トリップドリンク
「あ?」
気が付くと俺はホームエリアの自室にいた。
「? 俺はいったい……痛っ」
何故か頭痛と吐き気がする。
不審に思ってSTを見てみると、そこには『二日酔い』の文字が。
酔いつぶれた? 俺が?
酒は1滴も飲まないのに?
「いや、そうだ……」
状態回復薬を使用すると、徐々にはっきりして行く思考。
思いだされるのは気を失う前の出来事。
------------------
「ほれ、これが新しく発売された酒だ!」
タクがリビングのテーブルに1升瓶を並べる。
そういやこいつ酒好きだったな。
銘柄に目をやる。
牛殺し
熊殺し
鬼殺し
龍殺し
悪魔殺し
神殺し
……製造者は心に何か抱えてるんだろうか。
思わず心の闇を心配してしまう。
人殺しが発売されたら運営に報告した方がよさそうだ。
「よっしゃー。飲んでみようぜ」
「どれから行くかな」
「うわ、神殺しは度数が高いな」
ヒデとマサも飲む気の様だ。
下戸と言うか、メチャ酒に弱い俺はゲームの中でも飲まない。
「俺はいらんから好きに飲んでくれ」
そう言って自室に向かおうとする。
しかし
ガッ
「あっ!」
バシャ
テーブルにぶつかる音と慌てた声。
何事かと振り向く前に頭に液体がかかった。
そして、そこで俺の記憶は途絶えた。
---------------
バン!
怒りを漲らせて部屋を飛び出す。
部屋の前に立って番をしていたネクロスも、リビングの前に待機するプルートも目に入らない。
俺は酒だけは駄目なのだ。
「てめえら、やってくれたな!」
リビングに飛び込むが誰もいない。
ツノとウロコとヒゲはすでに逃亡した後だった。
余程慌てていたのだろう酒瓶はそのままだ。
おそらく俺を部屋に運んでくれたのはネクロスかプルートだ。
奴らは俺を放置して即逃げたに違いない。
「ん? 手紙か?」
テーブルの上には一枚の紙が。
慌てて書いたのだろう酷い字だ。
〈反省と謝罪を兼ね、お遍路周りに行ってきます。ごめんなさい。〉
「……」
よし、疲れて帰ってくるであろう彼らの為に栄養ドリンクでも作ってやろう。
調合なんてずいぶん久しぶりな気がするな。
すばらしいモノができそうだ。
主に憎悪補正で。
「よし。完成だ」
完成品は3つ。
1人1本だ。
名称は
『死亡ビタンD』
『グロん惨』
『SOSカップ』
1滴味見をしてみたが、開けてはいけない扉が開きそうになった。
1本飲み干せば、悟りを開いて仙人か賢者になれるかもしれない。
うむ、良い出来だな。
渾身の作品だ。
覚悟しろよ……。
------------
「快晴だな」
外に出ると良い天気だった。
犬は喜び庭駆け回り、猫も日向で丸くなっている。
そのまま外周まで歩いていくと、眼下は真っ青だった。
「へえ、海か」
最近気付いたのだが、浮遊島から見える景色は実際のゲーム内のフィールドなのだ。
以前センター・アインの町が見えた事があり、それで気付いたのだが。
しかし、海に出たのは初めてだ。
他大陸進出が現実味を帯びてきたせいだろうか。
外周に沿って歩くと陸地と港町らしきものが見えた。
船が盛んに動いている。
おそらく中央大陸だ。
「ってことは……」
反対側に霞んで見える陸地。
アレが新大陸か。
東西南北どこかまでは解らんが。
「お? チャレンジャーか」
広い海原に動く物が。
船だ。
それも結構な大船団。
5匹のダンゴムシの周りに無数のアリが付き従っている。
そんな感じだ。
彼らの進行方向に目をやると細長い影が浮上してきていた。
大きい。
大型船の5倍はあるだろうか。
蛇のように身をくねらせながら船団に向かっていく。
「あれは……東の海龍『ラハブ』か」
上空から見ている俺には良く解るが、船団からはまだ見えないのだろう。
船団の動きに変化は無い。
「あっ」
ラハブが水中に潜った。
これはβテストのとき経験した事がある。
サーペントと同じ水中からの奇襲だ。
船団はまだ気付かない。
「あーあ、やっぱり……」
ラハブが船団のど真ん中に飛び出した。
真下から突き上げられた大型船の一隻が粉砕される。
周りの小型船も巻き込まれて沈んでいく。
「さて、どうなるかな」
双眼鏡を取り出して覗き込む。
体勢を立て直した船団はラハブを包囲するように動いている。
魔法や矢が撃ち込まれるが、あまり効いているようには見えない。
やはり水中というのがネックなのだろう。
暴れ回るラハブによって小型船は次々に沈められていく。
船体の強度以前の問題だな。
例えるなら列車に体当たりされたバイクだ。
「おお、巻き付いた」
ラハブが大型船に巻きついて締め上げ始めた。
船体が見る見るひしゃげていく。
乗っていたプレイヤー達は慌てて退避していく。
僅か数分で大型船は潰されてしまった。
その後もプレイヤー達は有効打を与えられなかった。
大型船は全て沈み、僅かなプレイヤーだけが小型船で撤退していく。
ラハブは逃げる者は追わないようだ。
再び水中に姿を消す。
「ふむ」
戦闘の結果を分析する。
まず小型船は役に立たない。
次に遠距離攻撃は効果が薄い。
と、なると……
「大型船を囮にするか……」
巻きつき攻撃は確かに脅威だ。
しかし、攻撃中はラハブは水上に出ているし動きも止まる。
出来る限り大型船だけを集め、巻きつき攻撃を誘うというのはどうだろう。
巻きついている間に集中攻撃を加え、船が限界になったら油を撒いてラハブごと燃やす。
これを繰り返せば被害は大きいだろうが勝算は高い。
「問題は金だな」
高価な船を使い潰すなど誰だって嫌だろう。
ましてや数十隻集めるなど。
これは最終手段になるだろうな。
---------------------
「何か言い残す事はあるか?」
「「「ごめんなさい」」」
帰って来た3人は俺に出くわすと即座に土下座した。
自分では解らないが、今俺は余程壮絶な顔をしているのだろう。
「いいだろう。ただし条件がある」
「「「?」」」
「まず目を閉じろ」
「「「ハイ」」」
「次に上を向け」
「「「ハイ」」」
「口を開けろ」
「「「アーン」」」
バチャ バチャ バチャ
「あばばばばばばばばばば」
「えへ、えへへへ」
「ブツブツブツブツブツ……」
特製栄養ドリンクを飲んだ3人は見事禁断の扉を開き解脱した。
今、ここにいるのは彼らであって彼らではない。
まあ、そのうち元に戻るだろうけど。
「やっほー、兄貴おひさー……って、何コレ?」
ちょうどリエがログインしてきた。
目の前の惨状に困惑している。
「もしもーし、タクさーん!」
「あばばばばばばばばば」
タクは白目を剥いて奇声を発している。
正直怖い。
「そいつは今コックリさんと交信中だ」
「じゃ、ヒデさんは?」
「あは、あははは」
ヒデは朗らかな顔で微笑んでいる。
ただし、目の焦点は合っていない。
「そっちはエンジェル様と会話中だ」
「……マサさんは?」
「ブツブツブツブツブツ」
マサは俯いて何かを呟いている。
明らかにヤバい人だ。
「キューピッド様と契約中だ」
「ふーん。まあ、いいけど……」
リエの真っ白な視線はテーブルの上の3本のビンに向けられていた。
勘の良い奴だ。
しかし、このドリンク商品にできないかな……。
ドラッグ駄目、絶対。