03 食事へ行く
「今晩空いていますか?」
奇妙な告白から一週間が経った頃、アビゲイルの執務室にロベルトがやってきた。
ちょうどルイスは不在でアビゲイルは一人だった。
「空いてるけど、まさか訪ねてくるとは思わなかった。遠かっただろう」
「大丈夫です。私はあなたの文番号を知らないのでここに来るしかなく」
文番号というのは、手紙のやり取りをするのに使われる「魔文箱」の番号のことだ。相手の番号を魔文箱にセットして手紙を入れると、相手のところに届く仕組みである。
「団長用のは城内の誰でも知ってると思うが」
「いえ、個人用の番号です。団長用の番号は業務に使用するものでしょう」
それはそうなのだが。真面目か。
「個人用の番号、知りたいのか?」
「恋人ですから」
「恋人」
「告白を了承していただいたと思うのですが」
「いや、それは合ってるけど、君、私のことが好きなの?」
そう返せば、ロベルトの眉間にぐっと皺がよる。告白された時のあの不機嫌そうな表情。
「ええ、おそらく」
「おそらく」
おそらくとはどういうことだ。
「私の個人用文番号だ」
とりあえず手近にあった紙に番号を書き差し出す。
ロベルトは受け取るとしばらく眺めた。そして丁寧に畳んで服の内側へとしまった。
「先に言っておくけど、個人の魔文箱に関してはあまり忠実な方ではないから。一日一回は確認するが、もし急ぎの返事が欲しい場合は申し訳ないが今日みたいに訪ねてきてくれると助かる。それか第三騎士団のやつを捕まえて言伝を頼んでくれ」
「わかりました。今晩は何時に業務が終わりますか?」
「この感じで行けば定時に上がれる」
「では迎えに来ます。食事に行きましょう」
では、といってロベルトはアビゲイルの執務室から静かに出ていく。またしても用は済んだと言わんばかりである。特にアビゲイルが断るとは思ってないらしい。まあ断るつもりはなかったけど。
アビゲイルは奇妙な生き物に出会ってしまったかのような気持ちだった。
告白してきたくせに「好きか」と問えば顰め面で「おそらく」と言った。おそらくってなんだよ。
狐か妖精にでも化かされている気分だ。
**
仕事が終わり、帰り支度をしていると執務室のドアが鳴った。
「迎えに来ました」
「ああ、お疲れ様。行こうか」
二人で並んで城門へと向かう。告白されてから初めて一緒に過ごす気がする。
騎士団の建物から城門までの間、多くの視線が二人に突き刺さった。今一番話題の二人である。誰もが興味津々だ。
普通はここまで多くの人間にじろじろと見られたら居心地が悪くなるだろう。でも二人は美しすぎる容姿故に見られることには慣れている。視線を無視し、無言のまま城門から外へ出た。
「どこへ行くんだ? というか、君も外食するんだな」
「ロベルト」
「ん?」
「ロベルトと呼んでください」
付き合っているのですから、と言う。相変わらず不機嫌そうな顔をしていて、思わず笑ってしまう。ふ、と息が漏れればロベルトは気まずそうに顔を逸らした。
「それで? ロベルト、食事はどこへ?」
「豚の薔薇亭です」
「意外と庶民的な酒場に行くんだな」
「あなたが好きそうだと思ったので」
ふうん、とアビゲイルは返事を返す。
ロベルトとアビゲイルはぽつぽつと他愛もない会話をしながら酒場に向かって歩いた。意外にも会話は途切れなかった。
店に着くと奥の席に案内され、二人で適当につまみと酒を頼む。
「ロベルトは酒を飲むのか。意外」
「あなたこそ、強い酒を飲まれますね」
「私のこともアビゲイルでいい。酒はまあ、騎士団だからな。酒は飲めないと困ることもあるからな」
「そうですか」
ロベルトは運ばれてきた海鮮のつまみを上品に食べている。
アビゲイルはそんなロベルトの顔を頬杖をつきながら見つめてみる。会議で何度も顔を合わせたことはあるが、こうして真正面からじっくり見るのは初めてだ。
確かに、女性騎士たちが一度は話題にするくらいには整った顔をしている。ロベルトの顔は騎士達に人気だ。なんでも、守りたくなるようなんだとか。こうして見ればわからなくもない。自分とも王族とも違う、澄んだ雰囲気を持っている。
妖精みたいだな、と思った。
「ロベルトはまつ毛が長いな」
「はい?」
「いや、じっくり顔を見たことがなかったなと思ってさ。あんまり人の顔はじろじろ見るものじゃないだろう? 私も君ほどじゃないけど、顔がいいんだ。みんな大体この顔を見てくる。正直あまり好きではない。だから私も人の顔は必要以上に見ないようにしてるんだ。……でも恋人ならまっすぐ見ても許される」
ロベルトが手元から目を離しアビゲイルを見る。彼女の緑色の瞳と目が合った。
瞳は確かにまっすぐロベルトを見ているが、頬が赤い。
アビゲイルはたった一杯飲んだだけだが、既に酔ってしまっていた。
酒は飲める。量も飲める。が、酔っ払うのは早いタイプだ。
悪戯ぽく笑いながらロベルトの頬を突く。それだけでロベルトは気まずそうにしながら顔を赤くする。それが面白くて突くのをやめられない。
「君は初心なんだな」
「あなたほど遊んでいませんから」
アビゲイルは来るものを拒まない。男性であれ、女性であれ、よっぽど相手の評判が悪かったりしなければ告白されればすべて受け入れていた。そして相手に飽きられて振られる。長く続いたことはほとんどない。
彼女は去るものもまた追わなかった。有名な話だ。
それ故に、いつの間にか交際した人数が結構な数になっていた。アビゲイルとしては遊んでいたわけではない。が、そう捉えられても仕方がないなと思った。
別にそれに対して傷ついたり腹を立てたりはしない。
「君は私のことを好きか、と聞いたら「おそらく」と答えたな」
「君ではなくロベルトです」
「ロベルト」
「はい」
「じゃあなんで告白してきたんだ?」
うりうり、と突き続ける。彼女は酔っている。でもそれをあえて指摘したりはしない。指摘すればこうして頬を突くのを止める気がしたから。
ロベルトはぐい、と酒を呷った。
「あなたを、たぶん、……愛しているからです」
アビゲイルは思わぬ回答に目を見張った。
この堅物そうな宰相補佐が告白する理由としては意外な答えだった。夜中に考えたたくさんの告白理由に「愛」なんてものはなかった。
『愛』
それはアビゲイルが万人の告白を拒まない理由であり、どれだけの人と付き合おうとも、未だに理解不能なものだった。アビゲイルは愛というものがよくわからない。
「愛か。……そっか」
「はい」
「私は愛がよくわからない」
「それは私もです。愛がよくわからない。だからあなたに告白したんです」
ふふふ、とロベルトが初めて笑った。この宰相補佐は笑わないことで有名なはずなのに、よくわからないところで笑うな。でも笑った顔は見惚れるほどに綺麗だった。いいものを見た気分だ。
言っていることは意味がわからないのに、嬉しそうに笑っている。
そんな彼を見て、頭がいいやつは大昔の詩人が書いた詩みたいな告白をするんだなと思った。わかるような、わからないような。妹が好きそうな表現だ。
愛がよくわからないのに、愛しているから告白して、多分好きだと言う。
本当に奇妙な男だな、と今度は額を弱く小突いた。




