[19th night]
「ウィリアム、プラチナはどうした?」
暗闇の中の二人を視界の端に留めながら、私は声のした方を振り向いた。
「アルフレッド、お前は口を開けばプラチナプラチナと……」
「興味があるんだよ。お前をそれほど骨抜きにする女性だろ」
騎士団時代からの悪友が、口元を歪めてにやりと笑った。
濃い茶の髪に、青い眼を持つ典型的な放蕩息子は、キンダー公爵家の跡取りだった。
「カルス・デオナールは取り戻す気満々みたいだな。どうする? プラチナを盗られてもいいのか、お前は」
「盗られるつもりは毛頭ない」
断言する私を、奴は今度は鼻で笑う。
「滑稽だな、ローデンバーク公爵。あんなに女どもを手玉に取っておいて」
「アルフレッド……」
「プラチナにはころころと転がされているのか、お前は。これほど面白い余興は無いな」
「………見世物じゃない」
「お前のことだ、どうせ無駄な意地を張ってるんだろう?」
かつての、人妻とのアバンチュールの同士は、なんでもお見通しだというように片眉を上げた。
私は敗北感を噛み締めながらその友人に苦笑を返し、言った。
「盗られるつもりは無い。ただ彼女に選ばせるだけだ」
「選ばせる? 何を?」
「恋心を捨てられずにカルスの元へ行くのか。それとも家のために私の元に留まるか」
するとアルフレッドは、呆れたように溜息を吐いた。
「……お前は、バカか」
「何の話だ?」
「分からないのか? あんなに分かりやすいのに?」
「……彼女がカルスを選ぶということが、か?」
本気で訊ねる私に、奴は天を仰ぐ動作をした。
「ウィリアム、俺は本気でプラチナに同情するよ」
「どういう意味だ」
「どうもこうもない。というより、そのプラチナがピンチだ」
確かに視界の端に映る彼女達は、もう触れ合えるほど近くに立っており、彼女はカルスをじっと見つめていた。
「解放するさ。それで彼女が幸せになれるなら」
「ウィリアム、お前は気付いてないかもしれないが、お前は案外未練がましい男だぞ。俺が断言する」
「……確かに」
素直に頷けば、今度はまるで珍獣を見たような眼だ。
「ウィリアム、お前変わったなぁ」
「………」
「素直に言えばいいのに」
何もかも悟られて、最早保つプライドもなかった。
奴はさも面白そうにくすくすと人の顔を見て笑っている。
その時、カルスと唇を触れ合わせようとしている彼女を見つけ、私はアルフレッドに噛み付く気すら起きず、気付けばそちらへ歩きだしていた。
心が、哂う。
「そろそろ妻を返してもらおうか、カルス子爵」
信じられないように眼を見開く彼女を、私は直視することが出来なかった。