[8th night]
結局彼女が起きたのは、ランチに適した時間からは随分と経ってしまってからだった。
新婚旅行はザ・シーズンが終わってからだと、テーブルに着いた彼女に事務的に一言言うと、その場はそのまま無言になった。
何を言えばいいのか分からない。
どんな言葉を掛けてやればいいのかも分からない。
つい数刻前に見た涙の痕を思い出せば、自分でも驚くほど逃げ腰になってしまう。
時折、ラフェルノが何をしているんだというように目配せをしてくるが、それもまた無視するより他に何も出来なかった。
すると、戸惑いを浮かべながら食事をとっていた彼女が、ふと何事か思いついたように言った。
「そういえば、食事をご一緒するのは初めてです」
思い掛けない言葉に、思わず手が止まった。
何を言い出すのかと、思わず呆けたような顔で彼女を凝視した。
「それが?」
随分と、間抜けな声が出たものだった。
しかし、その声にか、表情にか笑みを向けた彼女が珍しく、気付いた時には問い掛けていた。
「何を笑ってる?」
――君は何に笑うんだ?
ただ、知りたかっただけだった。
なのに彼女は笑みを途端に引っ込め、まるで何かを恥じるように俯いてしまった。
戸惑ったような謝罪に、取り繕うように言い訳を重ねる。
「別に、笑ってはいけないと言っている訳じゃない。ただ何に対して笑っているのか聞いているだけだ」
「でも………」
「でも、なんだ?」
「あまり、申し上げたくはありません」
言葉を失うとはこのことかと、私は初めてそれを痛感した。
胸の痛みに、顔が歪んだ。
「公爵?」
彼女が恐る恐る呼んだ敬称すら、憎い。
唇を歪めて放った声音は、彼女だけでなく傷つけた。
「君はいつも謝ってばかりいると思えば、時々はっきりとものを言うんだな」
「……申し訳ありません」
「ほら、また謝る」
謝ってほしい訳じゃないと、言い訳すらも億劫だった。