15 これもまた、愛
「姉上!」
「姉さま!」
アビゲイルはロベルトを連れて、初めて領地へと帰った。
「ロベルト、こちらが弟のカノンと妹のナターシャだ」
「初めまして。ロベルト・オルレアンです。家名で呼ばれるのはあまり好きではないので、ロベルトとお呼びください」
「初めまして。僕は弟のカノン・トロビーです」
「私は妹のナターシャ・トロビーです」
三人はアビゲイルに見守られながら挨拶を交わした。
「二人ともアビーに似て美人ですね」
「そうだろう。学園では二人とも大変だったみたいだ」
「でしょうねえ」
そう言えばロベルトも学園に通っていたのだったな、と思い見上げる。
「言っておきますが、私は大して人気ではなかったですよ。兄のアスベルが一つ上の学年にいましたから」
「それはそれで複雑だな。モテてないのは嬉しいが」
「愛しているのはあなただけですのでご安心を」
「ありがとう。……私も愛してるよ」
二人はあれ以来、積極的にお互いに愛していると言葉にするようになった。お互いの抱く感情が愛なんだと覚えさせるみたいに。
子爵家の屋敷は、カノンが言っていた通り、すっかり昔とは違う屋敷になっていた。古くて陰鬱なあの頃の面影はまるでなく、日当たりの良い穏やかな雰囲気の屋敷になっていた。
「アビゲイルお姉さま、お久しぶりです」
「ニーナ、久しぶり」
屋敷で出迎えてくれたのは弟の婚約者のニーナだった。伯爵家のしっかりもののお嬢様だ。学生時代にカノンとニーナは恋に落ち、婚約者になった。
学園を卒業してからは子爵家に来て、カノンが領地を立て直すのをずっと手伝ってくれていた。黒字化に成功したのは、伯爵家の令嬢として色々なツテを紹介してくれたニーナの力が大きい。
アビゲイルからすると、本当に頭の上がらない義理の妹である。
それなのにニーナ自身はアビゲイルのことをお姉さまと呼んで尊敬してくれている。
「お姉さまをお迎えする準備はできています。どうぞこちらに」
「ありがとう。これ、みんなで食べてくれ」
「まあ、ありがとうございます!」
手土産として王都でしか買えない人気のお菓子をいくつか持ってきていた。カノンはあまり食べないが、ニーナとナターシャはこういうお菓子が好きなのだ。
みんながそれぞれ客間のソファに座るのを確認してアビゲイルが口を開いた。
「ロベルトと婚約しようと思ってるんだ」
カノンとニーナは頷き、ナターシャは驚いた後に小さく拍手をしてくれた。よかった。みんな否定的ではないらしい。
「家格は大丈夫なんですか? 子爵家と侯爵家ですよね。うちは子爵家の中でも大したことない部類なんですが」
「それについてアビーが悩んでいるので、今回意見を聞きにきました。
彼女は侯爵家のことを考えてどこかに養子に入るべきなんじゃないかと思っています。
でも私はアビーが、あなたたち弟妹を大事にしてきたことを知っています。養子になると書類上は他人になってしまうので子爵家のままでもいいと思っています」
アビゲイルは隣で頷く。
「侯爵家としては、養子にならずとも問題はないんですか?」
「どちらでもいいです。アビーであれば」
「そうは言っても、子爵家が婚約者だと色々周りから言われるんじゃないか?」
「誰が婚約者になろうと、言う人は言いますよ」
それはそうだが、といいつつ、アビゲイルは珍しく本気で迷っているように見えた。
カノンはふむ、と考える。カノンたちからしてみればアビゲイルが誰かと結婚してくれるならすごく嬉しいことだ。それも今までのクソみたいな男たちではなく、将来有望で真面目そうな男だ。
自分たちの家格が足を引っ張るようなら是非とも養子になって欲しいと思う。が、籍を抜けようとする姉を必死で止めた前科もあるため、どうぞどうぞ養子へ、とは言いづらいし正直寂しい。
妹の表情を見れば同じく迷っているらしい。姉のことは好きだ。幸せになってほしい。でもたとえ書類上でも家族の繋がりがなくなってしまうのは寂しい。
なんと伝えるべきか悩んでいたところで、隣に座っていたニーナが手を挙げた。
「あの、我が家の、レニエ伯爵家の養子になるのはいかがでしょうか。伯爵家ですし、どこの派閥にも入っていませんから。正式には両親に確認してみないといけませんが、大丈夫だと思います。それに、我が家であればカノンやナターシャと他人にはなりません」
「それは、……いいのか?」
「私はお姉さまが本当にお姉さまになってくれたら嬉しいです。カノンもナターシャもうちでしたら納得できますわよね?」
「もちろん」
「……ええ」
その後、本当にそんな都合よくニーナの家にお世話になっていいのか? と自信をなくしているアビゲイルを、弟妹たちはあの手この手で必死に説得した。
一時間の説得とロベルトの後押しもあり、レニエ伯爵家に対して侯爵家から打診する方向で話がまとまった。
与えられることに慣れていない姉が、これを機に与えられることに慣れて欲しいとカノンは願った。
ナターシャが姉二人とお茶をしたいと言うので、カノンはロベルトと一対一で残されることになった。客室で二人きりは気まずいので庭を歩くかと誘った。
「もしかしてロベルト様は、ニーナがこうして提案するのを予想していたのですか?」
「……そうなればいいなと思っていた程度ですよ」
「姉上は僕たち兄妹のためにいろんなことを捧げてくれました。本人は今の人生に満足してるっていつも言うんですけど、僕はそれでも令嬢として幸せに暮らす姉上を見てみたかったんです。だから必死に籍を抜こうとする姉を説得して、子爵家を立て直しました。でもロベルト様に先を越されてしまいましたね」
「私は君たちの絆には勝てないがな」
「……僕たちの代わりに、姉上を幸せにしてくれると誓ってくださいますか。子爵家が何を言うかと思うでしょうが、それだけ、僕たちにとって大切な人なんです。姉上に何かあれば、僕たちはみんな犯罪者になったって構わないと思っています。姉上がいたから僕たちはここまで来れたようなものですから」
ーーあの子たちにもし何かあれば、例え犯罪者になろうともやり返すだろうなと思うくらいには。あの子たちがいたから、守るものがあったから私はここまで来られたなものだから。
アビゲイルが過去に言っていた言葉と同じことを言う義弟に、ロベルトは笑った。彼女はこんなにも家族を愛し、愛されているのに、どうして愛がわからないというんだろう。
けれどその鈍感ささえも愛おしいと思う。
「君たちの絆が羨ましいよ。……わかった。君たち全員に、私の全てを持ってしてアビゲイルを幸せにすると誓おう」
「ありがとうございます」




