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1話

文章の一部に残酷な描写が含まれます。ご注意の上でお読みください。

 勉強机の灯り一つの暗い部屋で今夜もパソコンにむかう。マウスポインターが無駄のない動きでフォルダの中にあるひとつのファイルを選択。数秒して文章作成ソフトが起動し、ウィンドウが最大化された。画面には書きかけの文章が映し出される。

 イスに座ったまま両手を挙げて一度軽く伸びをする。時計の秒針とパソコンの中で回る廃熱ファン静かな回転音しかしなかったところに、イスの背もたれが反ってギギッ、と鳴る。それからキーボードに手を移し、剣条裕也けんじょうゆうやはブラインドタッチで画面の中に文章を足していく。4畳半の彼の自室には時計の秒針とファンの回転音に加えてノートパソコンのキーボードを叩く単調な音がリズムよく響きはじめる。

『市街戦になる事を避けるために、アキラは振り向くと勢い良く駆け出す。

そのつもりでいた、そうなるはずだった。 しかし振り向いた正面には……』

 自分で物語をつくって書くことは裕也にとって中学生の頃からの日課になっている。現在高校2年生の彼はこれまでいくつかのジャンルの物語を書いてきたが、しかしまだその一つも完結したことがない。と言うのも、無気力と飽きっぽい性格から除々に話の軸が逸れていき、結果的に続けていた物語を途中で投げ出してしまう。

 今回初めてアクション主体の作品に挑戦したところとても調子がよく、今日も裕也がパソコンに熱中しだすと時間は瞬く間に流れていた。

 作業が始まってから裕也が初めて時計を見上げたこの時、すでに短針は深夜の2時を指していた。

 「そろそろ寝よ」

市営団地1号棟701号室の灯りは今夜も遅くに消えた。



 翌朝、裕也は悪夢によって飛び起きた。全身汗だくで肩で息をしている。起き上がってすぐに自身の左腕を触って確認する。ジャージの下には昨日までと変わらない感触がするし、左腕からは右手に掴まれた感覚もする。続けてジャージの袖をまくって確かめてみたが特に傷もない。最後に感触を確かめながら指先から肩までを調べるように見回してからちゃんと腕がついている事に安堵し、裕也は大きく息を吐いた。



 冷えきっていてどこまでも続く暗闇の中に裕也の乗ったままのベッドだけが置かれている。気づけば裕也はそこにいた。寒くて、不気味で、妙に現実感のある空間。早くここから出たいと思い周りを見回す。しかし闇の中で自身の手すらも見ることができない。出口を探そうと思ったが、そもそも出口があるのかどうかもはっきりしない。

 試しにアー、と声を出してみる。ここが密室なら反響する自分の声で、ある程度広さを推定することができるだろう。何度か大きさや長さを変えて声を出したが残念ながら声は反響しなかった。

 不意に微かな足音が聞こえてきた。その足音は一歩一歩大きく聞こえるようになり、やがて足音と同時に布同士が擦れる音も聞こえてきた。

逃げよう、そう思いベットの淵から両足を降ろすも、いつもなら床のある高さで床の代わりに触れたのは痛みを伴うほどの冷水だった。予想外の事に驚いて思わず足を引っ込めてつま先を手で触る。濡れていた。誤解ではなく確かに足に触れたのは水だと理解した。

 足音が大きくなる。焦りと恐怖で裕也の動悸は激しくなる中、四つんばいに近い格好になり床を探して今度は片足だけをより深く降ろすが、ふくらはぎが水に埋まっても床は無い。その深さを維持したままヨチヨチとベッドの周りを一周させるも触れるものは水だけだった。その間にも足音はますます大きくなる。いつの間にか裕也は短い呼吸の度に喉が鳴り、肩で息をしていた。

 「来るなっ、あっちいけ!」

 もう冷静ではいられずに足音のしてくる方向に向かって叫び、足で水を何度も蹴った。しかし足音が止まることはない。着実に一歩ずつ近づいてくる。

そしてとうとう暗闇の中で何かが裕也の眼前まで迫って、止まった。 



 いつもの安物ティーパックの紅茶とマーガリントースト、そしていつもの時刻。701号室の玄関扉に少々乱暴に鍵をかい、まだ眠ったままの体を無理やり動かして玄関前の廊下をエレベーターに向かって走る。寝癖なおしや制服のボタンなどは遅刻を免れるために今日も省いたため、耳と眉まで隠す長さの猫っ毛はボサボサ、学生服は第二ボタン1つをとめただけ、ベルトもただ腰を一周しているだけなのでバックルが振られていかにも安っぽい金属音がする。

 エレベーターのボタンに指をのばす直前にその扉が開いたことに驚いてたじろいだ。中から裕也よりも背が高いスーツを着た人が出てきたが、それを見知った顔なのか確認することもなくすれ違い閉めるボタンを連打。時刻はAM7:42。

 下がり始めたエレベーターの中で手櫛をかけつつ裕也は早くも今日の自分を振り返る。というのも目覚めてから今まで毎日続けてきたのとなるべく同じ行動をとってきたが、この概ね1時間ほどの間、どの行動にも表現のしようがない違和感を感じていた。原因を推測するが、しかしまだ体も頭も眠っている状態な上に悪夢の印象が強すぎて、結局不快感を全て悪夢のせいにして裕也はため息をついた。

 1階へ着くと同時に再び走り出し、棟の裏手にある駐輪場へむかう。登校時間の短縮のためだけに裕也は普段から自転車の鍵をかけない。駐輪場から自分の自転車を引っ張り出して前の籠に学生カバンを放ると裕也は力一杯のゆっくりとした立ち漕ぎを始める。裕也の自転車はギアが錆付いているため一番重いギアから下へ動かすことができない。

 団地の敷地から道路へ出た。新春の若干まだ肌寒い風が頬をかすめてようやく目が覚めてくる。あとは学校までの道を全速力でとばすだけだ。始業時間はAM8:00。時刻はAM7:44。普段登校には15分かかる。



連載はなるべく月1ペースで続けていくつもりです。

応援よろしくお願いします。

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