09 家族のこと
次の日、仕事を終えて再びロベルトの部屋を訪れた。
「お疲れ様です」
「お、元気そう」
「熱も下がりました。ありがとうございました」
「ご飯食べた?」
「いえ、まだです」
「よかった。また持ってきたんだ。一緒に食べよう」
昼間に一度だいぶ回復したという連絡を受けていた。一応今夜も様子を見に行くと返事をして、二人分の食事を持ってきていた。
「ロベルトは体調を崩しやすいのか? 数日寝込んでたみたいだが」
「そんなことはないのですが、」
「疲れてたのか?」
返事が返ってこないのでちらりと見ると、いつか見たような複雑そうな表情をしている。
「なに、その顔」
「いえ。……その、あなたが男性とカフェにいると聞いて……弟だろうとは思ったのですが……気になって眠れず。あなたにすぐ聞くこともできず、そしたら男と抱き合っていたと聞いて……それで、」
「体調崩したのか?」
ロベルトはこくん、と頷いた。
この王城は自分の行動が筒抜けすぎやしないだろうか。少し顔がよくて注目されている自覚はあるが、ここまで恋人に休日の過ごし方が筒抜けとは。
アビゲイルがロベルト以外の男といるのを面白がって、好き放題話したやつがいそうだ。王城はそういう噂が回るのが早いから。次に弟がくる時は「僕はアビゲイルの弟です」と大きく書かれた服でも着せておくべきだろうか。
「聞いてくれたらよかったのに」
「聞こうと思った頃には熱が出ており、もしも弟じゃなかったらと思うと、」
「弟だよ。カフェにいたのはロベルトの話を聞きたいと言われたからで、抱擁は別れの挨拶。今度家にきたら弟と妹の写真を見せるよ」
「ありがとう、ございます」
「確かに付き合ってきた人数は多いしどれも長続きしなかったけど、私は浮気は絶対にしない」
「……わかりました」
一応、納得したように返事をしてくれたが、それでもロベルトの表情は暗そうに見えた。
「表情がまだ暗そうだけど、他にも何かあるのか」
ロベルトは静かに奥にある机に視線を向けた。アビゲイルはその視線を追う。机の上にはオルレアン家の紋章が押された封筒が大量に置かれていた。
「侯爵家からか」
「少し前から届いていて……。内容はどれも同じです。帰ってこいと。兄がついに派手にやらかしたらしく、後継がいなくなるので慌てて私に接触しようとしているようです」
「あー……、そういえばそんなこともあったな」
アスベルが夜会で隣国の要人とトラブルを起こした。もしかしたら侯爵家が更生を願って騎士団に入れる可能性がある、と聞いたので噂に疎いアビゲイルでも小耳に挟んでいた。
その後どうなったか知らなかったが、この様子だと破門になったんだろう。
「正直家族にいい思い出がありません。だから返事を迷っています。兄はもう家にはいないし、仮にいたとしてももう私に手出しはできないでしょう。それでも、手紙を返すことすら気が進まずああして長いこと放置しているんです。それでも諦めずに何度も送ってくる。そのうち職場に来るでしょうね」
はあ、とため息が聞こえた。
この様子だと随分と長く頭を悩ませていたようだ。
「いいんじゃないか。返さなくても。職場に来たらその時考えたらいい。それでも会いたくなかったら宰相に相談すればうまく取り計らってくれるはずだ。決めきれないなら今決めなくてもいいだろう」
「ええ。……ですがいずれは向き合わなければいけない問題です」
「君は真面目だな」
「君ではなくロベルトです」
「そういうところが真面目なんだよ」
話しているうちに二人は夕飯を食べ終えた。アビゲイルは立ち上がり片付けを始める。ロベルトも立ち上がり片付けを手伝いながら食後のコーヒーを淹れた。
二人でソファに戻り、アビゲイルが持ってきた菓子を食べながらコーヒーを飲む。その間言葉を交わすことはなかった。アビゲイルはなんとなく、まだロベルトが何か話したそうにしているのを察して、自然に話が出るのを待った。
「アビゲイルの家族について知りたいです」
「私の家族?」
「言いたくないなら答えなくても大丈夫です」
「聞きたいのか聞きたくないのかどっちだよ」
「聞きたいですが、辛い思いまでさせて聞きたくはありません」
「はいはい」
私の家族ねえ、とぼやく。
「弟と妹が一人ずつ。名前はカノンとナターシャで二人とも今は領地にいる。後は父親。母親は幼い頃に亡くなってる。私に関する噂は知ってるだろう。概ねあの通りだよ」
「父上は、その、あまり良くない人だと言われていますが」
「それも噂通り。娘から見てもクソ野郎だったよ。母が死んで、父親がおかしくなって、妹に暴力を振るうようになったから二人を連れて家を出たんだ。でも母は父を愛してたっていうし、父も母を愛してたから変だよな」
「弟妹とは仲がいいんですか」
「まあね。なかなか会えないけど仲はいいな。私はあの子たちが何よりも大事なんだ。あの子たちにもし何かあれば、例え犯罪者になろうともやり返すだろうなと思うくらいには。あの子たちがいたから、守るものがあったから私はここまで来られたようなものだから」
最低な父から避難するために、二人を連れて家を飛び出した時も。騎士団に入って毎日ボロボロで、嫌なこともたくさんあって心が折れそうになった時も。魔獣討伐で危ない目にあった時も。守るべきものがあったからなんとか耐えられた。
二人がいなければもっと早くに全てを諦めて、もっと楽な方へ行っただろう。
「……羨ましいです。アビゲイルの弟妹が」
「その代わり貧乏だぞ? ここ数年やっと黒字化したらしいけど」
「貧乏でもいいです。アビゲイルにここまで大切にされるのなら」
「ロベルトのことも大概大事にしてるけど」
「もし僕に何かあったら、犯罪者にはならなくていいので怒ってくれたら嬉しいです」
「……殴るくらいはするとしよう」




