[2nd night]
4ヶ月というのは、平常心を保ち続けなければならない私にとって、とてつもなく永い時間に感じられた。
彼女に顔など見せられなかった。顔を見れば理性など簡単に手放してしまうのは目に見えていたからだ。
彼女を夜会で探すたびに盗み見た、恥じらうような微笑みを交わす相手が、はにかんだ満面の笑みを向ける相手が、自分になるという夢を見てはあの夜パーティーで見た扇情的な少女が浮かぶ。
彼女さえ手に入るなら何もかも投げ打って良いとさえ思った。それは決して嘘ではなかった。
心は手に入らないと……分かっていたはずだった。
「旦那様、明日は大切な日ですぞ。早くお眠りになりませんか」
結婚式前夜、長年ローデンバーク家に勤める執事が、執務室に籠ったままの私を諌めるように言った。子供時代から知っている私は、彼にとって子供も同然らしい。
「念願の花嫁様をお迎えするんです、もっと嬉しそうな顔をなさってはいかがですか」
これまでの経緯を知っている人間の言葉は重い。思わず天井を仰いで、溜息を吐いた。
「なぁラフェルノ、私は間違ったと思うか」
「間違った、とは?」
「彼女は想い人との結婚が決まってたんだぞ? それを私が無理矢理掻っ攫った」
「無理矢理、という表現はおかしいですね。旦那様は合法的に求婚なさったじゃありませんか」
「しかし、感情論になると違ってくる」
「どういったことがあるにしろ、貴族のご息女であらせられる限り政略的な取引のダシになる覚悟は持ってらっしゃるでしょう」
ラフェルノの放った言葉に、胸が塞がった。
政略、と。
そう思われたい訳じゃない。
「………そういう問題じゃないんだ」
絞り出すように言えば、老獪な執事はふふんと鼻で笑った。
「旦那様の言いたいことはよく分かります。けれど、それにつきましてはもう当人達のお話ですので、いち使用人が口を出せないこともご承知いただきたいですな」
「お前には絶対口では勝てない」
「お褒めに与り、光栄でございます。
とにかく早くお休みになって下さい。くれぐれも花嫁に恥を掻かせませんように」
「……分かってる」
結局眠れないベッドの中で、私はただひたすらに彼女とつくる幸せな未来だけを祈った。