目覚める自我
切る、斬る、伐る。
腐肉を滴らせたゾンビを、ゾンビを喰らうグールを、そして同じスケルトンを。
初めはギリギリだった相手も次第に敵ではなくなっていく。
それでも私は名も無きスケルトンだった。
私は運が良かったのだろう。
ゴーストは同じアンデッドに対してはノンアクティブだが、森にはアクティブの強敵が他にもいる。
まずは自分と同じスケルトン、最悪なのはシャドウウルフだ。
だが、私はそういった強敵とはめったに遭遇せず、ゾンビやグールを仕留め続けた。
やがてスケルトンにも苦戦することは無くなり、まれに遭遇するシャドウウルフも斬り捨てた。
ある日森の僻地に居た私は、気まぐれで入り口付近に移動を開始した。
そこで出会ったのは一人のプレイヤーだった。
彼は強かった。
こちらの攻撃を防ぐのではなく逸らし、体勢を崩して攻撃を加える。
圧倒的な強者となったはずの私が、一撃を加えることもできず敗れ去った。
崩れ落ちた私は消滅するはずだった。
しかし、私は声を聞いた。
永遠の戦場、無限の闘争へと私を誘う声を。
私はその声に応えた。
深い眠りから覚めるように『自分』を認識した。
これまでの出来事は、まるで記録映像を見たように記憶にあった。
『ネクロス』それが私の名。
膨大なデータが、主人となったプレイヤーから流れ込んできたのを感じた。
不敵に笑う最強のプレイヤー。
この世界唯一の悪魔。
その日、私は悪魔に仕える剣となった。
主人は強者を探していたそうだ。
そして私は彼に認められたのだ。
彼の異常とも言えるプレイヤースキルは身に染みている。
驚いたのは、私自身もその恩恵を受け始めている事だ。
視野が広くなった。
細かい所に気が付くようになった。
そして知覚速度が上昇していた。
私は主人の指示で自分の力を示した。
相手は同じスケルトン3体、今までなら苦戦は必至だった。
しかし、体は流れるように動き、剣は疾風のように走り、あっさりと勝利を収めることができた。
主人は感心していたが、これは間違いなく主人の影響によるものだ。
いまだ自我を持たぬ妖精と蛇の同僚も、同じように影響を受けているのだろう。
実力を見せることはできたのだが、困った事になった。
使っていたブロンズの剣が折れてしまったのだ。
ゾンビくらいならともかく骨を斬れば剣は痛む。
主人は勘違いしていたようだが、我々モンスターの武器にも耐久度は存在するのだ。
通常であれば武器を失ったスケルトンは弱体化し、すぐに倒されてしまう。
しかし、私は倒したスケルトンの剣を奪う事で生き残ってきたのだ。
今回もスケルトンがドロップしたブロンズの剣を貰えればよかったのだが、主人は新しい剣を用意してくれるという。
確かに同じブロンズ製でも新品の方が長く持つ。
スケルトンドロップの武器を材料として、新品の武器を安く用意してくれるのだろう。
そう思っていた。
私は話せないスケルトンではあるが絶句してしまった。
主人はボスの素材を使い、低ランクとはいえ特殊能力持ちの装備を用意したのだ。
当然、私のためである。
さらに自分の装備を新調し、お古とはいえ十分に強力な(現時点ではだが)防具を私に装備させたのだ。
この時点で私は気づいた。
戦闘力に優れる個体を選び、惜しげもなく強力な装備を与える意図を。
彼は我々を使い捨ての駒ではなく、パーティメンバーとして扱うつもりなのだ。
アイテムの装備不能なバイトはともかく、フェイの装備についても考えていたので間違いはないだろう。
何とも奇妙な方だと正直思った。
もちろん好印象しか抱かなかったが。
それから私は主人と共に戦闘を重ねた。
ボスであるサハギンとも戦ったが、正直言って主人に比べて弱かった。
ましてや2対1なのだ。
負けるどころか苦戦もしない。
新しい装備の性能も素晴らしかった。
ボロの装備とはまるで違う。
私という剣が研ぎ直されたように感じた。
慢心は禁物だが、この辺の雑魚なら私一人でも余裕だろう。
実体の無いゴーストも、水属性の盾によるシールドバッシュで倒せるのだから。
次の目的地が見つからず主人は悩んでいた。
しかし、目に見えない様になっていただけで、気付きさえすればあっさり進めたようだ。
ちなみに、待機状態でも我々は周囲の状況をかなり正確に把握している。
そうでないと呼び出された時に即座に行動できないからだ。
よって、自分が召喚されていない時に起きた出来事も我々は知っている。
新しいフィールドの敵ははっきり言って弱かった。
主人もバイトを呼び出し戦闘経験を積ませているが、正直一方的すぎる。
まあ、熱探知によって隠れた敵も正確に発見するのは流石と言える。
私の知覚は現状では視覚が大半で、聴覚が僅かと言ったところだ。
高位のアンデッドは生命力を探知できるらしいのだが、私はまだそこまで達していない。
町にはプレイヤーやNPC達が溢れていた。
今まで拠点としていた隠れ里とは比べ物にならない規模だ。
ただ、プレイヤーの質はそこそこといったところだ。
主人よりは間違いなく弱いし、おそらく私よりも下だろう。
しかし、別に彼らの全員が戦闘職という訳ではないので『劣っている』と認識するのは間違いだろう。
主人が料理や調合にチャレンジした後、一人で遠くの空を見つめている事を我々は知っているのだ。
様々な任務を斡旋する施設『冒険者ギルド』。
これが主人の求めていた施設のようだ。
スキルを店で揃えようとすると、とにかく金がかかる。
主人もオークションを利用したりクエストをこなしたりと忙しい。
そんな時、ギルドに『WANTEDリスト』なる物が張り出された。
どうやら犯罪者プレイヤーに懸賞金がかけられたらしい。
このリストに載った者たちはペナルティが増え、討伐者には報酬が入る。
主人が彼らを狙わない理由は無かった。
まず主人は、PKを繰り返す特に凶悪な犯罪者プレイヤーであるレッドプレイヤー達を狩り始めた。
私も当然のように戦闘に参加し、対プレイヤー戦における技術を磨いていった。
だが、はっきり言って手ごたえが無い。
こんな序盤で他のプレイヤーを襲っても大した利益は無いだろうに。
何が目的でリスクを冒してまで犯罪プレイに走るのだろう?
それ自体が目的なのだろうか?
主人曰く、犯罪プレイヤーの横行は序盤のスタートダッシュを妨害するため、後半に行われるより性質が悪いという。
さらに序盤は防衛手段も乏しく、初心者ほど犠牲になっていく。
そして何度もPKされたプレイヤーはやる気を失ってしまう。
そういった訳で、今、早急に犯罪者プレイヤーを駆除することには大きな意義があるのだそうだ。
なるほど、と感心してしまう。
主人の目が$に見えたのは気のせいなのだろう。
運営がかけた懸賞金もそこそこだが、やがて被害者たちも懸賞金を出し始める。
これが主人の言う彼らなりの防衛手段なのだろう。
賞金額のアップにより犯罪者たちは次第に狩られる側へと追いやられ、数を減らしていった。
割に合わないと感じ始めたようだ。
主人によって1日に3回討伐されたレッドプレイヤーなど、口から見えない何かを吐き出しているようだった。
あれが魂というモノだったのだろうか?
もっと良く観察しておけばよかったと思う。
そうやって犯罪者狩りの急先鋒になった主人は、一気に有名人になった。
そして、ほぼ必ず同行している私もずいぶん有名になったようだ。
有名と言う割には主人が『フィオ』、私が『ネクロス』という名前である事は知られていないのだが。
どうやら主人は名前が売れて騒がれる事を避けているようだった。
当時は知らなかったが、主人の過去を知った今では無理もない事だと思う。
もっとも、他のプレイヤーとも次第に打ち解けていったのだから心配は無かった訳だが。
それにしても、大きい町は便利だ。
施設が揃っているので準備も楽だし早い。
他のプレイヤーの存在も、オーダーメイド装備やオークションを考えると利点と言える。
さらに、ここだけの施設『魔獣屋』で新たな仲間が加わる事になった。
従魔のリーフである。
サポート系の能力に秀でた彼(宝石の精霊のような存在なので性別は無いらしいが)は戦闘に特化した主人にピッタリの従魔と言える。
そうやって、我々は着実に強化されていった。
しかし、主人はうっかりやらかしてしまう。
第1エリアのボス攻略メンバー選考会。
そこで衝撃のデビューを飾ってしまったのだ。
あれだけ慎重に隠れていたのに台無しであった。
話せないけど色々考えているネクロスでした。
フィオの話もしっかり理解していたのです。




