丸太跳び
石柱は円柱状でいくつもの顔が彫ってある。
顔の高さは3m程で、それが5段。
トーテムポールに近いが、顔が向いている方向はバラバラであった。
ダルマ落としにも見える。
太さは2mといったところだろうか。
「これが1つめのチェックポイントですか……」
「デカい顔っすねぇ」
「倒れそうで怖いなぁ……」
リッチ達が感心しながら石柱を見上げている。
そこに、赤リッチがタイタンを下僕に加えやってくる。
これでようやく全員がそろった。
主人が説明を始める。
「よし、じゃあ始めようか」
ゴゴゴゴゴゴ……
主人が石柱を回し始める。
非現実的な光景だが、ギミックなので別に力は関係無いそうだ。
やがて一番上の顔がある方角を向いた時、その両目が輝いた。
同時にガチリとロックされたような音が鳴る。
これで1番上は固定され、2段目から回るようになったのだ。
「あっちに何かあるんですか?」
「大ボスのいる方向らしいっすよ」
「ははあ、巨人の神でしたっけ」
浮遊大陸の設定の話だ。
古竜達によって大地から切り離された巨人族の国。
本来ならば朽ち果てていくはずの国は、しかし維持されている。
何故なら、ここには神がいるからだ。
不死身の古竜達と、気が遠くなるほど長い年月を戦ってきた巨人の王。
竜の結界に囚われた国に、魔力と物質の循環を与えている浮遊大陸の心臓ともいえる存在。
それがここの大ボスなのだという。
実際に目にしたことはないが、僅かな情報からも桁外れのボスであるという事が解っている。
「よし、次は……」
ゴゴゴゴゴゴ……
「反対方向なんすね」
「金庫のダイヤルっぽいですね」
この石柱、最初に右に回したら次は左、その次はまた右と交互に回す必要がある。
そうしないと空回りし続けるそうだ。
原理としては単純だが、それは攻略法をあらかじめ聞いていたから言える事。
最初に攻略したプレイヤーたちは、この石柱の前で丸1日足止めを食っていたそうだ。
ガチン! ブゥゥゥゥン……
「……これで終わりですか?」
「ああ、一個目はな」
この石柱は浮遊島に何か所も存在する。
その場所は浮遊島を訪れるたびに変化するそうだ。
そして、その内3つを起動させると深部へ進める様になるらしい。
つまり、あと2か所石柱を探す必要があるのだ。
「場所はランダムなんすよねぇ……」
「まあな。その分、数は多いんだけどな」
次の石柱を探すべく、我々はその場を後にした。
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「川か……」
「デカい……」
「流れも速いですね……」
森が途切れ、目の前に現れたのは川。
それも対岸まで数百mはある大河である。
まあ、巨人達にとってはさほど大きな川ではないのかもしれないが。
「浅ければいいんすけどね……」
川の様子を見に行くゼク。
主人や飛行能力持ちの種族であれば突破は楽なのだがリッチ勢はそうはいかない。
この流れの速さでは船を使うこともできないだろう。
そもそも船がない。
周りは森だからイカダくらいは作れるだろうが、その手のスキルを持っている者はいないだろう。
黒リッチのゼクは錬金を持っているが残りの3人は完全に戦闘ビルド。
主人にいたっては使った丸太が腐り落ちかねない。
悪魔の呪い恐るべしである。
「……ネクロス、なんか失礼なこと考えていないか?」
素晴らしい勘の良さ。
私は無言で首を振り誤魔化す。
以心伝心はこういう時は厄介である。
とはいえ、主人も特に深くは聞いてこなかった。
それより
「うわっ! いる! いるっす!」
「?」
「何がですか?」
ゼクの声に驚愕の色が混じっている。
ゾロゾロと川に近づき水中を見るとそこには
「「「「……」」」」」
アマゾン川で群れていそうな肉食魚がいた。
人も牛も骨だけにしてしまうアレである。
サイズも約30cmと大きい。
それがウジャウジャいるのだ。
「落ちたら死ねと?」
「キモい……」
「怖い……」
「ふむ……」
と、主人がおもむろに水に手を突っ込む。
しかし、魚は寄ってこない。
次にバシャバシャと音を立てる。
「! 来たか……」
魚が噛みつき主人のHPが減る。
ダメージ自体は大したことはない様だ。
しばらく何かを確かめてから立ち上がる主人。
「どうもこれはトラップの一種みたいだな。ターゲットとして認識出来ない。音や振動に反応するタイプだ」
「ははあ、ダメージ床や毒の沼みたいなもんすか」
「趣味悪……」
「派手に落ちるとアウトってことですね」
さらには噛まれた瞬間はスタンしてしまうらしい。
大群に襲い掛かられたら抵抗できずに貪られるだろう。
そして流され、最後には
「あそこから落ちる、か」
主人の言葉に全員が川の下流に目を向ける。
そこで地面は無くなり川は滝の様に流れ落ちている。
空に。
そこは浮遊島の外縁部。
水晶竜のいる塔からワイバーンに乗って浮遊島に向かう時、浮遊島の端から水が流れ落ちているところを見た。
それ自体は美しい光景だったが、自分たちがそこから落とされるとなれば話は別だ。
「フィオさん、ベルク達出して下さいよ」
「飛行禁止とかになっていないだろうな?」
「う……」
「それは……」
水晶竜のいる塔は飛行が禁止で、主人も足で登るしかなかった。
そこと同じだとしたら……、落ちる。
もし失敗したらスカイダイビング(パラシュート無し)なのだ。
試す気にはなれない。
「上流に行ってみよう。こういう場合は、どこかに渡れる場所があるはずだ」
「巨人が待ち伏せしてそうっすけどねぇ」
「その方が判りやすいですけどね」
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「で、これか……」
上流に向かうことしばし、やや流れが緩やかな場所を発見した。
渓流のような岩場で、岩が幾つも水面に顔を出している。
所々に丸太が引っ掛かっていて、足場として使えそうである。
『何で丸太が?』と疑問に思うが、巨人達が切った物とでも考えておこう。
「え~、ここっすか~?」
「まさかのフィールドアスレチック……」
なぜかリッチ達は乗り気ではないようだ。
どうやら、こういったギミックは苦手らしい。
今までも極力避けていたそうだ。
それにしても最終エリアの高難易度ダンジョンに挑むトッププレイヤーとは思えぬ態度である。
「よし、まず俺が行くからな。次はゼクだ。俺のルートを辿って来い」
「了解っす。落ちたら助けてくれるんすよね?」
ぐずるリッチ共を説得し、川を渡る主人。
軽やかに岩を跳び、丸太を渡り、あっと言う間に中間地点にまでたどり着く。
次にゼクがチャレンジする。
苦手とは言っていたが流石はトッププレイヤーだった。
力はともかく敏捷性はそれなりに強化していたのだろう。
ゼクも中間地点にまでたどり着き、主人は川を渡りきる。
続いてゼクも川を渡り切った。
「ふう、何とかなったっす」
「よーし、次はリンクスと赤だ」
次の組を呼ぶ主人。
主人もゼク以外のリッチの名前を忘れているようだ。
あるいは知っていてワザとなのか。
「はぁ、ピラが怖かった……」
リンクスと赤リッチが渡りきる。
次のハウルと青リッチも無事渡り、次は私の番であった。
モンスターはいないし、心配された巨人の待ち伏せも無い。
特に何の障害も無く中間までたどり着く。
「じゃあ、いきます」
最後の緑リッチが渡りだす。
すでに緊張は無い様で軽やかに渡っていく。
しかし、最後の最後で彼はアタリを引いてしまったようだ。
ゴン グラリ
「へ?」
ドッボーン!
何という不運。
緑リッチが丸太を渡っていた時、上流から別の丸太が流れてきたのだ。
それは狙ったように緑リッチの乗る丸太に直撃。
突然の振動に彼は水中に落下してしまった。
「わ、わぷっ! うわ! うわわわ!」
「あ、バカ!」
「大人しくしてろって!」
「騒ぐと危ないっす!」
マズイ! 突然の転落に慌てているのだろう。
暴れると魚が寄ってくることを忘れてしまったようだ。
救出すべく、すぐに引き返すが
「あ? あれ?」
様子がおかしい。
ダメージを負っている様子が無い。
魚は集まっているようなのだが。
「え~と、齧られないみたいなんだけど」
不審に思い、自分も水中に手を入れてみる。
確かに、寄っては来るが噛まれない。
これは一体?
「……まさか」
「フィオさん?」
「骨だからってオチか?」
「!」
「!?」
「!!」
成程、ピラニアはあっと言う間に獲物を骨にしてしまう。
では、最初から骨ならば? 答えがこれなのだろう。
羽のある種族がダメージ床を無効化したり、水系の種族が水路を使用出来たりというのは珍しい設定ではない。
斬新ではあるが、これもその一種なのだろう。
運営も物好きというか何というか。
ガコン
「あれ?」
「?」
突然聞こえた音と声。
無事だと分かり安堵していた私たちは、完全に出遅れてしまった。
目をやると緑リッチが丸太に掴まったまま流されていた。
どうやら岩に引っ掛かっていた丸太が外れてしまったようだ。
「え? え? え?」
「あ?」
「は?」
最早、一番近い私にもどうにもならない。
呆然とする我々をよそに、緑リッチは小さくなっていく。
そして、消えた。
落ちたのだ。
「……どうする?」
「彼の犠牲は無駄にしないっす」
「後で感想教えてもらおう」
「ああ、RWO初かもしれない浮遊島ダイブだ」
彼の仲間たちは最悪の外道であった。
そこで、ふと気づく。
岸に見覚えのある緑のローブの人影がある。
あれは
「……もう少し心配して欲しいんですけど」
彼は生還していた。
気を取り直して川を渡った緑リッチ。
仲間たちの血も涙も無いセリフに不貞腐れる彼をどうにか宥め、話を聞く。
どうやら外縁部から落ちて空に投げ出された直後、川を渡り始めた場所に立っていたらしい。
後に聞いた話によると、浮遊島は外縁部から落ちると自動的に落ちる直前の場所に戻されるそうだ。
これも古竜の魔法の効果という設定らしい。
つまりは巨人達が飛び降りて逃げないための処置という事だ。
言われてみれば確かに納得できる設定である。
ちなみに最低の仲間たちが感想を聞いたところ、緑リッチは答えた。
地上が見えた瞬間、走馬灯が過った、と。
自分では体験したくはないものである。
ただ川を渡るだけで1話。
良いんだろうか、これは……。
完全にお笑い芸人と化したリッチレンジャー。