メンテナンス事故?
スタッフに案内されてコロシアム内を進むフィオとヒデ。
その表情は明らかに『気が進まないです』と主張している。
「なあ、何で俺は呼び出されたんだ?」
「サブちゃんと殺り合えって言うなら帰りたいんだけどな……」
『ヘキサ・ブレイド・ベヒーモス』、通称サブちゃんはユニークモンスターである。
それもコロシアム最強のSランクのレイドモンスターとして運営が生み出した怪物だ。
巨大ではあるがテュポーン程ではなく魔法も使えない。
しかし、βテスト時のフィオが単独で勝てるかと言われれば、おそらく勝てない。
両肘の刃は振るわれるたびに長さが変わり、まったく間合いが読めない。
巨体なのに瞬発力は凄まじく、並みのプレイヤーでは反応もできない。
そしてモードチェンジすることでさらに手が付けられなくなる。
まず鬣が放電し、側頭部の角と額の刃が頭部を覆うプラズマフィールドを形成する。
次に両肩の2本の刃に竜巻のような旋風が発生する。
これはギアのブースター『ヴァーユ』とほぼ同じ機能を持ち、サブちゃんに圧倒的な突進力を与えるのだ。
そして自身を砲弾と化したサブちゃんの突進を防げるものはいない。
直撃を受ければ即死、掠っただけでも瀕死、余波を受けただけでも大ダメージという有様だ。
ならばと上空から攻撃を仕掛けたハーピーやフェアリーもいた。
しかし、サブちゃんは竜巻のブースターで天高く飛翔し彼らを引き裂いた。
そして直後に地上を襲う二次災害。
クレーターができるほどのダイビングボディプレス。
当然サブちゃんは無傷、昇天するプレイヤー達。
地獄のような光景であった。
おそらくサブちゃんには使い魔のコピーAIが使用されている。
それも単一ではなく複合式の。
俊敏な身のこなしはハウルかリンクス。
ブレードを使った近距離戦はシザー。
突進や格闘、ブースタージャンプはギアだろう。
あのモードチェンジにしてもそうだ。
あれはギアのハイパー・アサルト・モードを参考にしているに違いない。
結論から言うと『何てモノを作ってんだ』という感じである。
「絶対にやらんぞ」
「え~っと、今回はサブちゃんは関係ないんですが……」
「本当か? 騙してデータ収集の生贄にするつもりじゃないだろうな?」
「しませんよ。何でそんなに不信感持ってるんですか……」
日頃の行いである。
ついでに言うとフィオは教授の伝手で運営スタッフと面識があった。
だからこそ疑う。
「メールにもあったでしょう? 新モンスターを見てもらうだけですよ」
「だから何でこいつを呼ぶんだよ……」
何かあれば確実に巻き込まれる。
それが解っているヒデも他人ごとではない。
自身の身の安全をかけて詰問する。
「ん~、著作権というか何というか。まあ、見てもらうだけですし危険も無いですよ」
「ホントかよ……」
一応信じることにした二人。
しばらくすると、コロシアムの利用者が少ない区域へと案内されていることに気付く。
「……? ここって立ち入り禁止区域なのか?」
「はい。建造中のAランク用のバトルフィールドですね。ちなみにSランクはまだ設計中です。サブちゃんクラスが暴れるとなると設定が面倒でして」
「じゃあ、見せたいモンスターはAランクってことか……ん?」
ザワザワ
そこでフィオは自分たちがやたらと注目されていることに気付く。
もっとも、向かっている区域や話の内容からすれば当然の事ではあった。
「おい、聞いたか?」
「ああ、Aランクモンスターを見学できるみたいだぞ」
「でも、そんな話聞いたか?」
「いや、でもあの人たちが……」
最初に一人が同行を願い出ると、そこから先はあっと言う間だった。
100人近いプレイヤーが我も我もと押しかけ収拾がつかなくなる。
スタッフは仕方なく緊急の見学ツアーを開催する羽目になった。
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「こちらが観客席になります」
「へえ……」
「広いには広いな」
「Dランクよりはずいぶん派手だね」
コロシアムの観客席に案内されたツアー客。
あちこちでスタッフがメニュー画面を開いて調整作業をしているが、外観自体はできているようだ。
現在使用されているのは最高でもDランク。
プレイヤーが別大陸に進出するころにはCランクが解放される予定らしい。
とはいえ、ゲームは始まってからそれ程経っていない。
俺も含めてまだまだプレイヤーは強いとは言えない状況だ。
Dランクでもプレイヤーが勝利できる回数は1日に2、3回といったところだろう。
おかげで賭けがあまり面白いとは言えないのがネックである。
まあ、偶にプレイヤーが勝つと大穴なのだが。
「ではバトルフィールドに降りてみましょう。待合室を通ってあそこのゲートから入ります」
階段を降り、待合室に向かう。
途中にはアイテムショップや装備のメンテナンス設備も用意してあった。
施設が稼働すればそこにNPCが配置されるのだろう。
「ここが入場ゲートになります。君、開けて下さい」
「了解です」
ギギギギギギ……
ゲートの調整をしていたスタッフがパネルを操作するとゲートが開いた。
ゾロゾロとバトルフィールドに入っていくツアー客。
上から見たときは気付かなかったが、フィールド調整は中と外から行っているようだ。
防壁の強度とかは外側からでは良く判らないのかもしれない。
「このフィールドの中では一切の死亡ペナルティはありません。代わりにHPが0になると強制退場ですので魔法やアイテムによる復活はできないわけです」
その辺が低ランクとの変更点か。
Dランクでは倒されてもアバターはすぐには消えないので蘇生は可能だ。
まあ、高価な蘇生アイテムを使ってまで、という感じであまり使用する者はいない。
蘇生魔法については、かなりの高位魔法なので現状では使用できるプレイヤーはいない。
「では、皆さんご覧下さい。彼がこのフィールドであなた方を待ち受ける相手です!」
スタッフがパネルを操作するとフィールドの中央に巨大な魔法陣が現れる。
サブちゃんは地の底から現れるという演出だったが、このボスは召喚という形式をとるようだ。
やがて魔法陣からソレは姿を見せる。
現れたのは漆黒の巨体。
山羊のような頭には真紅の目が3つ。
巨人のごとき上半身に山羊の下半身。
背中には蝙蝠のような4枚の翼、尾は蛇だ。
「なんか……」
「見た事あるような……」
周囲の視線がフィオに集まる。
そう、ソレは凄まじく有名な姿だった。
かつて、レイドボスである邪竜を単独で打ち破った怪物。
「俺か?」
「そうです! フィオさんのデータを基に再現したモンスター。『アーク・デーモン・ノース』です!」
「ノース?」
「ええ、アーク・デーモンは1体の魔王に4体従っているといいます。そこで少しずつ違う設定を与えた『ノース』『サウス』『ウェスト』『イースト』の4体を作成しているのです」
「東西南北ね……」
「はい。このノースは、ほぼフィオさんのデータを丸ごと使った原型となっています。ほかの3体はノースをベースに改修して作成する予定なんです。ちなみにAIもフィオさんのデータを基に組んであります」
成程、それで著作権か。
しかし、何ていうか、妙な気分だな。
「これって動くんですか?」
「ええ、見てみますか?」
「おお、見ようぜ!」
「ぜひ!」
ノースの動きは確かに俺に似ていた。
まあ、武器も何も無い素手だけど。
それでも獣のような動きは圧倒的だ。
特殊能力も健在だとすればドレインにブレスに……まさか、一定以下のダメージ遮断もあるのか?
うわ、こいつヤバイわ。
「さて、それじゃこの辺にしておきましょうか。ああ、ノースの討伐報酬は2000万です。サブちゃんほどではないですが破格ですよ」
「いや、勝てないって」
「正式に導入される頃にはまた違いますよ。そもそも、まだ調整中ですし」
ザワザワ
ん? 何だか騒がしい気が……。
何だ? やけに観客席のスタッフが焦っているような。
何て言ってるんだ? マズイ? ニゲロ?
え? え?
〈さあ、それでは試合開始です!〉
「「「「「!?」」」」」
突然のアナウンスに驚愕する。
っていうか、スタッフまで驚愕している。
え? これ、仕込みじゃないの? マジ事故?
「ヒッ!」
「や、やば……」
さらにノースに目をやると、彼はこちらに向かって動き出していた。
その歩みは徐々に速くなっていく。
「ヤバイ!」
「逃げろ!」
「早くゲートへ!」
ゲートにたどり着いたがゲートは閉じたまま。
スタッフが必死に解除しようとしているが開く気配はない。
ゲートの向こうのスタッフもお手上げのようだ。
観念したのかスタッフが真面目な顔で振り向いた。
「皆様。申し訳ございません。メンテナンス中にトラブルがあり、試合開始プログラムが起動しています。解除を試みましたが上手くいかず、ゲートも開きません」
「「「「「……」」」」」
「先程説明したように、死亡によるペナルティはありません。また皆様には慰謝料も支払わせていただきます」
「「「「「……」」」」」
「もちろんノースを討伐できれば脱出は可能。賞金も支払います。ノースは現在調整中、スキルをプログラムしていない状態です」
「「「「「!」」」」」
スタッフの言葉にもしかしたら、という希望が芽生える。
負けても損は無し。
勝てば賞金。
欲望が恐怖を上回る。
「私もスタッフ権限を利用して皆様のサポートを〈グガアァァァ!〉 は? グギャ!?」
「「「「「うおおおおおい!!」」」」」
「弱いよ!」
「スタッフだろ、あんた!」
「サポートはどうした!」
突如飛び込んできたノースの一撃であっさり倒されるスタッフ。
戦闘は想定していなかったのだろう。
GMお得意の無敵アバターなどではなかったようだ。
〈グルルル……〉
「結局こうなるのか……」
「これってホントに事故なのか?」
やる気満々のノースに渋々挑むプレイヤー達。
スキルなど無くてもAランクのユニークモンスターだ。
レベル10の銅の剣装備でギ〇ンテスに勝てるだろうか?
「勝てるわけがねえ……」
「くそ、何が見学にご招待だ……」
「……兄貴たち何があったんだろ?」
「さあ? タクさん達は上機嫌なんだけど」
「フィオさん達も結構なお金稼いできたみたいなんですけどね……」
不思議がる妹パーティ。
確かに慰謝料は結構な額であった。
しかし、問題はその金額が彼らの精神的ダメージに釣り合うかどうかなのだ。
ヒ「結局こうなるのであった」
フィ「笑えねぇ……」
運「信じて下さい! あれは事故なんです!」