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騎士団長、愛を知る  作者: 立花 みどり


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11/16

11 嵐がきた


「あれ、アビゲイルじゃん」


 その時は突然きた。そう、数日前に戻ってきたリーガンとアビゲイルが鉢合わせたのだ。いかにも軽薄そうな見た目、騎士とは思えないような歩き方。今時落魄れた地方の騎士でもこの年齢でここまで堕落することはないだろう。


「私のことは団長と呼んでください」

「はぁ、何言ってんだよ。……俺のこともう好きじゃないのか?」

「何年前の話をしているんですか」


 本来はもう敬語を使うような相手ではないのだが。面倒な相手なので刺激しないように一応形ばかりの敬語を使う。リーガンの無礼な態度に隣のルイスがピリピリしている。


「私とあなたは何年も前に別れました。私には新しい恋人がいますし、あなたも私の先輩ではなく第一騎士団の騎士でしょう。お互いに節度を持ちましょう。では」


 相手の返事を待たずに歩けば、背後から盛大な舌打ちと「おい!話は終わってねぇぞ!」という騎士とは思えない野次が飛んできた。

 ルイスが静かにキレる気配がしたので宥める。気にしなくていい。


「あいつ、第三騎士団は出禁にした方がいいですよ。うちの騎士は団長を慕ってるものが多い上に血の気が多いので、ちょっと煽られたりしたらうっかり殺しそうです」

「……アーサーに言っておく」


 リーガンと会話したのは確かにあの一瞬だけだったが、どうやら大変気に障ったらしい。次の日からアビゲイルに関するとんでもない噂が流れていた。


 団長になったのは実力などではなく色仕掛けだとか。

 弟妹の学費を稼ぐために、騎士だけでは足りずに身体を売っていたのだとか。

 今でも上層部に媚を売っているのだとか。


 アビゲイル自身は予想もしていたし、大して気にしていなかった。実害がなければ大したことはないだろうと思っていた。団長になる前、幾度となくこんな話をされたことがある。慣れていた。

 

 けれど予想外に反応したのは自身の抱える騎士たちだった。

 自分が思っていたよりも団員たちはアビゲイルのことを慕っていた。それはそうだ。アビゲイルに自覚はなくとも、魔物討伐のたびに団員たちの命を守り、時には救ってきた。己が犠牲になりながら。

 団員のみならず、その家族、恋人たちから尊敬の念を抱かれているのだ。


 そんな噂を流されてはたまらない。

 かといって真正面から喧嘩を売ればそれはそれで問題になってアビゲイルに迷惑がかかる。


 相手は伯爵家だ。それも比較的勢いのある伯爵家。そして末っ子故に愛されている。それを本人が自覚した上でやっているのだから余計タチが悪い。

 アビゲイル率いる第三騎士団は高位貴族の子息があまりいない。だから噂を流すリーガンに思うところはあるものの手は出せないという、非常にやきもきした状況が出来上がっていた。


「アビゲイル、すまない」

「アーサー先輩」

「団長同士だから先輩も敬語もいらないと言ってるだろう」

「……忘れていた」


 月に一度の団長会議で一緒になった、第一騎士団の団長のアーサーから謝罪を受けた。アーサーはアビゲイルよりもずっと前から騎士団に所属しており、彼女から見ると同じ団長であっても先輩に当たる。


「私は気にしていません。が、団員たちの方が先に限界を迎えそうだ」


「だろうな。第一騎士団の中でも古株をリーガンにつけているが、それでも手に負えなくて近頃はむしろ感心しているよ。トラブルを起こすから巡回警備には回せないし、かと言って備品整理に回せばサボってペアが苦労する。何かさせておかないとこうして噂を流したり使用人に手を出そうとする」


「いっそ何か軽いトラブルを起こさせて謹慎させたらどうだ」

「あのモンスターにそんな調整ができると思うか?」

「できないな。すみません」

「いずれ大きなトラブルを起こすだろうな。最大限努力はするが、せめて本人も周りも不幸にならないことを願うばかりだ」


 それは無理じゃないだろうか、と思ったがアビゲイルは言葉を飲み込んだ。

 願わくばこれ以上、リーガンと出会わず刺激することのないように、ただそれだけを願った。





「よぉ、アビゲイル」

「うわ」


 最悪だ。ランチに向かう途中、出待ちしていたリーガンとアビゲイルが鉢合わせる。


「何かご用でしょうか」

「なあ、俺をアビの団に入れてくれよ。第一騎士団なんてお飾りじゃん。つまんねーんだよ」

「第三騎士団は危険な討伐が多いので、先輩ではもったいないですよ」

「でもお前でも団長になれるんだろ?」


 暗に「大したこともないお前が」と言っているのがわかる。

 確かに、リーガンと付き合っていた頃はまだ騎士団に入って間もない頃でアビゲイルは下っ端だった。彼の中でアビゲイルはあの頃の弱い新米女性騎士のままなんだろう。


「団員の異動は私の一存ではできません。先にアーサーに相談してください」

「使えねー。そういえばお前の妹は、お前に似て美人でまだ婚約者が居ないらしいな?」

「……どう言う意味です?」


 質問の意図がわからず聞き返す。


「いやあ、俺も身を固めないといけないからさ、お前の妹と俺なんてどうかな、と思ったんだよ」

「……ご冗談を」

「お前の可愛い妹をこんな騎士の端くれに渡したくないなら、お前が俺をもらってくれよ。それか第三騎士団に入れてくれよ。なあ」


 言っている意味がわからない。

 言葉としては理解できるが、どうしてその要求が通ると思っているのか理解ができない。妹を本気で利用しようと、婚約者にしようとした瞬間、私に切られるとは思わないのだろうか。


 あの可愛い可愛い妹がリーガンみたいなクソ野郎の婚約者だって?


 あの子は小さくて大人しくて可愛い。

 あの子は幼い頃の記憶がないはずなのに、父に虐げられたことを体が覚えてしまっているのか、男がダメなのだ。特に騎士のように体が大きく声も大きな男が。

 リーガンなんぞ、視界に入ることすら許容できない。


 リーガンの提案など断るに決まっている、が断っても妹についてあれこれ言ってきそうで面倒だ。

 もうこれは殴ってもいいんじゃなかろうか。そこらへんの騎士ならともかく、へんな噂も流されているし、何か気に触ることを言われてカッとなったとか言っておけば、多少アーサーから注意される可能性はあるが、重い処分にはならないのではないだろうか。


 ……とりあえず一発殴ってから考えるか、と拳を握りしめた時。


「アビゲイル」


 ロベルトがアビゲイルの名前を呼ぶ声が聞こえた。


「……ロベルト」

「なんだよお前。今俺が話してるだろ」

「遅いので迎えにきました」


 ロベルトの顔を見ると、嘘みたいに怒りが引いていく。


「おい!」


 喚くリーガンを置いて、アビゲイルはロベルトの手を掴んで走り出した。



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