だな」
「紹介?」
「いや、商会」
初耳だが木材を売る時、代金に色を付けてくれた商会があったらしい。
ほんの少しでも高く買ってくれるのなら、売り手はそこに集中するだろう。
大量の木材を集める事が出来れば、結果的には利益は上がる。
長期的に物事を見る事が出来る商会なのだろう。
だが、少々引っ掛かる。
俺が知る限り、商人プレイヤーはあまり設定金額から変動させない傾向がある。
安売りとか高額買取と言うと抵抗は少ないのだが、談合だとかカルテルといった犯罪的なイメージが先行してしまうらしい。
結果、プレイヤーは大抵の場合NPCと同じ基本金額で商売することになるのだ。
別に悪い事では無いのだが、周りと違う事を避けるのはある意味当然だ。
しかし、中には周囲の目など気にせず我が道を行く者も当然いる。
利益のためにぼったくる者も当然いるが、そういった商人に先は無い。
そして、中にはリアルで会社でも経営してるの? という様なやり手もいるのだ。
そう、奴らのような。
「おい」
「ん?」
「その商会『工房』って名前じゃなかっただろうな」
「いや? 違ったぞ」
「そうか、なら良い……」
考えすぎか。
うん、そうだよな。
あいつらだってわざわざ俺を探すほど暇じゃないよな。
「……何かあったのかな?」
「さあ?」
知らないって怖いよな。
あいつらも悪人じゃないんだけど……。
「なら今度一緒に行ってみるか?」
「む……、センター・アインに行くのか……」
「どうせ西に行く前に物資を調達する必要があるんだし」
「そうそう、顔見せる位いいじゃん」
「あ~、解った解った。付いてくよ」
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センター・アイン某所
「準備は?」
「ほぼ完了です」
「『ほぼ』じゃ駄目だ。相手はアイツだぞ? 完璧でもなお足りん」
「了解」
まるで大規模レイドの準備のような光景。
指示を出し終えた男は整列するNPC達に向き直る。
「さて、エージェントの諸君。次の任務はある人物の捕縛、無理ならデュエルによる勝利だ」
「「「「「イエス、サー!」」」」」
捕縛という時点でいろいろアウトだが、エージェント達は気に留めない。
『工房』のメンバーであるという自負、忠誠心。
それらが抜け穴となり、NPCの行動を制限するプロテクト(一種の思考制御)を誤魔化しているのだ。
開放された彼らは、その副作用として柔軟な自立行動が取れる様になっている。
言わば『量産型使い魔』状態の彼ら。
運営が必死に修正しようとしていることを男は知っている。
使用を控える様に言われてもいる。
しかし、男はエージェント達を使う事にした。
どうせこれが最後なのだ。
エージェント達を使おうと使うまいと、どの道プログラムは修正される。
ならば、最後に華々しく活躍してもらいたいというのが生産者である男の望みだった。
そして、その相手も最高の敵であって欲しかった。
もはや何が目的で何が手段か解らなくなってはいるが、男はある願望に気付いていた。
それは『戦ってみたい』という願望。
かつて男と『彼』は同じ陣営でパートナーと言える間柄だった(と思っている)。
男の技術が生み出した物は彼の手で活躍し、彼の持ち込んだ物は男に新たな閃きをもたらした。
だが、ある時ふと考えたのだ。
自分の技術と彼の技量、ぶつかり合ったならどちらが上なのだろうと。
一度考えると抑え込むのは難しかった。
最強の戦闘職に挑む最高の生産職……やってみたい。
その願望も男の無茶な行動を後押ししていた。
「では、諸君らに切り札を配ろう。例の物を」
「了解です」
エージェント達に1人1個配られるマジックアイテム。
それは召喚のオーブであった。
中身はお世辞にも強いとは言えないモンスター。
だが、今回は強さはそれ程関係無い。
「作戦は以前説明した通り、デュエル開始と同時に召喚だ。MP消費はそれ程ではないはずだが短期決着が望ましい」
正直なところ相手のリアクションは未知数だ。
呆然としてくれれば最高だが、嫌がるだけで大して効果が無い可能性もある。
最低でもパニックになるなり集中力を削げれば良いのだが。
「フィオよう、俺は戦闘に関しちゃからっきしだ。だから俺は俺のやり方で行くぜ?」
これは最後の悪ふざけだ。
おそらく運営は自分に首輪を着けようとする。
今後は多少大人しくする必要があるだろう。
チョイ悪キャラなりの卒業式と言ったところか。
「運営への要望もおそらく通るだろうしな……」
警告を受けた時、彼は運営にある要望を出していた。
それは生産設備にシミュレーターを用意して欲しいというものだ。
そこで性能試験をできる様になれば、引かれるような実験をわざわざする必要は無くなる。
せいぜい完成品を試供して使い心地を聞く位で済むだろう。
この提案は高確率で通ると予想していた。
「アイツとの実験は祭りみたいで楽しかったんだがな……」
フィオが聞いていたらこう反論しただろう。
「楽しいのはお前らだけだろ!」と。
そして遂に接触の日が訪れる。
次話、遂に接敵。
ちなみにドクガにパニクった佐藤君はバーサクがかかりました。
フィオは……。