[9th night]
出した声音は、何よりも冷たく。
思わず零れた自嘲的な笑みは、彼女の視線を深く捕らえた。
* * *
「この生活を梳いてくれとは言わないが、せめて慣れるくらいはしてほしいものだ。これから夜会に出るたびにいらん詮索をさせることになる」
「詮索、ですか」
彼女の呟きに、苛立ちすら纏わせながら答える。
分かってくれとは言わない。けれどそれは私の精一杯の訴えだった。
「夫婦仲の不和が噂されると、寄り付く女がまた多くなる。せっかく結婚を女よけにしようと思ったが、そうなったら意味が無くなるだろう」
視界の端に、咎めるようなラフェルノの眼が映った。
伝えたいのはそんなことではないだろうと。
寄り付く心配をしているのは、自分に群がる女ではなく彼女に群がる男ではないかと。
けれど頼りなく頷いた彼女に、私は更に言葉を重ねた。
「別に愛せとは言わない。だが、愛している振りくらいは完璧にしてくれないと困る」
それは最早、愛してくれという懇願だった。
居た堪れなくなり、すっかり冷めきった食事にまた手を伸ばし始める。
「ですが………」
それでも言い募る彼女に、先を促すと彼女はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「わたしが妻では、どちらにしろそういった女性が絶えないのではないかと……思います」
「……どういうことだ?」
「あなたの隣に並んでふさわしいのは、もっと大人の女性ではないかと………わたしのような幼くて、色気のない子供などではなく」
――ああ彼女は、分かっていない。
「それは、逆に言えば君の隣に立つのが私では相応しくないと言っているようだな」
「いえ、そんなつもりでは……」
「確かに、君の隣に立つのにはカルスのような青二才の方が似合うかもしれないが」
想像したくもない光景だった。
彼女がカルスと腕を組み、幸せそうな笑みを浮かべている姿など。
渡すつもりなどないと、半ば意地のように嘲笑えば、彼女がそっと身震いをした。
――もう、離さない。
「似合う似合わないの問題ではないだろう、すでに。私達はもう結婚したんだ、どこにも逃げ場はない」
逃げるなと、言いたかった言葉も嫉妬の渦に呑まれ。
けれどこれ以上、彼女を苦しめたくはなかった。
変わらず非難めいた視線を向ける執事に一言クラブへ行くと告げると、彼は憮然とした声で「行ってらっしゃいませ」と丁寧に呟いた。
それから外へ出るまで、私は一度も後ろを振り向けなかった。
振り向けないまま馬車に乗り込み、さあどうしようかと嗤う。
彼女の幸せを願うほど、それが遠くなっていくようだった。