マミー・パウダー
『地下墓地』地下3階。
中ボス『デュラハン』の待ちうけるフロアの手前。
ここからランク2のモンスターが出現し始める。
「来たな……」
主人の言葉に前方に目を向ける。
現れたのはゴーストにグール、そして赤い骸骨『レッド・ボーン』だった。
レッド・ボーンは見た目こそ私と似ているが、ランク2の中では低位のモンスターだ。
あれこれ多彩に武器を持ってはいるが防具は何も着けていない。
鎧から盾から完全武装の私とはまるで違う。
私のブラッディ・ボーン・ソルジャーという種族は、ランク2の中でも高位の種族。
連中と比べればゴブリンとホブゴブリン・ファイターくらいの差がある。
つまり、ランク2といっても我々の敵ではないという事だ。
「ネクロス、下から2体だ」
前は主人とリンクスで十分。
私は指示通り足元の汚水に目を向ける。
這い上がってきたのは2体の赤いスライム『オーガン・ウーズ』。
内臓をイメージしたと思われる気色の悪いモンスターだが、これでもランク2である。
このフロアは5m程の幅の水路の両脇に、2m程の幅の通路がある地下道で構成されている。
前後からの挟み撃ちに注意が必要なのだが、そちらに気を取られると上からゴーストが、下からスライムが襲いかかってくるのだ。
そして、このスライムがこのフロア最大の問題となる。
『オーガン・ウーズ』は汚水から高速で無限に出現し、倒しきることは不可能。
こうして這い上がってくるのは1割以下のほんの一部に過ぎず、水路の下にはヘドロの様にこいつらが堆積しているのだ。
落ちたり飛び込んだりすれば、あっという間に取り囲まれ拘束され、溺死させられてしまう。
初めて来た時も、自称『道頓堀ダイバー』が飛び込み悲惨な最期を遂げている。
階段は崩落しているので、下の階に下りるには水路を通るしかない。
よって、汚水を浄化しスライムを駆除する必要があるのだ。
ケイルを壁際に下がらせスライムの核を剣で貫く。
さすがに彼には厳しい相手だろう。
「チッ! うっとおしい。【ブレイズ】!」
主人の火炎魔法がアンデッドを纏めて焼きつくす。
主人は前が開いた隙を突きスライムを無視して走りだす。
我々も後を追って走り出す。
スライムは戦闘音を感知して這い上がってくるので、他の敵を倒して離れれば水路に戻っていくのだ。
先は長いのだから無理に殲滅する必要は無い。
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流れを遡るように進んでいくと、プールの様な広い貯水槽のある部屋にたどり着いた。
水路の水は一度ここに集まり、浄化されて再びフロアに広がっていくのだ。
現在はその装置が停止しているので水は濁りきっているという訳だ。
「ネクロス、水門を閉じてくれ。リンクス、通路の警戒を。えーと、確か……」
主人がレバーの様な物を操作すると、上からジャラジャラと鎖の音が聞こえてきた。
見上げると金属製の筒の様な物がゆっくりと降りてきた。
これが浄化装置『聖炉』である。
「ははあ、これが浄化装置ですか」
ケイルが軽く叩くとカンカンと軽い音がする。
中は空洞になっているのだ。
「ええ。聖銀製の炉だから『聖炉』というらしいです。よっと……」
主人は聖炉を下ろすと上部の蓋を開けた。
中は空っぽだったようだ。
やはりお使いは必須らしい。
「ここに倉庫の『聖油』を入れて祭壇の『聖火』で火を着ける。真っ赤に加熱されたら貯水槽に沈める。後は水門を開けて浄化された水を流せば完了です」
「倉庫に祭壇……ですか」
「俺が一人で取ってくるんで、ここで待ってて下さい。入り口は一つなんで、こいつらが見張ってれば安全のはずです」
ケイルの護衛を任せて去っていく主人。
場所が解るからそれほど時間はかからないはずである。
私も自分の任務を遂行しよう。
「お待たせ」
ポツポツとモンスターは現れたが数は少なく苦戦はしなかった。
おそらく主人が積極的に倒していたのだろう。
早速準備を始める主人。
赤熱した聖炉が鎖に吊るされ、貯水槽の中央に運ばれる。
そして
「よし」
ジュウウウウウウウ!!
凄まじい沸騰音と共に濁っていた水が一気にクリアになっていく。
同時にかなりの経験値が加算された。
貯水槽に紛れ込んでいたスライムが聖水によって死滅したのだ。
水門を閉めてから大分経っていたので、結構な量に増殖していたらしい。
この部屋に敵が侵入していたら危険だったかもしれない。
「じゃあ、水門を開けてくれ」
ザザァ
私が水門を開けると聖水はフロア全体を浄化していく。
スライムだけでなく通常のアンデッドも浄化され消えていく。
これでこのフロアは安全地帯となった訳である。
「さーて、次はウォータースライダーのお時間でーす」
「???」
主人の言葉に不思議そうな顔をするケイル。
下のフロアへは水路を通って行く。
当然だが階段状になどなっていない。
しかも結構な角度なのだ。
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「……好きな人はいそうでしたね」
「まあ、行くまでの道のりに耐えられるなら」
水路の終点の溜め池から出ると、そこは地下4階である。
長い道のりだったが、これでもまだ半分というのだから呆れたものである。
下層によほど魅力的なものが無いと、クソゲーダンジョンとの悪評は消えないだろう。
ともあれ、今は中ボス戦である。
「おや? あの光は何です?」
「ああ、あれは脱出用転移陣ですよ」
ここに来るだけで精一杯、ボス戦など無理というプレイヤー用の転移陣。
前回はデュラハン相手に一当てし、ある程度分析を済ませたところで脱出した。
その情報は前線プレイヤーに共有されたのだが、同時にダンジョンの悪評も広がったのである。
当時はともかく、今ならば10人もいれば安全に討伐は可能だろう。
「さて、お仕事の時間だ。あー、そちらはどうします?」
「間違いなく足手まといですからね。見学しています」
「了解。じゃあ、行こうか」
通路を進むと、ピラミッドの頂上にシャンプーハットの様に乗っかった儀式場が見えてくる。
祭壇も祭具も何も無いので、むしろコロシアムといった様相だ。
我々が儀式場に足を踏み入れると、ピラミッドの中から1人の騎士が現れた。
ただし、その頭部は左手に抱えられている。
首無しの騎士『デュラハン』の登場であった。
「来るぞ! まずは俺とネクロスだ!」
デュラハンは近くに3人以上が寄ると特殊能力を使用する。
そこで基本戦術は2人組による波状攻撃ということになる。
なのだが、
ゴォ! ブオン!
「おわっと!」
いきなりのロケットダッシュからのタックル。
さらに追撃の薙ぎ払い。
デュラハンの高威力コンボだが、まさかいきなり使ってくるとは。
回避には成功するが場所が悪い。
「しまった! 範囲内だ!」
デュラハンのタックルによる接近で、3人が近寄る形になってしまった。
デュラハンが左手の頭を高く掲げる。
主人はなるべく距離を取り、私は主人の前に盾となるべく立つ。
最も近かったリンクスは、逃げ切れないと悟り攻撃を仕掛ける。
そして
〈ウオォォォォォォォォォ!!〉
デュラハンの首が凄まじい咆哮を上げ、衝撃波が全方位に放たれる。
奴の必殺技【テラー・ハウリング】である。
ダメージは小さいのだが、とにかく範囲が広く混乱、恐怖、麻痺などの状態異常を付加する厄介な技だ。
状態異常に耐性のある私には効果が薄いが、場合によっては数十人パーティを壊滅させうる。
「くっ、すまん。まさかいきなり来るとは……リンクスは!?」
私の後ろにいた主人は無事だったようだ。
だが、リンクスは至近距離からまともに食らってしまったはずだ。
目を向けると地に伏したまま起き上がれない姿が。
ピクピクと動いてはいるが、あれは麻痺か。
ブオン! ザン!
デュラハンは容赦なく剣を振り下ろす。
リンクスはスピードタイプで防御はあまり高くない。
一撃で4割近いHPを持っていかれる。
さすがはパワー系のボスだ。
「まずい!」
私と主人が駆け出すが間に合わない。
主人の放った魔法に被弾するも気にせず攻撃する。
〈キュキュ!〉
リーフの回復がかかるも足りない。
タックルからのコンボを食らいリンクスのHPが0になってしまった。
影に沈むように送還されるリンクス。
前回も多くのプレイヤーが犠牲になった、デュラハン必殺の攻めだ。
これを警戒していたのだが、まさかいきなり向こうから突っ込んでくるとは。
「コール ギア」
主人が選んだ2番手はアイアンゴーレムのギア。
状態異常に強く正面からデュラハンの攻撃を受け止められるのは彼だけだ。
もちろん単純なポテンシャルでは相手の方が上だろうがこちらは3人だ。
ギアが防御に集中してくれれば、主人と私が攻撃に専念する事が出来る。
ガンッ! ギィン!
ギアの拳とデュラハンの大剣がぶつかり合い火花を散らす。
まともに食らえばいかにギアといえどダメージは大きいだろう。
しかし、拳で受ければパリング扱いになりダメージは少ない。
「ていっ!」
私と主人は交互に近づき高威力の一撃を加えては離脱する。
デュラハンの頭は盾でもあり、左からの攻撃は防がれやすい。
だが、あえて私達は左から攻める。
なぜならデュラハンの破壊可能部位は頭なのだ。
これは最近判明した事実だ。
頭を破壊されたデュラハンは、盾と視界を同時に失い一気に弱体化する。
具体的には混乱と盲目になり、それが治らなくなるのだ。
闇雲に剣を振り回すだけになり、遠距離攻撃の良い的になる。
パキョッ!
スイカが割れるような音と共に、ついにデュラハンの頭が砕けた。
その後は戦闘と呼べるようなものではない。
最後にはギアのボディプレスによってデュラハンは粉砕されてしまった。
リンクスを倒した強者とは思えぬ最後である。
パチパチパチ
「いや、すごいですね! 本当に中ボスを倒してしまうとは!」
ケイルが大興奮で近付いてくる。
主人も単独討伐ドロップを手に入れたようだ。
ふむ、これでようやく本命の深層、ピラミッドへ行くことができるわけか。
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「さすがにギアは入れないか。戻れギア。コール フェイ」
この先は我々も行った事が無い。
罠を警戒した主人の人選はフェイだった。
彼女なら小回りが利くし斥候役もこなせる。
「よし、回復も完了。行きましょう」
「いよいよピラミッドですね」
さて、目当てのマミーはすぐに出るのだろうか。
護衛対象がいる以上、あまり先へは進めないと思うのだが。
「中々の品質ですね」
「流石ですね。俺には同じようにしか見えませんよ」
ピラミッドに入ると早速ランク2のモンスターのお出迎えがあった。
ゾンビの上位種『レブナント』、ゴーストの上位種『レイス』、スケルトンの上位種『ナイト・スケルトン』などだ。
レブナントは盗賊、ナイト・スケルトンが騎士の様な格好だったのは、地下2階の物語をイメージしているのかもしれない。
彼らのドロップは、正直低位のモンスターの物と区別が付かなかった。
しかし、ケイルによると明らかに高品質なのだそうだ。
この辺りは流石の鑑定能力といえる。
トラップについても相変わらずだ。
フェイが突然床に魔法を撃ち込んだので、何かと思うとそこの床が抜けたのだ。
中を覗き込むと蛇やサソリがウジャウジャいた。
一応脱出路はあるようだが、落ちたら悲惨な目に会う事は間違いない。
「お?」
「これは……」
どうやらお目当ての相手が現れる様だ。
踏み込んだ部屋の壁には幾つもの石棺があったのだ。
地下一階と同じ原理だとすると……。
ゴゴゴゴ……
ギギィ……
予想通り、石棺からは白い包帯を巻いたミイラ『マミー』が現れた。
パワーはありそうだが動きは鈍い。
やりやすい相手だ。
ザシュ!
ボフッ
マミーは倒されると砂の様に崩れ、やがて消える。
複数に壁際に追い詰められぬよう気をつければ、さして苦戦はしなかった。
部屋のマミーは一掃された。
「よし、『マミー・パウダー』を手に入れましたよ」
「……」
「9体も出てくれるとはラッキーでしたね。かなりの数がドロップしましたよ」
「……」
「あの、どうしました?」
「ん? ああ、すいません。ちょっとマミー・パウダーってのがね……」
マミーの死にざまを見る限り、マミー・パウダーというのは腐肉のマミーバージョンなのだろう。
データによるとかつてリアルの世界でも、ミイラの粉末を薬として扱っていた時代があるらしい。
しかし、主人が考えたのは別の事だった。
昔、ミイラが発掘される国ではミイラを薬として扱っていたことがあるそうだ。
墓荒らしは装飾品だけでなく、死者まで食い物にしていたようだ。
さすがに現在は聞かないようだが、別の国ではたびたび食人が問題になっているらしい。
科学文明の現代でも迷信というものはなかなか無くならない。
そして科学的根拠は無いのに『薬』と信じる者がいると、需要が出てしまうことがある。
例えばサイの角が薬になるとして、サイが絶滅寸前まで狩られている。
いくら取り締まっても密猟は無くならない。
そういった物の1つに『人肉カプセル』というものがあるそうだ。
その名の通り、人肉(主に堕胎した赤子など)を粉末にしてカプセルに詰めた物。
これも薬として飲むらしい。
一種の文化らしく、未だに製造者や使用者が摘発されることがあるそうだ。
主人はマミー・パウダーを見て、その事を思い出していたのだ。
「こんなもん薬にして飲むなんて理解不能ですよ」
「まあ、確かに。ゲームでも人食は基本タブーですからね」
「ま、それはそうと、数はどうです?」
「十分です。これ以上は負担も大きそうですし帰りましょう」
これで任務は完了。
儀式場の転移陣で脱出することになった。
「今回は助かりました。今度は指名で依頼しますね」
この後も主人は頻繁に彼の依頼を受ける事になる。
その付き合いによって、主人は新製品や新技術を早期の段階で知ることができるようになる。
ケイルの代名詞となるマジックオーブもその一つだ。
かつて主人は言っていた。
悪魔が戦闘以外に適性が無いなら優れた職人を見つければよい、と。
偶然か必然か、この第2エリアでは多くの優秀な職人たちと出会う事になった。
そして、彼らは間違いなく主人が最強と言われた要因の一つであった。
思ったより長くなってしまった。
作中で某国を悪しざまに言う表現が出ますが、別に反〇思想という訳ではありません。
まあ、好きじゃないのは確かですが。