船完成
どっち更新するか迷った。
どっちも船だし。
マサが工房に缶詰状態になって数日、イカリはもうすぐ完成だ。
別に強制したわけではない。
それに4回も作り直す必要も無い。
だが、勢いに乗ったマサは止まらなかった。
引くに引けなかったのかもしれない。
職人って皆こんななのかね……。
最初に作った物は強度が不足していた。
これは解る。
失敗作を溶かして作り直した物は強度的には問題なかった。
しかし、イカリ、鎖、杭の連結部分の溶接が甘く、分解してしまった。
これも駄目だ。
3作目、強度も繋ぎ目も問題無し。
だが、デザインのバランスが悪いと鋳潰した。
おい、ちょっと待て。
そして現在4作目を作っている最中だ。
使い捨てる事が前提のイカリに何でそこまでするんだか。
「とか考えてただろ?」
「イエス、申し訳ない……」
満足げな顔のマサに謝罪する俺。
目の前にあるのは俺達の船だ。
今日ようやく完成した。
サイズは中型だが船足は速い。
左右に一つずつ水車の付いた、ボス戦でも活躍が期待できる優秀なモデルだ。
現在は付属のイカリを取り外し、手製の物を取り付けている。
イカリの性能が悪いと鎖が切れてしまうらしい。
そう、マサはこの船に取り付けるイカリを作る練習も行っていたのだ。
鈍器としても使えそうな、しかし凝ったデザインが勇壮なイカリ。
それが今、船に取り付けられている。
亀討伐戦に使う物とは別に作られた実用品だ。
肝心の自分たちで使う分が頭から飛んでいたとは……。
反省しないと。
「へ~、結構広いんだね~」
「ちょっと、リエちゃん邪魔しちゃ駄目だよ」
「いや、もう取り付け終ったよ」
「じゃ、探検しよ!」
「客室行ってみよ!」
騒がしい連中だ。
まあ、JKなんてこんなもんか。
もうちょっと落ち着いて欲しいというのが本音だが。
MMOは不特定多数の人間がプレイする。
当然そこには善意と悪意が溢れている訳だ。
まだ妹達は悪意や危険に対して鈍感な気がするのだ。
まあ、日本の学生なんてそんなものかもしれないが。
まあ、それはともかく俺も船を見て回るか。
船の先端の水中には鋼鉄製の衝角が設置されている。
鉄製だと錆びるからな。
これである程度の障害物を砕ける訳だ。
ガクン!
「お?」
突然船が揺れた。
何事かと思い、船の後部に向かう。
すると
「えっほ、えっほ」
「ぬりゃあああああ!」
「よし、次は右を加速してくれ」
船の後部に2機設置されているのは自転車のような装置だ。
スポーツジムなんかにある物とよく似ている。
右をタクが左をヒデが漕いでマサがそれを監督している。
タクは普通に漕いでいるがヒデはちょっと勢いが強い。
その分、右の水車より左の水車が高速で回転している。
イカリが降ろしてあるので船は進まない。
だが、左右のバランスが違うので船は右を向いていた。
成程、舵を切るだけでなく水車の推力バランスでもターンできるわけか。
スキーと同じだな。
何度か試して推進装置に問題が無いことが確認された。
オーガノイドのタクとリザードマンのヒデは種族的な筋力はほぼ同等。
2人とも前衛だからSTバランスも近い。
だから特に練習しなくても推力が釣り合ったようだ。
よし、船の動力はこいつらで決定だな。
亀退治までもう少し。
水中、水上戦に慣れるために、この日以来頻繁に出航することになった。
ちょっと沖に出るだけで水中系モンスターが結構豊富だ。
勝手は違うが新鮮だ。
決戦の時は近いな。
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「召喚の魔石は揃いました。数日中に蛾モンスターを集められます」
「おう、ご苦労さん」
イカレ職人の名を欲しいがままにする男、ガノン。
彼はフィオにとって最低最悪とも言える作戦を実行しようとしている。
報告に来た男はふと聞いてみた。
「リーダー」
「ん? 何だ」
「今回の作戦、実行に移すのはリスクが大きすぎませんか?」
「まだファウルは3つ目だ。次で最後にするさ」
「テクニカルで退場の恐れは?」
「おそらく無いな」
ガノンをただのマッドだと考えている者は確かに多い。
だが、ただの狂人に巨大なネットワークを誇る組織の元締めなど勤まるだろうか?
突飛も無いアイディアを実用化できるだろうか?
答えは否、彼はフィオとは違う意味での天才である。
「これまでの警告で大体グレーゾーンは把握した。警告される可能性も低いな」
「そうなんですか?」
「同じことを繰り返せばまた別だろうが、警告の内容は全部違うだろ。運営は俺たちを犯罪プレイヤーとは見ていないはずだ。そのつもりも無いしな。」
やり過ぎと言われる数々の実験も必要だからやったのだ。
そこに無駄は何一つ存在しない。
そもそも、被害者たちが本気で運営に訴えれば1発アウトである。
警告で済んでいるのは本人達からの苦情が運営に届いていないからだ。
彼らはおまけの報酬として試作品を受け取っている。
それらは実験によって得られたデータを基に作られており、実験がただの嫌がらせではなかった事の証明でもある。
そうなると苦情も言いにくい。
追いかけまわされるのも「契約を無視して逃げたからだ」と言われればその通りなのだ。
「後、エージェント達の事もあるしな」
「NPCは犯罪を行えない……」
「その通りだ」
RWOには盗賊などの犯罪NPCは存在する。
だが、彼らはモンスターと同じ扱いで、初めからそういう存在として作り出されている。
それに対し一般のNPCは犯罪やルールに反する行動は取れない様に設定されている。
よって彼らは犯罪を行えず、逆に言えば彼らに出来る事は犯罪ではないのだ。
エージェント達は確かにガノンの指示でいろいろ暗躍している。
だが、彼等とてNPCである。
運営の定めた犯罪行為に手を貸すことはあり得ないのだ。
つまりガノンの行為は犯罪ではないということになる。
「話し合いが平行線で、デュエルで決着をつける。これは悪事か?」
「いいえ」
「そうなることを見越して準備することは?」
「悪くありません」
「対戦相手の情報を集め、弱点を突くことは?」
「むしろ当然の事です」
「なら、警告は無いはずだ」
マナー違反と言われれば否定はできない。
しかし、金銭で情報を買ったわけでも、強引に聞き出したわけでもない。
意図はどうあれ雑談の中で漏れた情報なのだ。
弾みでリアルの情報が漏れる事など珍しくも無い。
一々ペナルティを加えていたらきりが無い。
運営だって、万単位のプレイヤーの会話を全てチェックして審査するなんて出来るはずがない。
つまりガノンは退場、アカウント停止にされるような『犯罪行為(犯罪プレイではない)』はやっていないのだ。
この程度のマナー違反などありふれているのだから。
だが、用心深いガノンは見定めようとした。
これ以上踏み込んだらアウトというラインを事前に調べておこうと考えたのだ。
実際に警告を受けた行動を基にマニュアルを作り、関係者に配布している。
彼自身も同じことは二度としないつもりだ。
そして今回の一件は最後の仕上げだ。
この結果を持ってハラスメントマニュアルを完成させる。
はっちゃけるのが好きなのは否定しないが、退場と天秤にかけるつもりはない。
全ては今後のプレイのための投資。
それだけだ。
ガノンは理解していなかった。
自分の行動に雑念が混じっていることを。
正式サービスが始まった時、彼はまたフィオと組んでバカをしたかった。
しかし、フィオは本来の仲間と組んでプレイし始めた。
それが残念だった。
それが寂しかった。
避けられていると知ってショックだった。
フィオを相手にバカ騒ぎをしたい。
それが彼の本当の動機だと、彼自身も気付いていなかった。
なぜガノンたちが野放しにされているのか?
答え1 被害届けが無いから
答え2 明確な犯罪行為があったわけではないから
こんなところです。
運営も常に全てを見張ってはいられないので、明確な犯罪に目が行ってしまいます。
グレーゾーンのガノンたちは、まだマシな方なんです。
動機に関しては……。
意外に寂しがり屋なんですね、彼。