[7th night]
執務室に籠り、すぐには目を通す必要のない書類に没頭していると、振り子時計がきっちりと12回、音を鳴らした。
逸る心を抑える。
今朝聞こえた、押し殺したような嗚咽を思い出して、胸が締まった。彼女に強いた我慢を、どうやって取り除いていけばいいのかすら考え付かない。
執務室を出て、彼女を起こすため寝室へ向かう。
寝室の扉を開ければ、引かれたカーテンのために仄暗い室内で、真っ白なシーツに包まれた彼女が小さな身体を丸めていた。
愛しさに混じった哀しみを感じ、惹き付けられるように近付いた。
ベッドの縁に腰掛け、あどけない彼女の寝顔を覗きこみ、柔らかな栗色の髪を梳く。
「愛してる」
耳元へ唇を運び囁いた声は、自分でも情けなくなるほど頼りなかった。
ふと身じろいだ、彼女が微かに微笑んだ。
「……わたしも」
驚きに、手を止めた。
そして、自嘲気味な笑みが、浮かんだ。
――カルスを思い出してる?
問い掛けられない問いを心で何度も繰り返し、そう感じるのはすべて自分の身勝手だとまた笑って、それでも髪からは手を離すのは惜しくて何度も何度も髪を梳いた。
そのうち、はらりと髪が後ろに流れ、涙の痕がうっすらと見えた。
「すまない」
思わず、溜息が洩れる。
手を離さなければ苦しめてしまうだろうと知りながらも、手を離せない自分も知っている。
痕を消したくて、その筋を辿れば、寝惚けたのか彼女の華奢な白い指が、私の指に絡まった。
――まるで縋るように。
驚きにぴくりと震え、しかし次の瞬間には本能が勝っていた。
離したくないと、その手をしっかりと握り締めていた。
やはり疲れているのか、その後安心したように再び微笑んで眠ってしまった彼女に「愛してるよ」と囁き、そして部屋を後にした。