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騎士団長、愛を知る  作者: 立花 みどり


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08 会えない


 弟が帰った次の日。


 ランチを用意していつもの場所に行くと、ロベルトはいなかった。

 

 珍しい。けれどたまにあることだ。宰相補佐は忙しい。

 むしろよく毎日定時に昼休みが取れるな、と感心するくらいには忙しいのだ。思いがけず仕事が立て込むとこうして連絡なしに現れないことがたまにあった。大抵はその日の落ち着いたタイミングで詫びの手紙が届く。


 しばらく経ってもロベルトはやはり現れなかったのでアビゲイルは久々に一人で食事を摂ることにした。一人分の食事が余ったが、それは夜に回すことにしてパンに齧り付く。

 いつもと変わらないサンドのはずなのに、なんとなく物足りない気がした。


 午後になれば手紙が届くかと思いきや、珍しくその日は何も連絡が来なかった。詫びの連絡さえも。


 ーー忙しいのか?


 まあしばらく付き合っていればそんなこともあるかとその日は気にしないことにした。

 

 …が、次の日もロベルトはランチに来なかった。


 何かあったのでは。

 これが他の男だったなら、きっと浮気や避けられていることを疑うが、ロベルトに限っては本人に何かあったのではという考えが真っ先に浮かんだ。


 急いで昼食を済ませ、宰相補佐たちがいる部屋へと向かう。


 アビゲイルが文官たちのいるエリアを歩くことは珍しいので、道中何人かに露骨に見られた。それを鬱陶しいと思うことすらなく、足早に目指す。

 宰相補佐室は昼休みということもあり扉が開いていた。中に何人かいるようなので軽くノックする。


「昼食中すまない。ロベルトはいるか?」


 アビゲイルが尋ねれば、部屋の中の住人たちは一斉に立ち上がった。見渡せば歳の若い職員ばかりだったので、騎士団長に挨拶せねばと慌てたようだ。

 挨拶しなくていい、という意味を込めて片腕をあげて制す。


「あの、ロベルト先輩でしたら、体調不良で昨日からお休みしています」

「体調不良?」

「はい。本人曰く風邪で、まだ熱が下がらないらしく」

「……そうか、ありがとう。ちなみにロベルトの宿舎の部屋番号はわかるか?」

「あ、はい、少しお待ちくださいね。……その、もしも会いに行かれるなら、業務は大丈夫なのでしっかり休んでくださいとお伝えください。いつも気づけばたくさん仕事を抱えてらっしゃるので」

「ああ、わかった。教えてくれてありがとう。必ず伝える」


 アビゲイルが微笑み、部屋を後にすると背後からきゃあきゃあとはしゃぐ声が聞こえた。


 ロベルトが風邪だったことがわかり、とりあえずほっとする。熱が下がらないと言っていたが大丈夫なんだろうか。……ちゃんと食べているのか?


 王宮の宿舎で暮らす場合の食事がどうなるのか、市井で暮らしているアビゲイルは知らない。食堂があるとは聞いたことあるが、熱のある状態で食べに行けるだろうか。それとも頼めば使用人が運んできてくれるのか? その割にロベルトは庶民が普段使いするような外食に詳しいから普段は買っているのか? 一体どうしてるんだ。自炊しているなんて話も聞いたことがない。


 考えているうちにどんどん心配になっていく。

 夕方になる頃にはアビゲイルは深刻な顔をして、今日期日のもの以外は全て明日に回して定時で退勤したのだった。


 仕事を終えて一度家に帰り、病人でも食べられそうな食事をいくつか用意した。

 宿舎を訪れると管理人の高齢女性が「私も心配だから」と合鍵を渡してくれた。アビゲイルとロベルトが付き合っているのを知っているらしい。恋人とはいえ、こんな簡単に鍵を他人に渡していいのか、と呆れつつも素直に受け取った。


 ロベルトの部屋は廊下の突き当たりにあった。これだけの部屋数があるにも関わらず、宿舎の入り口からロベルトの部屋まで誰とも会わなかった。人の気配がするから住んではいるようだが。


 部屋の前に立ち、一応何度かノックをする。が、反応がない。

 体調不良で熱があるなら寝ているのかもしれない。


 貰った鍵で中に入った。


 ロベルトの部屋はシンプルだった。生活に必要な最低限のものだけが揃えられており、無駄なものがほとんどない。ロベルトの性格をそのまま部屋にしたような雰囲気だ。


 持ってきた荷物を中央のテーブルに置くと、奥の部屋から人の気配がした。

 覗き見れば、暗い部屋の中で(うな)されているロベルトがいた。


「重症じゃん……」


 ベッドの中で息を荒くして眠っている。

 ベッドサイドには最近の日付が書かれた薬の入った袋があるので医者には診てもらったらしい。


 額に触れると熱かった。


 とりあえずその場を一度離れ、持ってきた食事などをしまう。

 寝室の床に落ちている衣類も拾ってランドリーっぽいところに放り込む。使い方がわからないので放り込むだけだが、床に置いておくよりマシだろう。


 ベッドサイドに置いてあった飲み水とグラスも取り替える。

 脱衣所からタオルを持ってきて濡らして、熱い額の上に置いた。


「……ん」


 冷たすぎたのか、ロベルトが目を覚ました。


「アビゲイルだ。風邪を引いていると聞いたから看病しにきた。調子はどうだ?」

「……さいあくです」

「意識ははっきりしてるな。食欲はあるか?」


 聞けばロベルトは肯定するようにゆっくりと瞬きをした。会話するのもつらそうだ。ベッド脇にある薬の中身を確認する。全て食後に飲むタイプらしい。

 

 持参した食事を温めて持ってくる。

 ロベルトの体を支えて上体を起こして、背中に枕を差し込む。体勢が安定したのを確認して口元に粥を運んでやれば、大人しく口を開けて食べた。


 大人しく食べさせられる姿が子どもみたいだ。昔、弟や妹が風邪をひいたらこうやって食べさせてやっていたなと懐かしく思う。


「…おいしいです」

「食欲があってよかったよ」


 用意した食事を完食したので薬も飲ませる。体を軽く拭いて服も着替えさせた。体を拭く時にかなり抵抗されたが、あっちは文官、こっちは騎士団の団長である。大事なところだけは本人に任せ、それ以外はアビゲイルが世話をした。


「明日の食事も隣の部屋に置いてあるから、動けそうなら食べてくれ。また明日の仕事終わりに様子を見にくるよ」

「ありがとうございます」

「宰相補佐室の同僚たちが心配してたぞ。ゆっくり休めって」

「……もう帰ってしまいますか?」


 赤い目をして縋るように見つめられたら帰りづらくなる。少し上げた腰を落として、再び椅子に体重を預けた。


「すみません、明日も早いのに」

「いい、謝るな。お前が眠るまでそばにいるよ」

「ロベルトです」

「こんな時まで。ロベルト、ほら、眠れ」


 幼い頃、弟たちにしていたように。熱った頬に口付けて手を握った。ロベルトは安心したように目を瞑り、やがて眠りに落ちていった。


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