接触
「なあなあ、ちょっといいか?」
「お?」
「ん?」
いつものようにセンター・アインで材木を売りさばいていたタクとマサ。
納品を終えて引き返そうとしたところで声をかけられた。
相手は商人風の服装をしたプレイヤーだった。
知らない顔であった。
「いやね、最近すごく質の良い材木が結構な量で納品されてるって聞いてね。交渉してみたいと思っていたんだ」
「はあ、わざわざ……」
「俺らそんなに有名だったのか?」
2人としては正直実感がない。
自分らと同じくらい納品している者達など、いくらでもいると思っていたのだ。
実際、現状は材木バブルとでも言える状況で、リアルなら森が消滅しているくらいの材木がやり取りされている。
そうして作られた船は次々と海の藻屑と消えているのだが。
「(ははあ、これは……)」
「(買い取り交渉だな)」
2人の予想では、彼は一種の客引きだ。
需要の高いアイテムを自分たちの店に売ってもらうため、プレイヤーに交渉して回る人員を用意しているギルドは割と多い。
もちろん、やりすぎればリアルと同じく規制対象になるので強引に迫ることは無い。
「いかがです? 相場より1割増しで購入させてもらいますよ」
「マジか!?」
「1割か……」
材木1本で1割増しなら総額はかなり違う。
魅力的な提案であった。
「じゃ、次に売る時はあんたの所にも顔を出すわ」
「そうですか! では、こちらが私と関連のある店舗です」
「どれどれ……、結構多いな」
「あんたのトコ、もしかして大手?」
「まあ、大きい方ではありますね」
今回は売った後なので、取り敢えず取引は次回からという事になった。
そしてタクとマサは上機嫌で引き揚げていった。
適当なところでホームエリアに帰還するつもりなのだ。
それを黙って見送っていた商人風のプレイヤー。
そこに似たような格好の男が近寄っていく。
「首尾は?」
「取り敢えず接触はできた。本格的な行動は次回以降だな」
「なら上々だろう。ようやく掴んだ尻尾だ」
「本人が駄目なら周りからか……」
「ああ、恐ろしい人だよなボスも」
「あの人があそこまでやる相手も凄いがな」
商人というよりまるでマフィアである。
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一方、ホームには妹チームが帰還していた。
彼女たちは未確認のレアモンスターの噂を聞き、現場に行ってきたのだ。
「はあ、くたびれもうけね……」
「いなかったね『パンゴリル』」
レアモンスター『パンゴリル』。
その名の通り、チンパンジーとゴリラとマンドリルを足したようなサル型モンスターである。
正確には『そう噂されているモンスター』だろう。
何しろ物的証拠、例えば素材などが確認されていないのだ。
とある、サル型モンスターの巣である森。
そこでモンスターが仲間を呼んだ時だけ低確率で現れる。
情報はこれだけである。
明らかに信憑性の怪しい話である。
チャレンジするのも、やる事の決まっていない暇人か好奇心の強い噂好きである。
ちなみに彼女たちは後者であった。
兄たちが必死に金を稼いでいるのに、と思わなくもない。
しかし、フィオはプレイ内容の強制を好まないし、意外と寛容であった。
そんな訳で彼女たちは未確認情報の検証に出かけ、それを兄に報告することにしていた。
そして、それは中々ハードな事も多い。
今回も延々モンスターと戦っていたので結構大変だったのだ。
素材は大量に手に入ったが、やはり空振りはヘコむ。
「うーん、やっぱガセかな……」
「条件を満たしてないだけかもよ?」
「まあまあ、この件はここまでにしておこうよ。ただいま!」
シーン
「あれ?」
返事がない。
タクさんとマサさんはセンター・アインに行っているはず。
兄とヒデさんは留守番をしてると聞いていたのだが。
「あれ? お兄さん達いないの?」
「タクさん達について行ったとか?」
それは無いだろう。
なぜか兄はセンター・アインに行くことを異常に拒んでいる。
では、何か急用だろうか?
リビングに行くと骸骨のネクロスが門番のように立っていた。
無口だが紳士であることは周知の事実である。
顔を見ると離れていくリーフよりずっと取っ付きやすい。
「ねえ、ネクロス。兄貴たちは?」
スッとネクロスが指差したのはメールボックスだった。
これはホーム共通の掲示板のようなもので、書き込む以外にメールを共有する機能もあるのだ。
確認してみると兄が共有したと思われるメールが1つ増えていた。
「差出人は……運営!?」
「え?」
「嘘!」
「お兄さん何やったの!?」
驚愕する4人。
さすがに運営からの名指しの呼び出しとは穏やかではない。
「ちょ、ちょっと待って! …………むう」
「どうなの?」
「別に悪さしたわけじゃないみたい。ただイベントにご参加くださいって内容ね」
「なーんだ」
「心配して損した」
ホッとするハル、アキ、カヨ。
しかし、リエの表情は優れない。
「ねえ、どうかした?」
「うん……イベントの会場が」
「会場が?」
「コロシアムなの」
「「「!!」」」
イベント、呼び出されたフィオ、コロシアム。
彼女たちの頭の中でパズルが組み上がっていく。
そしてまったく同じ回答を導き出した。
「サブちゃんね……」
「サブちゃんか……」
「サブちゃんでしょう……」
ああ、何という事だ。
面白さの為なら、おめでたい年始で年男ならぬ年プレイヤー達を血祭りにあげる運営である。
サブちゃんの次なる獲物としてフィオを選んだのだろう。
なんて邪悪な運営。
「うーん、新たなユニークモンスターのお披露目って書いてあるんだけどな……」
冷静に突っ込むリエだったが3人には聞こえていない。
それに、なぜ兄が招待されたのか?
その新しいモンスターが兄と何か関係あるのだろうか?
考えるが解らない。
「兄貴も色々とターゲットにされやすいわね……」
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「行きたくねぇ……」
「嫌な予感満載だな」
文句を垂れ流しながらもフィオとヒデはコロシアムに向かっていた。
ホームで素材の整理をしていた時、突然届いたメール。
内容は極めて胡散臭いもの。
「なぜ、名指しで俺なんだ?」
「やっぱ、生きの良い獲物を用意したいんじゃね?」
「言っとくが、お前も道連れになることは間違いないぞ?」
「「……」」
「はあ……」
「やめよう。不毛だ。どうせ直に解る」
2人は既にコロシアムの正門前に到着していた。
そして、そこには運営のスタッフと思われる男性が立っていた。
「お待ちしておりました」
男の営業スマイルに、さらに気が重くなる2人であった。
サブちゃんに続くコロシアムの新モンスターとは?
そして近づく魔の手、狭まる包囲網。