逃走者
「ハア、ハア、振り切ったか?」
薄暗い路地を駆ける一人の男。
まだ珍しい上位種族、ドラゴノイドの青年。
元第3サーバーの『ビースト・ロア』を率いていたダムドだった。
しかし、今彼は追われる者だった。
「くそ、こっちも駄目か……」
あっちもこっちも敵の人員だらけだ。
町の中では戦闘力は関係無い。
ものを言うのは数と指揮。
そしてダムドは、徐々に自分が動きを誘導されてきている事に気付いた。
「道はこっちだけか……」
誘導された先は広場。
間違い無く罠だ。
しかし他に道は無い。
覚悟を決めてダムドは広場に出た。
「よお、手間かけさせるなよ」
そこに待っていたのは、大柄なドワーフをリーダーとした集団だった。
元第3サーバー最大の職人ギルド『工房』。
ドワーフはそのギルドマスターだった男、ガノンだ。
「報酬は前払いで渡してるんだ。依頼は最後まで達成してもらわないとな」
当時はギルドのメンバーに職人がいた。
だから、こいつらとかかわる機会は少なかった。
マッドサイエンティスト集団だという悪評は聞いていたが、功績もあったので正直なところ評価はあいまいだった。
「さあ、さっさと戻るぞ」
だが、今なら言える。
こいつらはイカレていると。
こいつらに付き合っていた悪魔は、やはり超人か菩薩だったのだ。
「まだ、実験が7つも残ってるんだからな」
「ふざけんじゃねえ!」
広場に怒号が響き渡った。
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事の始まりは数日前だった。
βテストではギルドのリーダーをやっていたダムドだが、あれは成り行きだった。
というより、正直窮屈だったので、製品版では大規模なギルドには参加していない。
リアルの友人たちとパーティを組んで自由気ままにプレイしていた。
その日、装備を一新して金が無くなったダムドは、冒険者ギルドで依頼を物色していた。
そこで不自然なほど高額の依頼を発見したのだが、それが地獄への片道切符だとはその時は知る由も無かった。
「装備品の性能試験か。やけに報酬が良いな」
なぜ、こんな高額依頼が残っていたのか?
後日ダムドは語る。
深く考えず受注したその時の自分を、正直ぶん殴りたいと。
最初の町『センター・アイン』は広い。
根城にしている場所が離れていれば、情報は耳に入りにくいのだ。
相手の評判も。
「おお、ダムドじゃねえか」
「あんたは『工房』の……」
βテスト最終決戦で職人達の代表格だったガノンをダムドも見知っていた。
「いやいや、助かるぜ。なにせ専属テスターが雲隠れしててな。噂は聞くんだが見つからねえんだよ」
「専属テスター? フィオのことか?」
確かに彼の噂は聞く。
相変わらず種族は悪魔で配下の化け物共を連れ歩いているらしい。
もっともソロではなく友人らしきプレイヤー達とパーティを組んでいるそうだが。
しかし、雲隠れ? あの怖いもの知らずが?
彼らは避けられているという事だろうか?
不安がこみ上げる。
「よし。じゃあ、さっそく実験場へ行くか」
「実験場だと?」
不穏なセリフに警戒心は増す一方だ。
そして始まったのは狂気の実験だった。
「ほれほれ、逃げんと死ぬぞ~」
「うおおおおおお!」
「ほら逃げるな。強度が解らんだろ」
「ガハァ!」
……人はどこまで狂う事ができるのか?
犯罪プレイさえしなければ、町の中なら全てが許されるのか?
ダムドの脳裏に、そんな哲学じみた考えが浮かんでは消える。
彼が耐えられたのは2日目の第3の実験までだった。
彼は逃げた。
悪夢から逃れようと。
彼は逃げた。
自由を求めて。
彼は逃げた。
正気を維持するため。
しかし、邪悪な魔の手は彼を追いかけた。
そして彼は捕まったのだ。
逃げだした実験体として。
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「ふふふ、これがある限りお前は逃げられないぜ」
「ぐ、依頼書……」
「そう、こいつがある限りお前の行動は制限される。罰金と評価ダウンは嫌だもんな?」
「……」
「よって、お前はまず依頼を破棄しに冒険者ギルドに向かう」
「うぐぐぐ……」
「行き先が解れば、後は張っていればいい」
「クソォ!」
「逃がすな!」
何時の間にか集合していたメンバーがダムドを拘束する。
その鮮やかな手並みは、彼らがこの手の事に慣れている事を表していた。
人攫いも真っ青な、鮮やかな手並みだった。
一応、彼らはまっとうな職人なのだが……。
「モゴー、モゴゴー!(離せ、離しやがれ!)」
「よし。連行しろ」
猿轡を噛まされ、簀巻きにされたダムドが運ばれていく。
これを黙認する運営も大概である。
その光景を見ながらガノンは呟いた。
「やっぱ、あいつがいないと不便だな……」
ちなみに彼がフィオと会えないのは偶然ではない。
フィオの方が逃げ回っているのである。
「ま、見つかるまで依頼での募集を続けるか。最近食い付きが悪いけど」
果てしなく自業自得であった。
まさにショッ〇ーのごとき所業。
彼らは製品版でも全然変わってませんでした。