プロローグ
精霊暦0876年5月12日---
「僕は最強の剣士に、君は最強の魔道士に」
橙色に輝く夕陽が川伝いに広がる水面で反射して二人の少年の眼に映り込む。
小さな少年たちは互に腕を組み、両眼を持って見つめ合っていた。
その中の黄金色の髪をした容姿端麗な少年が黒髪の素朴な顔の少年に言葉を返す。
「互に行く場所は違えども、たどり着く境地は同じ、そしてこの腕に刻まれし罪深き烙印を、背負うべき罪を決して忘れる事なく生きていこう。そして俺たちのような子供がもう二度と出ないようなそんな世の中に変えていこう。今の俺たちにはそれだけの力がある。俺は魔法を、お前は剣を、いやリオン……お前なら---」
黄金色の髪を持つ少年が何かを言おうとした瞬間、川沿いにかけられた大きなつり梯子の上から大人の甲高い声が聞こえてきた。その声が同時に少年の声を掻き消してしまう。
「アルイス、行くぞ」
「は、はい!」
一瞬、背後に目をやってそういうと少年は再び視線を前にたつ少年に向ける。
「俺たち二人は一心同体、ここで離れてもいつかきっと出会えるさ、だから行くぞ? 別れも涙も無しだ。男ならコレでいい」
少年は微笑を浮かべながら拳を前に突き出して見せる。
「確かにそうだね。僕たちにはこれで十分だよ」
少年もまた前に拳を突き出した。
「じゃぁーな」
「うん」
その日、アルイス・グレイ・ファルバンとリオン・ファルシス・ルクラインの二人は拳を合わせ、見つめあいながら涙無き別れを果たした。
精霊樹暦0877年2月12日---
「おーい~リオン! 今から剣の稽古すっから君も付き合え」
「え? また僕ですか?」
大きな屋敷の一角でそう声が漏れるとすぐに黒髪の少年は寝転んでいた体を起こし声の方向へと向けた。声の先には芝生の床と大きな噴水が音を立てながら流れている。その声の主は噴水のすぐ脇で木刀を振り上げながらリオンの方を見ていた。
「なんでいつも僕なんです? ファイスさんには専属の剣の先生がついているじゃないですか」
「だって仕方ないじゃないか? 僕が武勲章第二剣等士昇格が決まって僕より階級が下の彼じゃー相手にならなくなってしまったのだから」
悲しげに額に手のひらをかざしながらそういうファイスにリオンはすぐに声を返した。
「待ってくださいよ。僕なんかまだ12歳でそれも第九剣等士『見習い』なんですよ? 第九剣等士から第一特殊剣等士まである中で僕はその最下位のポジションに立っているんですよ? そんな僕を第二剣等士の実力を持つ人が稽古の相手に選ぶのはおかしいと思います」
第二剣等士は国の軍事の中でも精鋭隊の部隊員になれるほどの実力者でないと与えられない階級であり、厳しい試験と実戦での経験が無ければその栄誉を得ることはできないのだ。
それを若干17歳で成し遂げたファイスは剣に関してだけで言えば、天才といっていいほどの腕の持ち主だった。周囲は彼に大きな関心と期待の眼差しを向けている。三年以内に第一剣等士にも昇格できるであろうと見込まれており、彼と稽古をしたがるものは既にごく僅かとなっていた。
「いいからいいから、君はただ僕の相手になってくれればいいんだよ」
「えぇ……」
「先輩の言うことを聞けないのか?」
「い、いぇ……そんな事はありませんが」
「なら決まりだな」
「はぁ……」
二人はそういって互いに歩き始めた。噴水の先を抜け、無数の芝生と雑草が入り混じる広い庭。周囲には何もなく少し離れた場所に大豪邸が佇んでいる。
「で、どうする? 聖剣、真剣、木刀、さぁーこの中で何を選ぶ? もちろん選べるのは一人ひとつだけだよ」
リオンは即答した。
「聖剣なんて気持ちの悪いものはいりません。真剣も今の僕には重過ぎる。ここはやっぱり木刀でお願いします」
「木刀か、でも遠慮はしないよ? 僕は真剣でいかせてもらう」
片手に持っていた三つの剣を一つは背後へ投げ、もう一つは腰に、木刀をリオンのほうへファイスは放るとすぐに鞘から鉄の剣を抜き出した。数度、空を切り裂くと準備よしっという風な表情を浮かべ、リオンもすぐに木刀を手に取り、身構えた。
「じゃー始めるよ」
「手加減100%でお願いします」
「それじゃーぬるい、80%で行かせてもらうよ」
「え?80%も力を抜いて……」
「誰が力を抜くと言った? 実力の80ってことだよ」
「……本気ですか」
「えぇ、本気も本気、楽しみですよ」
細い眉がさらに細まり、にやりと笑う男を見て、リオンは髪を軽く描いた。
(本気の顔だ……嫌だなぁーこういう戦い。本当この人に目をつけられてからずっと面倒ごとばかりだよ……)
リオンはさらに木刀を強く握った。同時にファイスが姿勢を低くして足場を一度蹴り上げた。同時に体が加速を始め、数秒もたたぬうちにリオンとの距離をつめる。すぐに無数の斬撃が空を切る音と共にリオンの体めがけて放たれた。それを体を翻し、紙一重の距離でよける。その間、リオンはあらゆる体の動作で不必要な行動を省いていた。それは呼吸も例外ではなかった。
「ぷはぁーあぶないなぁー普通によけてたらアウトだったね」
「おもしろい。やっぱり君は面白いよ」
一太刀を空に振り上げ、ファイスはその一太刀を振るう。
「っと、息を止めるのも疲れる。はじかせてもらいます」
「上等だ!」
振るわれた剣をリオンは舞うようにして木刀を操り、一振りの起動を地面へそらした。
「そう、これ、これだよ。僕があの時見た神がかり的な剣術と、血滾る緊張感、さぁー僕にもっと興奮を!」
(だめだ……この人戦いに入ると性格がSのほうへ傾きすぎて戦闘変態者になってる)
赤色の髪がなんども風になびき、腕が何度も振るわれる。
その瞬間、リオンの木刀が一太刀ファイスの首元に放たれた