和解
俺は渓流に蟹討伐に来ていた。
今日まで来る日も来る日も堕天使と虎狼コンビの相手ばかり。
もう奴らの顔は見たくない……。
たまには違う奴も倒そう。
そんな気分になったのだ。
幸いというか大ボスの素材は需要が高い。
持って帰れば欲しがる奴はいくらでもいる。
蟹は食材も落とすし、一石二鳥だ。
俺も装備しているわけだが、蟹素材はとても優秀だ。
硬いし軽いし、高温低温どちらにも強い。
唯一の弱点は雷だが、他の皮素材あたりを組み合わせればどうとでもなる。
ちなみに、俺はファイヤー・ドレイクの皮と鱗で補強している。
「む? 先客がいたか……」
ゾロゾロと引き返してくるプレイヤー達。
蟹は討伐された直後の様だ。
逆に勇んで発掘ポイントに向かうプレイヤーもいるが。
まあ、少し待てば直に出てくるからな。
一番奥に向かおうか。
渓流最奥の滝壷でネクロス、ギア、シザーを呼び出し少し待つ。
ついでに俺はギアを少し調べてみた。
実は先日、メンテナンスをするからと言って工房に1日預けさせられたのだ。
俺はあそこのリーダーの腕は信頼しているが、人間性は信用していない。
奴はブレーキの壊れた暴走車と同じだ。
一度アクセルを踏めば、自然に止まるかぶつかるかするまで止まらない。
まあ、要するに奴がまた俺に秘密で細工をした様な気がしてならないのだ。
前科がある以上これは偏見ではない。
むしろ俺の勘が「何かある」と囁いている。
しかし悲しいかな、俺には細工をされていてもはっきり言って解らない。
ただ、その時になって驚くだけだ。
理不尽だ……。
〈キュイキュイ〉
無駄だと思いつつもギアを調べていると、リーフが蟹のリポップを知らせてくれた。
目を向けると滝壷の水面が波打ち、キング・クラブが姿を現した。
蟹はこいつを倒せれば上級者と言われる、登竜門モンスターだ。
しかし、今回は反則的な手で行かせてもらう。
「一気に行くぞ! 『ロンギヌス』起動!」
竜槍杖がオーロラに包まれ、防御無効効果が発動する。
そう、防御無効。
硬さが売りの蟹にとって最悪の能力だ。
さらにこいつの甲羅には、耐久値が設定されていて破壊可能。
翼を広げて飛翔し、蟹の背後に回る。
そして容赦なく切り刻む。
「【ミーティアスラスト】!」
流星の様な連撃が甲羅をボロボロにしてしまう。
蟹が暴れ出したので一度上空に逃れる。
そして動きが止まった所で急降下、一撃を加える。
「【バスタースイング】!」
柄による打撃にも防御無効能力は有効だ。
突進の勢いも込めた一撃に、甲羅には亀裂が走り欠け落ちる。
さらに、脚やハサミも切りつけ機動力を奪っていく。
ロンギヌスが停止する頃には蟹は見るも無残な姿になっていた。
「悪いな。これも勝負だ」
俺の立ち回りを見学していた3体に指示を出し、一斉攻撃に出る。
称号の効果で俺自身のSTが上昇し、使い魔達もさらに強力になっている。
βテストの設定上ランクは5が最高らしいが、その限界も近い気がする。
突進をギアが真正面から受け止め、脚やハサミの関節をシザーが正確に切り落とす。
ヒビだらけの甲殻はネクロスの魔剣を防ぐ事ができない。
俺も甲殻の亀裂に刃を突きたてる。
機能は停止していても竜槍杖の攻撃力が落ちるわけではない。
ほどなくキング・クラブは力尽きた。
うむ、俺も成長したものだ。
最初はこいつの硬さに手も足も出なかったのだが。
「ほほう、『アクア・シェル』ね」
ソロドロップは、防御アクセサリのアクア・シェルという貝殻だった。
効果は、ある程度の防御力のある水の膜を球状に展開するというものだ。
バイトのアクア・ヴェールの変化形かな。
ふむ、ネックレスか何かにしてフェイにあげようかな。
さて、用も済んだし戻るとするか。
と、その前に見学者にも声をかけておこう。
「次どうぞ、って……」
「……ああ」
フィールドに入ってきたのは3人のプレイヤー。
見知った顔だ。
確か以前デュエルを挑んできた元オレンジ3人組だ。
「参考になったか?」
「そうだな……」
以前と様子が違うな。
目に敵意が無い。
「俺達も最終戦に参加する事になったよ」
「へえ」
「意外か?」
「いや、全然」
むしろ当然だろう。
こいつらは地力はあったのだ。
装備を見れば、あの時より遥かにスキルアップしているのも解る。
上位の装備がなじんでる雰囲気だ。
「そうか……」
「じゃあ、俺は行くぞ」
「ああ、試合ではよろしく頼む」
そう言ってその場を後にする。
最後にふりかえると、3人とも妙に吹っ切れた顔でこっちを見ていた。
ふむ、良い方向に落ち着いたみたいだな。
何よりだ。
同じサーバー同士でいがみ合っていても、試合で得な事は何も無いしな。
要らん事を考えていると、あいつらにとってもマイナスだ。
ひとまず丸く収まったのかな。
ようやく吹っ切れた3人でした。
彼らは悪い奴らじゃないんですよ。