研究者
第2エリアには特殊なイベントも満載であった。
例えば主人は悪魔の転生イベントを発見した。
この情報の公開によって犯罪プレイヤーの一部は更生したらしい。
さらに大規模イベント『死神の襲撃』のフラグとなった。
この大イベントは職人プレイヤーの重要性を知らしめる事になる。
さらに数頼み、力任せでは行き詰るという事の証明にもなった。
あらゆる意味で第3サーバーのプレイヤーの意識に影響を与えたイベントであった。
主人もこのイベントのために飛行系従魔ベルクを従え、イベントの最後にはリーパーの指揮官を従えてしまった。
死神プルートの参入は主人にとっても予想外の幸運と言えるだろう。
さて、このイベントで主人が手に入れた鍛冶セット。
これを競り落としたのは馴染みの職人ケイルであった。
同じ生産職でも武器防具をメインに作成する『工房』のガノンとは違い、彼はマジックアイテムを生産する職人であった。
それなりに鍛冶スキルは持っていたようだが、むしろ錬金や調合、魔法付与などのスキルがメインの職人だ。
具体的には鉱石からインゴットを作成したり、素材を別の素材に変換する作業などが上げられる。
例えばダマスカス。
これは堅いが脆い『硬鋼』と強度は劣るが柔軟な『軟鋼』を積層し作成される『ウーツ鋼』がメイン素材となる。
もちろん鉄以外にもいろいろな素材がサブで必要になり、鍛造時に使う魔法油なんて物も必要だ。
他には冒険の必需品ポーション。
低位の物は薬草と水などで作成できるが、高位の物は魔物素材や魔法薬を使い、練成の産物を材料にまた練成を行い……と非常に手間がかかる。
その分効果は絶大で店に並べば飛ぶように売れる代物だ。
第2エリアでは戦闘職に見切りをつけたプレイヤーも多い。
彼らは大半が職人となり、職人人口の増加は苛烈な競争を生む。
皆が少しでも高品質の物を大量に作ろうと躍起になったのだ。
そんな中少数の、しかも有力な職人は違う方法で客を集めようとした。
それはオリジナリティ。
彼らは自分の店でしか扱っていない、オンリー商品を作成しようとしたのだ。
ケイルもその一人であった。
主人がケイルに出会ったのは、主人がガノン達に目をつけられた直後のころだ。
ケイルはオリジナルアイテムの『マジックオーブ』を研究中であり、様々な素材を欲していた。
ベースは市販の『召喚オーブ』であり、そこにモンスターではなく魔法を封じ込めようと考えたそうだ。
とはいえ、全ては手探りであり後に成功を収めた彼は非常に珍しいケースであったと言えるだろう。
道半ばで挫折したプレイヤーの方が圧倒的に多かったのだから。
2人の出会いはそれほど特殊なものではなかった。
極ありふれた依頼者と受注者の関係だ。
しかし、主人には優秀な職人のサポートが必須であり、ケイルは非常に優秀であった。
不本意ではあったがガノンとの縁ができた以上、装備に関する心配は無くなった。
別の意味での心配は満載ではあったが。
消耗品作成や素材、アイテムの鑑定が得意なケイルは、やはり縁を結んでおきたい人物だ。
しかし、優秀な職人の宿命なのだろうか? ケイルも奴らほど突き抜けてはいないが変わり者ではあった。
ガノンは完全なクレイジータイプだったが、ケイルは学者、研究者といったタイプだったのだ。
普通なら取っ付き難い相手だが、主人はリアルで教授や先輩がこのタイプだったので慣れがあった。
しかし、当初はやはり暴走を警戒し少し距離を置いていたようだ。
結局その流れでケイルを名前ではなく、オーブ屋と呼んでいた訳である。
あだ名だと考えれば、2人はそれなりに親密な関係であったと言えるだろう。
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「『新アイテムの開発の補佐。素材の採集』ね……」
クエストボードに張られた依頼書は特に目立つ内容ではなかった。
しかし、主人は『新アイテム』という部分に興味を持ち依頼を受けることにした。
素材採集なら新調した装備の馴らしにちょうど良いという判断もあったのだろう。
ミスリル製に強化された槍杖、ダマスカスに強化された毒短剣、ミスリル製のチェインメイルに中ボス素材のコート、どれもガノン達が鍛えた一級品である。
ちなみに対価として理不尽な実験に付き合わされたのはいつもの事だった。
「ここ、だよな?」
依頼者の住所に到着した主人が戸惑ってしまう。
なんと、依頼者は自分の店を持っていたのだ。
依頼者名はギルド名やパーティ名ではなく個人。
この時点で個人で自宅持ちなど一体何人いるだろうか?
相手は相当稼いでいる有力な職人と言う事になる。
「どうも、お待ちしていましたよ。私がケイルです」
「依頼を受けたフィオです。自分の店を持ってるなんてすごいですね」
「ええ、私は錬金、特に調合や鑑定をメインにやっているんです。新しいポーションは大人気ですからね。鉱石の練成やインゴット作成は齧った程度です」
「なるほど。じゃあ、この新アイテムというのも新しい薬なんですか?」
「いえ、これを参考にしたマジックアイテムを作ろうかと」
「召喚のオーブ? 新しいオーブを作るんですか?」
「ええ、具体的には……」
出会ったばかり故に距離感のある口調で話す2人。
しかし、この時主人は実はホッとしていた。
ガノン達の様な相手だったら逃げようと本気で考えていたそうだ。
幸いケイルはどこか胡散臭い感じはしたものの、よく知ったタイプの相手であった。
やはり彼らが特殊だったのだろう。
「……というわけで、色々なモンスターの素材を加えているところなんです。で、できれば自分でも採集に同行したいので護衛が必要になった訳です」
「ふむ、その肝心の場所というのは?」
「最近発見された『地下墓地』です」
「ああ、あそこですか……」
主人も何度か行った事のある場所だ。
アンデッドモンスターの巣窟なのでプレイヤーの人気はいま一つだ。
いかんせん、グロい。
リアルなVRゲームゆえにゾンビやゴーストは苦手な人には鬼門なのだ。
主人は初期からアンデッド相手に暴れまわっていたが、女性や年少のプレイヤーには刺激が強いだろう。
私が恐れられる理由の一つも、赤い骸骨という刺激的な見た目なのだから。
加えて低位のアンデッドはドロップアイテムの質が悪い。
ボロイ武器防具や腐った肉などが大半だ。
骨などは錬金に使えるらしいが、それでも実入りは少ないだろう。
人気が無くても仕方がないと言える。
「実は最近僅かですが『マミー』の素材が出回った事がありまして」
「ほう、マミーですか」
主人は中ボス『デュラハン』と戦った事がある。
しかし、そこまででマミーは出現していない。
つまり地下墓地の中層、下手をすると深層に行く必要があるという訳だ。
ここで問題になるのは
「失礼ですが貴方の戦闘能力は?」
「さすがに戦闘職には劣りますね。でもホビットですから弓や短剣はある程度使えます」
「スケルトンは?」
「1対1なら」
考え込む主人。
主人が先頭、私が殿、中央のケイルをリンクスかハウルがガード。
この辺が妥当なところだろう。
おそらく主人も同じ考えのはずだ。
問題はマミーの出る階層に行った事がないという事。
情報不足のリスク。
出した答えは。
「解りました。行きましょう」
今度はオーブ屋ことケイルのエピソード。
次回スルーしてきた、ダンジョン攻略話となります。
正規のダンジョンなので1話丸々使おうと思い分けました。
ミスリル鉱床は正規のダンジョンじゃなかったのでボスはいませんでした。