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プロローグ~砂漠の王子は幼い頃の夢を見る

R5年2月1日。

冒頭部分を大きく改稿しました。

『よーい・・・それっ!』


 白銀の太陽が照りつける雲一つ無い空の下、最年長の少年の掛け声を合図に、四人の少年たちは川へ飛び込んだ。

 年齢はまちまちだが、四人が四人とも髪を側頭部で一本に結い上げている。

 幼少期にのみ許されるこの髪型は、ファラオの息子である証でもあった。


 今、王子達はメンフィス宮殿のすぐ傍を流れるナイル川で競泳をしている。

 対岸では彼らの姉妹たちが歓声を上げながら応援し、宮殿側の木陰では彼らの母親二人が侍女を従え、息子や娘達の楽しそうな姿を満足げに眺めていた。

 王子達の日に焼けた体が上げる水しぶきが、太陽の光に照らされて一層きらめく。

 早々に、長男のアメンヘルケプシェフが岸に泳ぎ着き、妹達に迎えられた。続いて、次男のラメセスが。そして、三男のプレヒルウォンメフも、もうすぐ岸に着きそうである。

 四男のカエムワセトだけが、まだスタートとゴールの中間あたりでばしゃばしゃともがいていた。

 彼は、最年少である事を差し引いたとしても、四人の中で水泳が最も下手だった。否。水泳だけでなく、彼は武芸全般の上達が遅かった。


 そもそも彼は齢七歳にして毎日神殿に入り浸り、ありとあらゆる書物を読み漁るほどの読書好きで、活動的な遊びよりも勉学を好むインドア派だった。そんな彼が、兄達に後れを取るのは当然のことである。

 しかし根が真面目な彼は、少しでも早く岸へ泳ぎ着こうと不細工なフォームで必死に水をかく。

 ここで不運が彼を襲った。足がつったのである。

 急に右足に走った痛みに驚いたカエムワセトは、元々半分おぼれているようなものだったところ、いよいよ本当に溺れだした。


 末弟の異変に気付き、いち早く助けに戻ったのが、岸に上がる寸前だった三男のプレヒルウォンメフだった。

 彼は、急いで弟の元に戻ると、もがく弟の腹の下に手を沿え、弟の身体を水面に持ち上げてやった。そして、自分が支えているから、そのまま泳げと指示する。

 『はい!』と必死の形相で答えた弟は、兄の助けを借りながら無我夢中で水をかいた。苦難の末、水を吐きながらやっとの思いで岸にたどり着く。

 兄妹姉達に迎えられた彼は、そこでようやく、隣に三男の姿が無い事に気付いた。


『あにうえ?』


 見渡すが、自分を支えてくれていた兄の姿はどこにもない。

 慌てた長男が川に飛び込み、木陰に座っていたネフェルタリ王妃が蒼白の相で立ち上がったのを目にした時、カエムワセトは事態を悟った。

 次男と妹達が、再び水面へ飛びこもうとするカエムワセトを抑える。

 第一王妃ネフェルタリの次男プレヒルウォンメフは、腹違いの弟の命と引き換えに、ナイルの藻に脚を絡みとられ、その輝かしい未来を失った。

 享年九歳。あまりにも悲劇的な最後だった。

 

 絶望的な思い出から、カエムワセトはゆっくりと覚醒する・・・。


―――――――――――――――――

「うわっ!?」


 覚醒した途端、馬から落ちた。

 横に流れた景色が反転したかと思うと、背中に強い衝撃を感じると共に、真っ青な空が目の前に広がった。


「器用な奴だな。馬に乗りながら眠るなんて」


 男の渋い笑い声が聞こえた。

 カエムワセトは背中の痛みに呻きながら、上体を起こした。水の中にいたと思っていたら、掌に伝わってきた感触はザラザラとした暑い砂だった。

 視界に現れた自分の下半身は、11年前の少年のものから、18を迎えた青年のものへと変わっていた。

 まだ半分寝ぼけていたカエムワセトは、そこでようやく夢を見ていたのだと気付いた。しかもそれは、辻褄の合わない陽炎のような夢ではなく、確かに自分の身に起きた、幼い頃の記憶だった。


「大丈夫ですか!?」


 若い女の声が聞こえ、自分の背中についた砂が払われるのを感じた。

 カエムワセトは「ごめん。大丈夫だ」と女に礼を言うと、顔を上げた。

 目の前には、砂の中からそびえ立つように、巨大な白い石壁が左右に大きく腕を広げていた。その中央には城壁よりも更に高いファラオ(国王)の立像に両脇を守られるように、城門ががぱりと口を開けている。

 門前からは、その奥に広がる賑やかな街並みが見えた。


「やっと着いたな」


 やや疲れた声で呟く。

 

「ぺル・ラムセス。一月(ひとつき)ぶりだ」


 カエムワセトは父の立像を見上げると、最北の都の名を口にした。



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