[20th night]
「申し訳ありませんが公爵、まだエリゼと僕の話は終わってないんですよ」
カルスは、これ見よがしに彼女の肩に手を回しながら言った。
一歩ずつ彼女達に近付きながら、ふと彼女の面に浮かんでいる表情が目に留まる。
怯えたような、哀しみに満ちたような。
――それは何に対してだ?
いっそ問い詰めたい。
カルスへと一歩一歩詰め寄る私への恐怖か、それとも自分を縛りつけようとするカルスへの失望か。
私は期待してもいいのか。
「終わるも何もないだろう、カルス。
話が終わるということは、妻が君の私室に連れ込まれるということじゃないのか?」
「僕はそんな不埒な真似は致しません。あなたと違って」
思わず、口の中で舌打ちをした。
「ほう。
そういえば以前、スレイグ侯爵夫人に泣き付かれたよ。私が君の婚約者を盗るから、君が意気消沈して自分に誘いを寄越さなくなったと。………さて、君も私に言えた義理じゃなくなったようだが」
彼女の肩に、カルスの指が深く食い込むのが見えた。
処女のためのものではない、深く襟ぐりの開いたドレス。
素肌に奴の人差し指が掛かり、紅く痕を残す。
彼女の表情が、更に歪む。
そして、そんな表情にも気付かず私を睨みつけ続けるカルスが、おもむろに口を開いた。
「ローデンバーク公爵」
「なんだ?」
「エリゼは初めてを捧げた僕がいいそうです。
奥方のアバンチュールを見逃すのも男の甲斐性では?」
私はその言葉を鼻で嗤った。
彼女のその、痛みに歪んだ表情を除きたいと思う、ただそれだけのために唇は動く。
「初めて……か。
カルス、お前はいつから指だけで純潔を奪えるようになった?」
カルスはただ黙り込んだ。
更に畳み掛けるように。
「妻は私の方がいいらしい。
現に、さっきから恐怖に顔を歪めて助けを求めている」
カルスのエメラルドが見開いた。
――一種の、賭けだった。
そして次の瞬間、私はその掛けに勝ったことを悟る。
彼女がカルスの腕を逃げ出し、私の胸に飛び込んできたからだ。
「君は以前婚約者をバカな女だと愚弄していたが……バカを見たのは自分だろう。
エリゼは聡い。
プラチナをステイタスにしか考えていない男と、自分を愛している男との違いはよく分かっている」
私の腕の中で、彼女の身体が固まるのが分かった。
在るのは拒絶か、それとも他の何かか。
僅かな期待だけを胸に、私は彼女を再び攫った。