第1話:覚醒
登場人物:
ヨアン: ジョナサン氏の息子。ごく普通の少年。
父さんに頼まれて車の修理を手伝っていた。父さんはエンジンルームに潜り込み、シリンダーブロックと格闘している。辺りは使い古されたSAE 40オイルの鼻を突く臭いで充満していた。喉に張り付くような金属と石油の混じった臭いに、揮発したガソリンの香りが混ざり合う。冷たいコンクリートの壁、使い古された工具。いつも通りの平凡な土曜日の、典型的な西欧のガレージの風景だった。
錆びついたナットにスパナが軋む音を立てる。シャシーの下で体をよじらせながら、父さんのジョナサンが俺に工具を求めてくる。鋳鉄製の塊、約150kgのエンジンが、油圧ジャッキという不安定な支えひとつで父さんの胸のすぐ上に吊り下げられていた。父さんの吐き出す息の白さの中に、不吉な予感が漂っていた。
突然、均衡が崩れた。
油圧ジャッキが激しい「シュー」という音と共に沈んだ。死を告げる機械の排気音。マウントのボルトが剪断され、鈍い金属音が響くと同時にエンジンが落下した。オイルパンに溜まっていたオイルが、黒く濁った血のように床に飛び散る。父さんは咄嗟に両手を突き出したが、胸部を押し潰そうとする重量を前に、その前腕はどす黒く充血し、震えていた。焦げたグリスの臭いと、コンクリートに跳ねるワッシャーの音の中で、俺はただこう思った。
「父さんは、こんな何でもない日に、俺の目の前で死ぬんだ」
父さんの肺から無理やり空気が押し出されるような、低く掠れた呻き声が聞こえた。
「助けてくれ、ヨアン……」
俺の脳がショートした。パニックにはならなかった。逆に、内側から爆発的な燃焼が起きた。合理的な思考はすべて消え去り、動物的で電気的な衝動が俺を支配した。
手が勝手に動いた。オイルまみれの床の上で、足が数ミリの狂いもなく正確に地面を捉えた。世界の周波数が変わった。 ガレージ内の色彩――工具箱の赤や床の灰色――が、痛烈なほどの彩度で爆発した。頭上の電球の点滅が消え、太陽のような一定の輝きに変わる。恐怖は消え、世界を支配できるという絶対的な自信が俺を包み込んだ。
エンジンの前に構える。指先は滑ることなく、鋳鉄の凹凸とマニホールドの溝に、まるで鉤爪のように食い込んだ。
「俺の筋肉は、鋼鉄のごとき密度へと変貌していた」
14歳の体に、150kgの重力が襲いかかる。
「もう……限界だ……」父さんが喘いだ。オイルパンの鋭いエッジが、父さんの肋骨を軋ませていた。
その瞬間、根源的な興奮が俺を突き抜けた。それは努力ではなく、**「悦楽」**だった。脳内に大量のドーパミンとノルアドレナリンが放出され、肉体的な痛みは消失した。筋繊維の一本一本が、人間離れした周波数で震えながら収縮するのが分かった。疲労などない。ただ勝利への飢えだけがあった。
息を止める。手のひらで金属が軋み、熱いオイルが皮膚を焼いたが、その痛みすら甘美に感じた。ガレージの静寂を切り裂くような叫びと共に、全身の力を解放した。
「アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
完璧な爆発力で、俺はその鉄塊を持ち上げた。父さんはその隙に床を転がり、間一髪で押し潰されるのを免れた。俺がエンジンを離すと、それが床に叩きつけられる轟音が響き、壁の工具が震えた。俺の「日常」が終わったことを告げる鉄の咆哮だった。
呼吸はわずかに速いが、心地よいリズムを刻んでいる。床で震えている父さんは、目の前の光景が理解できずに俺を見上げていた。俺はそこに立ち、黒く汚れて傷ついた両手を見つめながら、狂気に近い電気的な幸福感に満ちた目で、満面の笑みを浮かべていた。
父さんは脇に転がったエンジンを見た。そして、この重量を動かせるはずのない、14歳の細身な俺の体を見た。
「どうやって……どうやったんだ、ヨアン?」
父さんは震える声で、自分の知っている「息子」の面影を探すように俺の目を見た。
「分からないよ、父さん」俺は背筋を駆け抜ける電気のような感覚を味わいながら答えた。「ただ、何でもできる気がしたんだ。世界が俺のものになったみたいだった」
しばらくの休息を経て、自分の原点にある「色」を取り戻すために、再び筆を執ることにしました。初めて物語を書き始めたあの頃、自分の中にあった衝動をもう一度形にしたい。そんな思いでこの作品を綴っています。
今作では、あえて複雑すぎるプロットを避け、自分にとって書きやすく、かつキャラクターを取り巻く「空気感」や「雰囲気」をより深く磨き上げられるような構成を目指しました。
これは、スポーツ、格闘、限界を超えていく自己超越、そして傷ついたある家族の物語です。
皆さんに楽しんでいただければ幸いです。




