14 愛を知る
「団長、自主謹慎お疲れ様でした」
「嫌味か」
胡散臭い笑みを浮かべたルイスに歓迎される。アビゲイル不在の間に仕事が回らず恨みが溜まってのことだろう。申し訳ないことをしたとは思う。
「リーガンは北の魔獣討伐行きになりました」
「え」
「詳しくはロベルト様に聞いてください」
私から全て話すとなんだか失礼な気がするので、と言われてしまい、それ以上は追求できなかった。
休みの間の書類の中には確かにリーガンの異動通知が入っていた。間違いなく北の魔獣討伐部隊への入隊が命じられていた。ここは騎士にとって最も移動したくない場所の一つだ。
強ければ生き残ることができる。が、弱ければ確実に死ぬ場所だ。腕に自信がある戦闘狂以外は行きたがらない。
アビゲイルが一方的に決闘と称して痛めつけたのに、なぜリーガンが北の魔獣討伐へ行くことになったのだろう。ロベルトに危害を加えたから?変な噂を流したから?
いずれにせよ、幅を利かせている伯爵家を押さえつけてまで飛ばすには、それなりの力が必要だったはずだ。ある程度の家門の力が働いたんだろう。
それ以上のことはこの紙一枚ではわからなかった。
5日間で溜まった書類は大量で。アビゲイルが仕事を終える頃には騎士団には誰も残っていなかった。それでも書類整理が終わらないので諦めて明日に回そうか悩む。
が十分に休息したのでまだ体力はある。
もう一枚だけ、と書類に手を伸ばそうとした時。
ーーコンコン
扉がノックされた。この時間、このタイミング、この音でノックする人は一人しかいない。アビゲイルは新しく書類を手に取るのをやめた。
「ロベルト、久しぶり。怪我の具合はどうだ?」
「問題ありません」
「今帰るところか?」
「はい。あなたの謹慎中バタバタしていて連絡も会うこともできなかったので、直接来ました」
「もう落ち着いたのか?」
「はい。昨日で終わりました」
「じゃあ一緒に帰るか?」
「そのつもりで来ました」
アビゲイルは急いで机を整理して、帰り支度をした。残りの書類は明日やることにしよう。
アビゲイルには聞きたいことがたくさんあった。怪我は本当に大丈夫なのか。五日間どうして連絡もしてくれなかったのか。どうして会いに来なかったのか。リーガンはどうして北へ行くことになったのか。ロベルトはそれに関与しているのか。
一気に今日考えていたことが脳内に溢れ出した結果、帰り道に何も言えなかった。ロベルトもロベルトで何か真剣に考え込んでいるらしく、何も話さなかった。
気づけばアビゲイルの家にいて、夕飯を食べ終えていた。なんで?
「私が目を覚ました時、アビゲイルはリーガンと決闘をして5日間自主謹慎だと聞きました」
「ああ。その通りだ」
「私が次の日出勤すると、あの男は懲りもせずにアビゲイルのことを悪様に言っていました」
「……想像できるな」
「なので、私もやり返すことにしたんです」
ロベルトは言う。
アビゲイルのことを懲りもせず悪く言う姿に初めて全身の血が沸騰するくらいに怒りが沸いたのだと。どうしてアビゲイルは謹慎しているのにこの男はここにいるのだと。
すぐに宰相に休むことを告げ、部屋へ戻り侯爵家からの手紙を掴んで侯爵家に向かった。両親に迫り、すぐに正当な後継者にさせた。何年も会話していなかったというのに、会って何を話せばいいのかあんなに悩んでいたのに、怒りに染まってしまうとそんなことは頭から吹き飛んでいた。
すぐに侯爵家の権力を使って、リーガンを北に飛ばすことにした。伯爵家から当然抗議が来たものの、後継者を突き飛ばし怪我をさせたこと追求すれば、それ以上何も言わなかった。
異動当日、リーガンはロベルトの前に現れ再び何かしようとしたが侯爵家の後継者になったことを知り、何も言えなかった。そのまま北へ旅立った。
「どうしてもアビゲイルが復帰する前に彼を飛ばしたくて必死になっていたら、連絡を取る暇がなくなってしまいました」
「愛想を尽かされたのかと思ったぞ」
「あり得ません」
「私のせいで、しかも勢いで侯爵家に戻ることになったが、よかったのか?」
手紙に返事することすら迷っていたはずなのに。そんな大事な決断をアビゲイルの行動によって強制させてしまったようで申し訳なく思う。
「それなんですが。あんなに接触するのも嫌だったのに。アビゲイルのことを想うとなんでもなかったんです」
「でも侯爵家の後継者になったなら、君とは一緒にいられなくなっちゃうな」
「君ではなくロベルトと」
「こんな時でもかよ」
アビゲイルが呆れるとロベルトは嬉しそうに笑う。
「後継者になってやるから、今の恋人と婚約させろと、それが条件だと言ったので問題ありません」
「え、えぇ……? 問題しかなくないか」
「私はアビゲイル以外の人と一緒になる気はありません」
「子爵家だし、処女でもないし、言葉遣いも粗雑だぞ。
それに、お前と、ロベルトと結婚して君を愛せるのか、子供ができて愛せるのか自信がない。愛情がよくわからないから。でもそれって家族には必要なものだろう?」
ろくでなしの父親なのに愛していたという母。
母を愛していたが故に死語おかしくなってしまった父。
母を愛していたのに、その子供のことを愛せなかった父。
愛していると言っていたのに、身体の関係ばかりを求めてきた元恋人たち。
愛していたと思っていたのに、別れを切り出されてもなんとも思わなかった自分。
アビゲイルにとって愛はすごく難解なものだった。でもそれが家族に必要なものだと言うことは理解している。
「ロベルトが倒れたと聞いて、決闘を申し込んだ。そして完全に私情であいつを痛めつけた。周りはそれを「愛だ」って言うんだ。わけがわからない」
ロベルトの敵討ちのように戦ったことを愛だと言った。ただの暴力ではなくて愛だと。
ロベルトは黙ってアビゲイルの話を聞いていた。何かを考えているようだった。
「私も正直愛がなんなのかわかりませんでしたよ」
でも、アビゲイルに出会ってわかってきたのだと、ロベルトは続ける。
「最初はただ、興味本位でした。
数年前、かつてあなたと付き合っていたという男があなたに関する噂を流していて、それが本当であれば、風紀を乱している、注意せねばという、ただそれだけでした。でも事実ではなかった。確かに男性遍歴は随分なものでしたが、別にあなたは爛れているというほどではなかった。
あなたが若くして騎士になったのも、弟妹を守るためだと知りました。ますます最初の印象から変わりました。思ったよりあなたは真面目で、勤勉で、大人でした。
それから気づけば目で追うことが多くなりました。他に派手な髪色などいくらでもいるのに、あなたのその髪色ばかりが目につく。女性の騎士はそこそこいるはずなのにあなたの声だけが耳に届く。
あなたが食堂で食事をとっていた時期は、時間に合わせて食事をとるようになった。話すこともできないのに。
仕事に私情を挟んだことなどなかったのに、あなたと以前付き合っていた男たちがあなたに関する下品な噂を流していたのを知って、違和感がない程度に適当な理由をつけて地方に飛ばしたこともあります。
そこまできてようやく自分がおかしくなってしまったのだと思いました。話したこともない女に頭の中を支配され、仕事にまで影響が出ている。
意を決して殿下に相談してみれば「それは愛だ」と言いました。殿下だけではなく、その場にいた旧友たちはみな「それは愛故だ」と言いました。
愛についてよく知らなかったのですが、それが愛だと言われれば、そうなのかと。自分でも驚くほど素直に受け入れられました。
あなたと付き合ってから、町を歩けばアビゲイルが好きそうな店だとか、今度一緒に食べに来たい店だとか、そういうものばかりが目に入ります。
あなたと話している時は、いつもあなたの反応が気になる。
私が今こうして胸の内を明かしている間も、あなたがどう思うのか気になって仕方がない。
あなたがもしかするといずれ別の男の元へいくのかもしれないと常に恐れていながら、あなたの意思を止めたくはないという気持ちもある。でも絶対に渡したくはなくて、こうして婚約の話まで持ってきてしまっている。
私にとって愛は複雑です。でも確実に言えるのはあなたに支配されているということです。そして願わくば、私もあなたを支配したい」
そこまでいうと言葉を切った。
熱烈な告白はここで終わりらしい。
アビゲイルはそれを惜しいと思った。今まで愛を嘯く男たちはたくさんいた。最初は喜んで受け取っていた言葉たちも、やがてそのほとんどが嘘なのだということを学ぶと、言葉を受け流すようになった。
むしろそれならばそんな言葉を送ってくるなと思うほどだった。
でもロベルトの今の言葉は、延々と聞いていたいとすら思った。
「……いま、愛が少しわかったかもしれない」
それだけ言って、アビゲイルはロベルトに抱きついた。いつもの軽い、親愛の抱擁なんかではなく、本当に心から、今そうすべきだと思った。
「じゃあ、私と結婚してくれますか」
「しょうがないな。そこまで言われたら」
返事をすれば、ロベルトは珍しく自分からアビゲイルにキスをした。




