[17th night]
「昔から美しい子だとは思っていたが……また随分と綺麗になったものだねぇ。嫁に貰えなかったのが惜しい」
デオナール伯爵はその自慢の髭を撫でまわしながら、彼女に親しげに話し掛けていた。
私に対する嫌味のような言葉に顔を引き攣らせながらも、愛想笑いだけは充分に取り繕った。
爵位が下であっても、相手は年上。
機嫌を損なわせるのは、得策ではない。
自制した矢先に出てきた言葉は、けれど私を更にいらつかせた。
「女の子は愛されると美しくなると言うが……やはりうちの息子では役不足だったようだ」
――彼女にカルスを思い出させるな。
声を荒げかけながらも、それを抑え込んで困惑したような苦笑を顔に張り付けた。
「カルス子爵のご婚約者を奪ってしまったようで大変心苦しいですよ。妻も罪悪感が消えないようです」
ある種の、牽制。
カルスが彼女を踏み躙ったことを忘れさせないための言葉だった。
すると、今度はデオナール伯爵が引きつった笑みを浮かべた。
内心ほくそ笑みながら、続ける。
「けれど本当ですね。我が妻ながら、綺麗になった」
嘘だ。
元々彼女は美しかった。
私が見つけて、咲かせた華ではない。
偽りの自分に辟易しながら。
ただひとつ言うならば、彼女に向けた笑みは本物だった。
彼女が恥ずかしそうに俯くその姿でさえ、愛おしい。
そんな私のもの思いを遮るかのように豪快な笑い声が聞こえ、そして伯爵は皮肉の応酬を切り上げた。
そして、ゆっくりとこちらへ近付いてくる男に、私は無意識に身構えた。
「カルス………」
彼女の呟きが、はっきりと聞こえるほどに神経は張り詰めていた。