人気の無いダンジョン
さて、目的地の『地下墓地』だが、主人が行くのは2回目である。
発見直後の偵察依頼の募集に志願し、中層の中ボス直前まで潜ったのだ。
内部は手間のかかる仕掛けが多く、さっさと進みたい者にとっては非常に好ましくない構造となっている。
最近になって、ようやく中ボス『デュラハン』が討伐され、深層に進む者が現れたようだ。
僅かに出回ったというマミーの素材も彼らによるものだろう。
ともあれ、ケイルにとって幸運な事に主人は中層までの仕掛けを知っているのだ。
手間がかかるのは事実だが、迷う事は無い。
地下墓地の周りも広い墓地になっており、予行練習の様にゾンビがうろついている。
とはいえ、それほど攻撃的ではなく、近付かなければフラフラしているだけだ。
「……では、上層の敵はほとんどがランク1ということですか」
「そうです。ただし、数はかなり多い。武器の質によっては予備を持っていかないと、耐久度が持たないほどです」
「矢が足りないかもしれませんね……」
「それは大丈夫です。ゾンビ程度なら100体がかりでも彼らの敵ではないので」
そう言って私とリンクスを紹介する主人。
私は通常モンスターだった頃からゾンビなど敵ではなかった。
ランクアップしたリンクスとてそれは同じだ。
同格のランク2モンスターが現れる中層までなら、万が一の不覚も無いだろう。
--------------------------
『地下墓地』地下1階。
そこは広大な共同墓地である。
入り口からまっすぐ進む事しばらく、正面に巨大な門が見えてきた。
これは別に鍵がかかっている訳ではない。
「グググ……、ハァ、案の定開きませんか」
「ええ、これを使うんです」
主人が指さしたのは開閉装置だ。
ただし、このままでは使えない。
「ここにレバーをさして動かすんです」
「なるほど。ではそのレバーはどこに?」
「このフロアのどこかです」
「は?」
これがこのダンジョンの忌み嫌われる原因である。
地下1階には1000近い棺桶が存在し、ランダムで数百からゾンビが飛び出してくる。
女性や子供には厳しいシチュエーションだ。
しかも肝心のレバーは、ゾンビが飛び出した棺桶にランダムに入っている。
出現するモンスターはゾンビとウィスプと雑魚だが、尋常ではなく手間がかかるのだ。
「それは、また……」
「ショートカットは無し。せいぜい人数を揃える位かな。じゃあ、さっさと行きましょう」
時間が惜しいとばかりに先を促す主人。
二手に分かれ主人は1人で、ケイルとリンクスと私は組になってレバーを探す。
運が良ければすぐ見つかるのだが……。
バガン!
バギン!
〈オオオオォォォォォ……〉
〈アアアアァァァァ……〉
棺桶の木材が飛び散り、うめき声をあげながらゾンビが這い出す。
最初はそのリアルホラーに腰が引けていたケイルだが、いい加減慣れてきたようだ。
ゾンビが殲滅された部屋を見て回りレバーを探している。
ゾンビの素材も一応回収してはいるようだ。
腐肉を何に使うのかは想像もできないが。
トン ザシュ!
天井付近を浮遊するウィスプを、リンクスが壁を蹴って跳躍し引き裂く。
さすがネコタイプモンスターは身軽である。
閉鎖空間における立体機動には目を見張るものがある。
最初は弓で援護していたケイルも既に任せきりになっている。
「おや?」
レバーを探していたケイルが突然動きを止める。
どうやらパーティメッセージが届いたようだ。
ということは、主人がレバーを見つけたのだろう。
2組で捜索したにしては早い方である。
門の前に戻ると主人はすでにレバーを装置にさし込んでいた。
グイとレバーが引かれ巨大な門が軋みを上げて開いていく。
「いやー、面倒でしたね」
「いや、先はこんなもんじゃないですよ……」
ケイルが冗談めかして話しかけるが、先を知る主人は笑えない。
次のフロアは前回3人の犠牲者が出たのだ。
依頼を受ける時、主人はケイルに戦えるかを聞いた。
それは地下2階を考えての事だったのだから。
---------------------
地下2階。
そこは寺院や聖堂の様な構造のフロアだ。
満ちる空気も清浄で、使い魔でなければ私も気分が悪くなっていただろう。
壁にはステンドグラスで物語が描かれているのが特徴だ。
「モンスターの気配がしませんね」
「今のところは、ですけどね……」
「それにこのステンドグラス、何かのヒントですか?」
「ご名答。まあ、解読するには書庫に行く必要がありますけどね」
尤もすでに答えを知っている以上、書庫に行く必要は無い。
宝箱を回収しながら、主人はケイルにステンドグラスの物語を聞かせる。
その内容はこのダンジョンの成り立ちであった。
「かつてこの地には王国があった。王族の墓として巨大なピラミッドが建築され、多くの財宝が王族と従者の遺体と共に葬られた。このダンジョンの後半部分はピラミッドなんでしょうね」
「なるほど、だからマミーですか。それが入り口辺りに描かれていた部分ですね」
「しかし、ある時天災が起き、大地が割れ、ピラミッドは地中に埋もれてしまった。国王は深い縦穴を掘らせ、どうにかピラミッドの頂上を掘りあてた」
「ふむ、新しいピラミッドは建てなかった、と」
「ピラミッドの頂上に入り口を作り、その上に儀式場を建築。さらに地上部分には聖堂を建てた。それが今いるフロアの事。ちなみに儀式場に中ボスがいる訳です」
「それがこの部分ですか。となると、また事件が起きた訳ですね」
「ある時、邪悪な魔術師が率いる盗賊団がピラミッドに侵入。王国の騎士団はそれを迎撃、地の底で激しい戦いが行われた。しかし、その時、再び天災が起き儀式場に続く階層が崩落、盗賊団と騎士団はピラミッドもろとも生き埋めとなった」
「なるほど。それで地上に在ったはずのこの聖堂も地下にあるんですね」
「その後、国が再びピラミッドを掘りあてると内部から大量のアンデッドが湧き出してきた。再び埋める事も出来ず撤退したが、アンデッド達は聖堂の門より外には出る事が出来なかった。そこで国は聖なる像を鍵とした封印結界を門にかけ、ピラミッドを封印した、と」
「では、封印を解かないと先には進めないのですね」
「そう。聖なる像を動かすと封印は解けるって訳です。ちなみに、その後は共同墓地が上に作られたけどピラミッドから漏れる邪気によりアンデッドが発生し出したから放棄って設定みたいですね」
「像のある場所は流石に固定ですか。それを差し引いても面倒ですね」
説明が済む頃、ようやく像のある祭壇にたどり着いた。
迷路のような聖堂を抜け、ホッとするケイル。
しかし、私達は知っている。
ここからが本番であると。
「じゃあ、一気に突破したいんでリンクスに乗って下さい」
「え? どういう……」
返答を待たず像を台座からどかす主人。
次の瞬間、清浄な気に満たされ静寂に包まれていたフロアの雰囲気が一変する。
封印が解かれたこのフロアの真の姿。
アンデッドのモンスターハウスである。
〈〈〈〈ウオオオオオン……〉〉〉〉
〈〈〈オアアアア……〉〉〉
そこら中から聞こえてくる亡者の呻き声。
フロアを満たす邪悪な雰囲気。
封印が解ければこうなる事くらい察するべきであった。
しかし、初めてきた時は、謎を解いた事に興奮したメンバーが先走り、全員が集合する前に封印を解いてしまったのだ。
結果、まだ集まっていなかった3人が、モンスターの溢れかえったフロアで孤立してしまったのだ。
「行きますよ!」
「りょ、了解です!」
フォーメーションは主人が先頭、リンクスに乗ったケイルが中央、最後尾が私。
ゾンビにスケルトン、ウィスプにゴースト、動物のアンデッドまで押し寄せてくる。
単体では雑魚ばかりだが、少しでも足を止めれば物量で圧殺されてしまうだろう。
まさにリアルホラー映画である。
「……」
さすがにショックが大きいのかケイルは一言も話さない。
主人も最初に来た時はあまりのグロさに辟易していた。
特殊な趣味の者たち以外、好んでこのダンジョンに来る者がいないわけである。
猛スピードで聖堂を駆け抜け、門を目指す。
この門はモンスターにとっては進入不能の壁なので、通ってしまえばアンデッドの濁流といえど追っては来れない。
最初見たときの清浄な雰囲気など欠片も残らず、地獄の入り口の様になってしまった門に駆け込んでいく。
背後ではアンデッド達が不服そうに唸り声を上げていた。
--------------------
「いやはや、とんでもないですね……」
「しかも質的には雑魚ばっかり。大したドロップがあるわけでもなし。敬遠される訳でしょう?」
階段を下りた先は中層。
下水道の様な場所だ。
「ここはどういう場所なんです?」
「浄水施設ってやつですね。機能停止した聖水生成装置を起動させないと進めないんです」
そう言って淀んだ水に目を向ける主人。
下の階に行くにはこの水路を進んで行く必要がある。
だが、この穢れた水には長時間入っている事が出来ないのだ。
よって、ギミックを操作し水を浄化する必要がある。
人気の無いダンジョンは中層に入っても相変わらずであった。
「さ、行きましょう。ここを過ぎればデュラハンです」
本格攻略を書くと結構長いなあ……。
それなりに簡略化してはいるんですが。
一応、次で地下墓地は終了の予定です。