廃坑探索
「えーと、あれ? 依頼受けたのは俺だけなのかな?」
怪訝そうに周囲を見渡す主人。
通常護衛任務とは護衛対象とほぼ同じ人数が必要だ。
個人の強さは別問題として、単純に手が回らないからだ。
依頼主達の人数は明記されていなかったが1人2人と言う事は無いだろう。
依頼書では報酬にミスリル鉱石を匂わせていた。
ミスリル不足の現状では受注者が溢れていてもいいはずなのだ。
主人も正直、嫌な予感を感じているはずだ。
良く考えてみれば、我々が第2エリアに来たのはごく最近。
この依頼が何時から出されているのか知らないのだ。
もしかすると非常に困難な依頼で、何度も失敗しているのかもしれない。
主人の顔は険しい。
危機察知センサーが最大限の警報を鳴らしているのだ。
違約金を取られてでも降りるべきか? とか考えているに違いない。
しかし、無情にもタイムアップになってしまった。
「おう、待たせたな!」
主人にとって相棒とも怨敵とも言える複雑な立場になる男。
狂気と非常識を足して好奇心で割ったような職人。
ハイ・ドワーフのガノンは軽快な声で登場した。
その眼に宿るナニカを察して警戒する主人。
それを詐欺師顔負けの話術で懐柔しようとするガノン。
この時点では知る由もなかったが、ガノン達は今まで何度も様々な依頼を出していたそうだ。
しかし、その度にぶっ飛んだ行動でトラブルを起こし、今では一部の強者以外は受けようとしないらしい。
「あー、これで全員ですか?」
「そんな堅苦しい話し方するなよ。俺を含めて10人。これで全員だ」
「いや、そうじゃなくて、護衛は……」
「いやー、ようやく依頼を受けてくれる人が現れたな!」
「しかも腕利きなんだろ?」
「ついてるなー」
「この前なんて人数ばっかだったもんな」
「ああ。あのヘタレどもが」
どうやら護衛は我々だけのようだ。
いや、私はいまだ影の中。
つまり、こいつらは主人1人に10人を守らせるつもりなのだ。
正気の沙汰ではない。
結局その時点では彼らの悪行を知らないことが災いして、主人は彼らを受け入れてしまった。
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廃坑の中はぼんやりと明かりが灯っていた。
隊列は先頭が主人で最後尾が私、遊撃がフェイである。
夜目の利く主人もアンデッドの私も闇には強い。
しかし、10人の職人はそうもいかない。
迅速に進むには明かりは必須だ。
だというのに
「おお、ヒカリゴケか!」
「何かに使えるかな?」
「よし、採ろうぜ」
「ちょ、あんたら! 根こそぎ取ったら明かりが無くなるだろ!」
主人が必死に止める。
命が惜しくないのだろうか?
「お、横道だ行ってみようぜ」
「ミスリルちゃーん」
「あ、おい、バラけるなよ!」
「お、こっちは何があるかな?」
完全に遠足の幼児と引率の先生である。
さらに
「うおおおおおお! ヘループ!」
「うぇ!? トレインするんじゃねえ!」
無数のクモやムカデのモンスターを引っ張ってくる者も。
確かにこれでは誰も受けたがらなくなるだろう。
襲い来るモンスターを切り捨てながら、私でさえそう考えてしまう。
「てめえら、並べ! 勝手に動くな! 大人しくしてろ!」
「おう、まかせろ!」
「いやー、あんた強いな~」
ついに我慢の限界を迎える主人。
口調が何時になく荒っぽい。
しかし、職人共もこたえない。
本当に反省しているのだろうか?
ともあれ職人たちは大分落ち着いた。
もしかすると、あえて暴れて主人の器や力量を測っていたのだろうか?
……そんな事を考えたこともあった。
今だから断言できるが、あれは彼らの素であった。
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「よっと」
「よし、俺で最後だな」
地下水の溜まった広い部屋をゴンドラで横切る。
水の中にはモンスターの影が見える。
落ちると餌食になるのだろう。
さすがに職人たちも静かにしている。
通路が崩落し、レールだけが残っている場所。
近くに転がっていたトロッコ車を修理して使えるようにしたのは見事であった。
性格はともかく腕は良いようだ。
トロッコは3人乗りなので、まず私と職人2人が乗る。
到着したらトロッコを送り返し、次は職人が3人乗ってくる。
ゴンドラでもそうだったが、乗っている間の襲撃は無いようだった。
念のためフェイが付き添っているが杞憂だろう。
最後に主人が2人の職人と共に渡りきり、全員が揃った。
「いかにもって感じだな」
「ああ、見ろ。この壁は銀を含んでいるぞ」
「じゃあ、この下が終点の鉱脈か」
職人たちの顔が真面目になっている。
終点は鉱脈であり魔力溜まりである。
ボスはいないはずだがユニークモンスターがいる可能性は高い。
ここは慎重に行動してもらいたいものだ。
「おお……」
「すげえ……」
「これ全部ミスリルか……」
蒼銀に輝く広大なフロア。
最深部は1つのフロアが丸ごと採掘場となっていた。
そそり立つ石柱も全てミスリル鉱石だ。
ここが認知されれば現在の需要を完全に満たせるだろう。
「うおおおおっし、掘るぞー!」
「「「おう!」」」
「おい、待て! まずは安全確認を……」
主人が慌てて止めようとする。
しかし、火の着いた彼らは止まらない。
辺りに採掘音が響きわたる。
〈キュッ!〉
「! チッ、出たか!」
リーフの探知に引っかかったのだろう、主人が天井を見上げる。
私も天井を見上げる。
そこには体長10mはあろうかという巨大ムカデが張り付いていた。
おそらく途中に出てきたオオムカデのユニーク個体なのだろう。
「『アンク・ヘッグ』か。でかいな……」
奴はアンク・ヘッグというらしい。
ボスではないようだが第2エリアのユニークモンスターだ。
弱いはずがない。
「おい、敵がいるぞ! 一カ所に集まって……」
「まかせる!」
「は?」
「あんたに任せる! なんとかしてくれ!」
「ヒャハー、出る出る!」
「うおおお! 稼ぎ時だー!」
ムカデを片付けた後ゆっくり掘ればいいものを……。
暴走した職人たちは聞く耳を持たないようだ。
私も武器を構えアンク・ヘッグの動きに注意する。
ズズン!
〈キチキチキチ〉
「おい、そっち行ったぞ!」
「掘れ掘れ掘れぇ!」
「くそ、聞いちゃいないな!」
強引に割って入る主人。
正面から受け止めるのは主人の戦闘スタイルではない。
しかし、10人を守りながらだと、どうしても身を盾にする必要がある。
職人たちを狙うアンク・ヘッグとそれを阻止する主人。
無防備な側面から私とフェイは襲いかかった。
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約20分ほどでアンク・ヘッグは力尽きた。
毒や溶解液を吐き出す強敵だったが、それでも普段ならここまで苦戦はしなかっただろう。
苦戦の原因たちは今、主人の前で全員が正座している。
主人の顔は完全に鬼と化している。
私でも寒気がするような殺気だ。
「てめえら……いい加減にしとけよ?」
「まあまあ、結果オーライって事で……」
「ああん!?」
「あー、その、すまん……」
PK上等、レッド上等のキラーモード。
さすがの彼らも下手なことは言えないようだ。
ちなみに私は逃亡を阻止するために入り口に陣取っている。
結局リーダーのガノンが怒れる主人と交渉し、賠償する事になった。
報酬のミスリル鉱石の他に、サービスで装備の強化を行うのが賠償内容である。
確かにこいつらの腕は良い。
妥当な線であろう。
数日後、主人はガノンの元を訪ねていた。
賠償のサービスを受ける為である。
まずは無料で私の盾をミスリルで強化し、おまけで大量に在庫のある鉄鉱石でギアを強化した。
アイアンゴーレムとなったギアは凄まじい迫力だ。
「ふーむ、なるほどなぁ……」
「どうだ? できるか?」
主人は通常の仕事として、槍杖のミスリルによる強化をガノンに依頼した。
槍杖の材質はトレントの素材、つまりは木製だ。
金属製に強化するには相応の技術が必要らしいのだ。
ガノンは先程から槍杖を見て色々考えている。
「ふむ、何とかなりそうだな」
「そうか、そりゃ良かった」
「しかし、面白い武器だな。槍と杖か。ハルバードやバスタードソードなんかは有名だけどな」
「俺も自分以外じゃ見たことないしな」
結局、槍杖はこれ以降発見されず、職人たちはこぞって主人の槍杖を調べようとする事になる。
他のサーバーでは手に入ったは良いが、この第2エリアにおける最初の強化に失敗し失われてしまったそうだ。
このガノンという男はやはり只者ではないのだろう。
人格に問題はあるが。
「で、どうやってミスリル製にするんだ?」
「簡単に言うとだ、木の素材に溶かしたミスリルを染み込ませるんだよ」
「……燃えないか?」
「その辺は腕だな」
そしてガノンは宣言通り強化を成功させる。
最終形態たる『竜槍杖セルピヌス』を彼が生み出す事は、この時決まった運命だったのかもしれない。
「じゃあ、俺は行くぞ」
「おう、また依頼受けてくれよ」
「……内容によるな」
この後ガノンは職人ギルド『工房』を立ち上げギルドマスターとなる。
イベント『死神の襲撃』でも活躍する有力ギルドである。
主人はあれこれ揉めながらも、工房のお得意の一人となっていく。
本人は否定するだろうが、主人にとってガノンは紛れもない相棒となっていくのだ。
設定では徐々に狂って行ったはずの職人たち。
これじゃ最初から変人だったみたいだ……。